良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

湘南地域

 

平塚漁港食堂 2018年12月食事 「本日の定食」

  平塚漁港食堂 2018年12月食事

 歳の暮れも押し迫った12月のある日のこと。久しぶりに平塚漁港食堂にやってきた。曇天の寒い日だ。 前回は「梅雨明けしましたね~。今年の梅雨明けは、やや遅かったような。開けた途端に猛暑となりました。・・・・・」と訪問記を書いていたので季節は真逆の「真夏」のことだった。
 
 ↓ 東の空は青空と薄い雲。湘南海岸が見えるのだが、写真の写りがよくないなー。 
  前回のように「相模川河口と海岸付近の建物の向こうには、相模湾が広がる。そして、「入道雲」がもくもくと湧いている。さあ、今年も夏がやって来た!!。」という意気込みは無い。寒い。。。

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  ここ「平塚漁港の食堂」は、テレビでも取り上げられ、今や休日など繁忙日には、行列が出来るお店だ。

 ↓ 国道近くから見た建物外観。
   お店の向こうは、西の空。鉛色の雲が広がっている。これから、だんだん、天気が崩れていくのであろう。

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 店内に入る。正午前の時間帯を狙っての入店。混雑も少し落ち着いてきたかな。
 


 

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 昼の定食のメニューが置いてある。「本日の定食」と書いてある。本日の定食は限定10食のものが多いので、早く注文しないとすぐに完売してしまうであろう。前回は「限定20食??だった、あじ丼とフライの定食」を注文した。
 メニューは変わっていた。海鮮丼は税抜で1980円だったが、たいていの昼の定食は税抜1780円だった。税込みだとレジで1922円になった。
 メニューを見ると「アジフライ」メインの五種の(刺身のある)刺身定食と「焼き魚」メインの五種の刺身定食がある。どちらかなー、と考える。俺が頼むとしたら、フライモノは受け付むしなくなっているので、「焼魚」の定食にした。
 本当は刺身のみでフライも焼き魚もついていない、1品少ない定食がよかったが、無いようだ。煮物が1品あるといいんだけどね。「本日の定食」は刺身が必ずついて、他にフライや焼きモノがつくようだ。ごはんは大盛り無料である。

 店員の女性がどの魚か説明してくれる。焼魚はイシモチ、フライはアジだった。刺身五種は一種一種示して説明してくれるが、すぐに忘れてしまう。「イナダ(かハマチ)、タチウオ、めじな、スズキ、サワラ」だったかな。


 隣に夫婦らしき60歳前後の男女がやってきた。注文して料理がやってくると、同じように魚の名前を言ってくれる。私のと同じ魚ではなかったような・・・??。刺身の種類は「サワラ」だったか「サヨリ」だったか忘れた。隣の人には「サワラ」と言っていたような。オレのも「サワラ」と言ったような。でも、「サワラ」は春の魚の代表格。「冬なのにサワラとはおかしいな」と説明の時に思ったので、出てきたのは「サワラ」と思った。でも「サヨリ」ではなかったかな??、と記憶が揺らいできた。「スズキ」は確かに言われたと思う。「タチウオ」は切り身の様子を見ても間違いない。別の魚ではないと自信をもっているよ。

 値段もそれなりにするが、量が多くボリュームがある。特に「焼き魚」と「フライ」は、加齢を重ねた俺には、量が多く、重荷になってきた。昔のオレならば、ガツガツ食べたけどね。やはり(年齢を重ねた俺としては)、もう1品、2品少なくても量の少ない定食が欲しいかな~。

  ↓ 「本日の定食」 焼き魚メインと思って注文したがフライと焼き魚、両方ついていた。

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 今夏は2人席のテーブルに座った。前回は大テーブルに座った。しかし、今回訪問したとき店内を見たが大テーブルはなくなり、2人席や4人席のテーブルとイスに「分割」されていた。大テーブルだと混雑時の相席など問題があるのかも。大テーブルであい向いに座ると、距離が離れて落ち着いてツレと会話できないしね。かといって、カウンターのように大テーブルに横に二人並んで座るのも何だし。





遊行寺宝物館 特別展「遊行寺の逸品」 鑑賞3(最終) 2018年2月

 遊行寺宝物館 特別展「遊行寺の逸品」 鑑賞3(最終) 2018年2月

 藤沢市にある時宗の総本山「遊行寺」、正式には「清浄光寺」の宝物館にやって来た。
 国の重要文化財で、有名な絹本著色「後醍醐天皇御像」は室内の一番突き当り奥のガラスケース内に展示されていた。
 展示室内では、僧侶の方がある見学者に個別に説明していた。私も少しばかり聞き耳をたてて見学した。やはり、展示品には作品名しか書いていないものも多いので説明は少しでも聞いた方が理解できるから。
 
 続いて順路に沿って平ガラスケースを見ていく。
 後醍醐天皇の直筆の文書の展示があった。といっても手紙のようにたくさん文字は書いていない。色紙に何かを書いたもの。書いてある内容は分からない。ご親筆であるが文化財指定は無い。
 「徒然草」や飛鳥井雅俊筆の「伊勢物語」、冷泉為和筆の「古今和歌集」の本が展示してある。展示品の横に作品名表示はあるが、解説文がないものもあるので、内容は分からない。説明の声が聞こえるが「飛鳥井家と関係が深く、飛鳥井家のものが(遊行寺に)奉納されている。」と。関東のお寺と京都の堂上公卿の間に密接な関係があったことが推測される。
 ↓特別展「遊行寺の逸品」のチラシの拡大。
  冷泉為和筆の「古今和歌集」の画像がある。

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↓特別展「遊行寺の逸品」のチラシの拡大。
 ガラスケース内に展示のあった古今伝授神壇図の画像がある。
 人物の付近に儀式の道具などの配置や儀式の方法?などが表現されている。
 展示によると遊行寺は密教と密接な関係があったので「灌頂」に関する儀式の図かと思ったが違うようだ。
 同じく展示されていた書籍の画像もある。

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 ガラスケース内の展示品を説明しながら僧侶の方は「歴史の教科書で知っている人の直筆の手紙があるのはすごいこと。」と言っている。武田信玄の書状がある。確かに末尾に「信玄」とかいている。内容は、「相模 ××と 俣野の間、××貫を預ける・・・・。」とあった。土地の権利を認めたものである。「俣野」は現在、戸塚区から藤沢にもある地名である。信玄はこの付近も支配していたのか、小田原市の北条を攻めたときに、滞在し、この付近の領地について差配したのかな。「預ける」という文字があるが、「与える」「知行する」という意味と同じことなのか分からない。その後、武田のこの文書がずっと有効であっかもわからない・・・。
 足利義昭の手紙がある。何かのお礼の手紙であった。時代は、信長の頃である。なぜ、遊行寺にあるのかは不明だ。そのとなりの展示品は足利義澄のもの。義澄って誰、と思ったが、11代の将軍だった。今川義元の手紙もある。和紙に大きく文字がかいてある。ただ、署名のところには「義元」とは書いていないような。「源・・」と書いてあったかは、忘れた。花押以外が直筆であるかは、分からない。
 
 藤沢市指定文化財「一遍上人縁起絵」の展示がある。国宝「一遍上人絵伝」の新しいバージョンのような巻物。江戸時代の写本かな、と思うくらい彩色が鮮やかだ。しかし、室町時代の作品である。国宝の絵伝にもシーンがあるが、一遍の生まれた伊予の一の宮「大山祇神社」の境内の場面かなと思ったが、紀伊の国の「熊野本宮大社」に参詣する一遍の様子の場面の展示であった。現在は、本宮大社は山の斜面に移転しているが、かつては川の中州にあったので、この巻物で描かれているとおり平地にあったのだ。

 ↓特別展「遊行寺の逸品」のチラシの拡大。熊野本宮大社の様子。 
 
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 ↓ 2018年2月、今回訪問時の遊行寺の本堂と境内の様子。
 買い物をした主婦らしき年配の女性が大根などをビニール袋に入れて、手に持って境内を通り抜けて自宅方向へ歩いて行っていた。買い物帰りの近道かな。境内が。

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遊行寺宝物館 特別展「遊行寺の逸品」 鑑賞2 2018年2月

 遊行寺宝物館 特別展「遊行寺の逸品」 鑑賞2 2018年2月

 藤沢市にある時宗の総本山「遊行寺」、正式には「清浄光寺」の宝物館にやって来た。
 展示ガラスケースに沿って順路が示されているので、それに従って見ていく。県指定の文化財「一遍上人像」と国の重要文化財指定の描け軸になっている肖像画がある。
 県指定の文化財「一遍上人像」はあの色黒で粗末な衣をまとった祈りをする?上人の姿。もう1点の国指定の重要文化財指定は「一向上人像」である。一遍ではない。解説が無いので分からないが、一向上人は一遍の弟子?にあたる人物で、初期の時宗の教団の高僧であろうか。藤沢市指定の文化財の肖像画も隣接して展示されている。
 順番に展示を見ていく。描け軸の画像などであるが、「熊野信仰」に関するものが何点かある。熊野信仰は平安後期が最盛期だった??と思うので、鎌倉時代から南北朝の時宗が成立したときにも盛んであったのだろう。現在は熊野古道として世界遺産にも指定されていて、知名度も高い。私も訪れたことがあるので、なじみ深い。
 国の重要文化財 絹本著色「後醍醐天皇御像」は室内の一番突き当り奥のガラスケース内に展示されていた。歴史資料集でも見たことがいる肖像画である。改めて「本当にここにあったんだ。」と思った。日本で義務教育を受けたことがある人ならば、ほとんどんの人は、この写真は見たことがあるのではないか。
 と、隣に紙本著色「後醍醐天皇御像」の展示がある。紙に描かれた肖像画なので、ややインパクトが弱い感じがあるし、彩色が新しいので、後世の制作である。解説文が掲示してあり、新発見された「後醍醐天皇御像」であるとのこと。 国の重要文化財 絹本著色「後醍醐天皇御像」を写したものであるそうだ。そういえば、時期は忘れたが、以前新聞で記事を読んだことがあるような。
 実物を初めて見たのだが、絹本著色「後醍醐天皇御像」は歴史資料集では拡大の画像しか使用されていないことが、分かった。天皇の御像の上には文字が書かれている。縦書きで神仏の名称が書かれているのだ。みっつ書かれている。真ん中には「天照皇大神」とある。左右に「八幡大菩薩」と「春日大明神」と大きく書いてある。天皇の肖像であるので、「天照皇大神」と天皇の真上に書いているのだろうか。神仏の加護を祈った肖像のように感じた。隣の紙本著色「後醍醐天皇御像」(文化財の指定なし。新発見のもの。)は、「八幡大菩薩」と「春日大明神」が重文指定と比較して、文字の左右の配置が異なっている・・・・。右に「春日大明神」、左に「八幡大菩薩」と全く左右が逆になっているのだ・・・・。模写であるから深い意味はないのかな・・・。解説文にも書いていないし。壁面に展示されているこのふたつの肖像画の手前には由来を示す寺の巻物文書が展示されている。絹本著色「後醍醐天皇御像」がなぜ遊行寺にあるのかその経緯が書いてあるらしい。

 私が、ふたつの「後醍醐天皇御像」を見比べていると、青い作務衣をきた僧侶の方が、スーツ姿の男性2人をつれて室内を早足で歩いて、一番奥の「後醍醐天皇御像」の前までやってきた。僧侶の方解説がはじまった。
 二人の訪問者のために話を始めたのであるが、ついでと思い私も聞き耳を立てた。話の内容は「元々、天皇像として描かれたものではなかった。」というような説明に聞こえた。本当だろうか?。真偽の程は分からない。私の聞き違いかな。説明では「後醍醐天皇の崩御の後、35日の法要のために制作された。」そうだ。私が思った通り密教の法具を持っているし、「天照皇大神」の神号をかいてあるし「信仰対象の「曼荼羅である。」と。文観(もんがん)が奉納したそうで、御像に目を書き入れしたのも文観だそう。天皇のお姿の冠の上の丸は、やはり太陽で大日。」と。「大日如来」を現しているのだ。
 更に僧侶の方はスーツ姿の男に説明を続ける。「(展示ケース内の文書を差しながら)この絵の由来がかいてある。(紙本の「後醍醐天皇御像」)は、私が見つけた。描いた日付までわかってしまっている。(現在重文の「後醍醐天皇御像」)近くにおいて写した。よってほぼ同じ大きさてで絵の輪郭も重なる。(「春日大明神」と「八幡大菩薩」の文字の)左右が入れ替わっている点はわからない。ウィキ(ペディア)では、古いくすんだ画像がのっている。昭和59年ころに修復して顔の部分のなどが鮮明になった。(ウィキに掲載されている)画像は、修復前(のもの)らしい。極めて重要な作品で、(現在は)国の重要文化財であるが国宝に近い作品。」とお話があった。
 説明を受けていた男性が質問する。「模写はどこで見つかったのですか?。お寺の倉庫の中にあったのですか?。」などと僧侶の方に聞いている。
 写した紙本の「後醍醐天皇御像」は「(天皇の衣の)袖に龍紋がある。制作当時のことがわかる資料だ。(天皇の)口は省略されて描かれているが、ほぼ忠実に写されている。・・・」とのお話が聞こえた。

 男性2人と僧侶の方は、別の展示物の前に移動した。改めて「後醍醐天皇御像」を鑑賞する。重文指定の作品の天皇のお口は、よーく見ると黒い。歯に鉄漿(おはぐろ)をしているのだ。写真で見ただけでは、あまり気づかない。実物を見たから判るのかも。
 「龍紋」については私もよく理解できなかった・・・。天皇のみが使用を許されたのが「龍」の紋のある衣なのであろう。天皇の御座の手前の獅子2体も目を引く。歴史資料集には、省略されてしまう部分である。実物を見たので分かった。確かに信仰対象のための御像であると感じた。

 紙本の「後醍醐天皇御像」については制作年は作品を見た限りでは書いていない。どこかに書いてあるので制作年が判明したのだろう。肖像画の手前の由来を示す寺の巻物文書には確かに「文観」の名がある。制作後、ここ遊行寺に納められて、今日(こんにち)まで伝わっているようだ。
 続いて、付近の平ガラスケースなどを見る。

  
 ↓ 2018年2月、今回訪問時撮影の遊行寺宝物館。
   絹本著色「後醍醐天皇御像」の拡大写真がポスターになっている。

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 特別展ポスターの拡大。
 国指定 重要文化財指定 「一向上人像」の画像がある。

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遊行寺宝物館 特別展「遊行寺の逸品」 鑑賞1 2018年2月

 遊行寺宝物館 特別展「遊行寺の逸品」 鑑賞1 2018年2月

 藤沢市にある時宗の総本山、正式には「清浄光寺」(一般的には「遊行寺」と呼ばれている)にやって来た。
 久々の「地元ネタ」。積極的に掲載していかねば(笑)。あっ、昨年11月の鎌倉国宝館「足利持氏展」の記事も詳細掲載しているぞ

 今回の企画(特別)展の目玉は、重要文化財「後醍醐天皇像」。教科書、歴史資料集などでその画像が必ずといってよいほど掲載されている肖像画である。 その「後醍醐天皇像」が藤沢の遊行寺にあるというのだ。知ったのは最近のこと、というより昨年の春先だったか、遊行寺のウェブサイトで見たか、掲示してあるポスターで見たのどっちか。1月1日の初もうでから2月中旬にかけて開催された企画展で、展示されていることを知った。ポスターの写真も「後醍醐天皇像」の拡大一部画像が掲載されていたので。
 教科書や歴史資料集に掲載されている「後醍醐天皇像」には「清浄光寺蔵」と必ず記載されているであろう。だから、「清浄光寺蔵」とこの肖像画の画像を見たときは認知していたのだろうが、いざ企画展の告知を見ると「いや~、知らなかったよ。でも、なぜ後醍醐天皇ゆかりの吉野(奈良県)や京の都にある寺院ではなく、京から遠くはなれた、しかも天皇が悲願の打倒を果たした鎌倉幕府の所在地近くのお寺にあるのか?。」と率直に思った。
 しかし昨年は、なぜか見学に行かなかった・・・・・。重要文化財「後醍醐天皇像」はのみがしてしまった訳だが、今年になってからも特別展「遊行寺の逸品」というタイトルで公開されていた。特別展のポスターは、昨年と同じく重要文化財「後醍醐天皇像」の拡大写真が掲載されている。特別展は1月1日から2月12日までである。
 初詣のついでに来ると、又は毎年1月2日と3日に開催される箱根駅伝の観戦のついでに来ようと思ったが、結局実行せず。しかし、今年こそは見逃すまい、と会期終了の間際に遊行寺宝物館にやって来た次第だ

 本当は「初もうで+箱根駅伝観戦」を兼ねてくるのがよいのですけどね。国道1号線の「藤沢橋」の交差点、箱根駅伝の中継においては「遊行寺前」付近で観戦がよいのではないか。特に箱根駅伝の「遊行寺前」はタイムのチェックポイントでテレビに映ることが多い。よって、沿道で観戦をしていれば、テレビに映る可能性が高い。
 前回は宝物館のリニューアルオープンを記念して「一遍上人絵巻 全巻公開」と銘を打たれた展覧会に2015年の11月と12月の2回来た。

 重要文化財「後醍醐天皇像」。天皇の冠の上には、赤い球体が描かれている。「日の丸」を思わせる真っ赤な日輪である。そして天皇は手に「三鈷杵」など密教の法具をお持ちになられている。密教の儀式の様子を描いたお姿なのだ。密教といえば、高野山か比叡山であろう。何故、時宗の総本山、関東の地、藤沢の清浄光寺にあるのか、ますます分からなくなってきた・・・・。近年、藤沢など東海道線沿線地域も東京、横浜の通勤圏内にあるベットタウンとして住宅化が著しい。だから、私も元々神奈川出身とはいえ、居を定めて住んでいるのだ。近隣に住んでいても、遊行寺にはなかなかやって来る機会は無いなあ。
 とある最終日にも近い休日、急いで特別展「遊行寺の逸品」の見学に行った。1階のチケット売り場で購入する。入館料500円である。展示室は二階。改めて展示室の中に入ってみる。2年前のリニューアルオープンのときと展示室内の様子は変わっていない。
 室内は会期末近くのためか、思ったよりも入館者がいる。室内には私以外で6名くらいだろうか。私よりも若いくらいの年齢の男女もいる。途中から、20歳台~30歳台前半と思われる男性も1人でやってきたし、60歳くらいの夫婦らしき男女もいたり、60歳~80歳くらいの年配者ばかりと思ったが、意外にも平均年齢は高くない。
 展示室に入ってすぐのところにある空也の小さい象はそのままだった。文化財指定は無いが、室町時代の木像である。前回同様一遍と空也の関係は、展示されているこの木像を見ただけでは分からない。「なぜ、時宗に空也なのか?。」と思ってしまう。
 室内の壁には一遍上人と遊行寺の年表が掲示してあるのも同じだった。前回訪問時にもあった。
 改めて年表を見てみると、一遍上人は「伊予の国の生まれ。」とある。「そうだったな。」と思い出した。伊予もルーツのひとつある私自身にとっても身近に感じる

  
 ↓ 2015年11月に訪問時撮影の遊行寺宝物館。展示室は二階でした。中に入ってみるとさほど広くありません。 宝物館に入るのは3回目である。「一遍上人絵巻」の特別公開のときに2回来たことがある。

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↓ 今回訪問時の宝物館。寒い日であった。「真冬の快晴」であった。

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大磯漁港食堂「めしや」 食事

 話は、ちと前のことになるが、梅雨入りするかしないかくらい位の6月のある日のこと。
 「平塚漁港の食堂」の記事を投稿したので、(藤沢・茅ヶ崎方面から見て、その先)お隣の街、大磯の「漁港食堂 」に久しぶりにやって来た。三年~四年ぶりくらいだろうか。
 大磯漁港食堂「めしや」に来るのは、「平塚漁港の食堂」が出来てからは、初めてのこと(多分)。「平塚漁港の食堂」に行くまでは・・・、と思っていたが、昼食を食べていないとき、たまたま近くを通りかかったので、やって来た次第。

 すでに時刻は午後1時過ぎ。ランチのラストオーダーの時間も近い筈。お店の外には、その日のメニューを書いたカラフルな看板が出ているが、ほとんどは完売で「イナダの煮付け定食」しか出来ないとのことだった。「いいですよ。」と席に着き、 これしか出来ないというので、「イナダ煮付け定食」を注文した。値段は忘れたが1,300円くらいだった。
 
 味噌汁が磯の香りがして絶品。ハマチ、ブリと出世する「イナダ」の煮付けも大きい。刺身は、「キハダマグロ」かな・・・?。あと、特筆すべきは、小魚の揚げ物。最初は「イワシ」かなと思ったが、イワシ特有のにがいにような味では無いし、イワシのお姿ともちよっと違う。「ジンダ」という小鯵の唐揚げらしい。頭からまるごと食べることが出来る。いかにも「お魚食べました!」という感じになる。絶品でした。

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 私のあとからも客がやって来た。(コレしか出来ないというので)「ワラサ煮付け定食」を注文するのかと思っていたが、(何だ、他にも出来るじゃないか・・・。)カマスの定食を注文していた・・・。それとも、ボクがよく消していない(注文可能な)メニユーを視なかった!!??。それとも、交渉次第!?か、裏メニュー!?。
 ここのコンセプトは「うめえー魚を食わせてやるべ(湘南弁)。」なので、接客レベルはハッキリ言って××いです(笑)。よー(要)は、うまけりゃええんや(笑)。他に、ボクは求めまへん(笑)。

 ↓ 「めしや」の外観。
 午後の閉店時刻を過ぎたため、一旦店しまい。よって、行列が無い、誰も写真に写っていない。
 「めしや」の奥のコンクリの建物は漁協か港湾管理の建物。一瞬、学校のようにも見えたが。

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 実は、この付近、子供の頃海水浴に連れられて時々来た、なじみの深い所。「めしや」はここ数年の事だが、奥の建物は私が子供の頃からあった。そのまま老朽化といったところか・・・。あの頃、あどけない少年だった俺(敢えて「俺」呼び(笑)。)もすっかり歳を重ねたが・・・・・・。夏場は、ここに隣接する駐車場は海水浴客の車で満車になり、賑わったものだ。

 日本最古の海水浴場と言われる大磯の「照ヶ崎海水浴場」はここ大磯港のコンクリ壁の向こう側になる。少しばかり岩場のある海岸だ。しかし、当時の「照ヶ崎」は別のところだったとも聞いたことがある。もしかしたら、現在コンクリで護岸され、埋め立てされている「めしや」や漁協、駐車場のある大磯港付近の土地の下が、かつての岩礁や砂浜だったのかも・・・!?。
 大磯海水浴場の開設を提唱したのは有名な話であるが、初代軍医総監 松本順(良順)。松本順は、森鴎外の親戚の西周や、周の友人で鴎外の義父でもあった(過去形)赤松則良らと親しい旧幕人脈だ。榎本武揚も含めて明治以降彼ら、も親しく交際していたのだろう。森鴎外は(エリスと破局した直後に)結婚というカタチで押し付けられた、この旧幕人脈に連なる妻が嫌だったのかな・・・・?(複数ある理由のうちの一つではあろうが)。
 主流派の長州閥とは正反対のグループであるし、自身の父の実家、長州・周防人脈を頼みにしたかったのかも、とは以前書いた。

 ちなみに、私が親となった後、自分の子供を連れてここ大磯海岸に海水浴に来たことは無い(苦笑)。

 


2016年8月 「平塚漁港の食堂」 食事(初訪問)

 2016年8月 「平塚漁港の食堂」 食事(初訪問)

 猛暑到来、8月のある日のこと。
 梅雨明けしましたね~。今年の梅雨明けは、やや遅かったような。開けた途端に猛暑となりました。そんな中、平塚漁港の近くまでやってきました。
 お店は国道134号線からも見えます。二年前の2014年の春にオープンした「平塚漁港食堂」でお食事です。
  
 熱い夏がやってきた!。さあ、夏休みだ!、という訳です(笑)。暑いですが、海水浴は無しです。
 (「暑い夏」ではなく、「熱い夏」です。ボクの心も燃えている!!(笑)。)

 ↓ 相模川河口と海岸付近の建物の向こうには、相模湾が広がる。そして、「入道雲」がもくもくと湧いている。
   さあ、今年も夏がやって来た!!。

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  ここ「平塚漁港の食堂」は、テレビでも数回取り上げられ、今や休日など繁忙日には、行列が出来るお店だ。私もオープン当初に来ようかと思ったが、混雑しているようなので、行かなかった・・・・。
 今回が初めての食事だ。
 営業時間は11時から。ランチのみの営業のようだ。夜間の営業も開店当初は予定していたが、あまりの混雑でランチのみの営業になって、そのまま現在も継続しているようだ。

 ↓ 駐車場の入口。
  坂を下ると、相模川の河口の岸辺に出る。漁協、漁港関係者の駐車場は川沿いにある。


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 駐車場はほぼ満車。昼前だというのに、すでに食事を終えて、店から駐車場に戻って来て、車を出発させる人もいる。

 ↓ 国道から見た建物外観。
  駐車場から、お店まで灼熱のアスファルトの上を少しばかり歩く。

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 店内に入る。正午前だが、ほぼ席は埋まっている。道理で駐車場も満席だった訳だ。 
 席の準備ができるまで、少し待った。いや~、昼前なのに混雑していますね~。
 店内の係員は、女性のみ。漁港の女性部の方であろう。次々に、料理を運んだり、やって来る客の対応、案内をしたり、注文を取ったりと忙しそう。

↓ 店内の様子。国道側からだと、二階から入る感じ。テーブル席で一人用のカウンターは無い。最低でも2人以上の席。たた、一人でも2人席を使用して食べている人もいた。
 郊外、海辺の国道沿いという立地から考えて、サラリーマンが昼飯に来る所では無いかも。土日の観光客か地元の人というがこの店でのメインかな。

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 「刺身定食」が一番の人気。だが、限定10食なのですでに完売。
 私は限定20食くらいだった、あじ丼とフライの定食を注文。 1,780円くらいだった。(値段を覚えていない・・・。)
 アジフライはデカイ。が、夏の梅雨明けしたカンカン照りの気温の下では(店内は冷房が効いているが)、胃にコタエル・・・。(ボクノ病状?を端的に示していますね(笑)。) 

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 味噌汁とデザートも付く。漬物とサラダも。アジフライの付け合せは、キャベツの千切り。サラダは生レタスなど。どちらもドレッシングがかかっているため、生野菜がダブる(苦笑)。
 「あじ丼」はアジのタタキトッピングでネギが載っている。わさびもたっぶりある。わさびは使い切れないきらいだ。
 ごはんは、・・・・・というと酢飯だった。あじの寿司に近い!??。通常の白米では無い。夏場は酢飯なのか、通年酢飯なのか?、海鮮丼と異なり、魚の種類が少ないので、酢飯の味が濃く感じられたかも・・・。
 「しょうゆ皿」はお盆の中ほどに小さく映っているが、丼にかけ易いように「流し口」が付いていて、酢飯にかけやすい。

 他のメニューとして「海鮮丼」もあったが注文しなかった。マグロ、イクラが乗ってきても困るので・・・・(笑)。海鮮丼のメニューの写真は無かったように思う。そのため、どの具材なのか、分からなかった。
 あとは、焼き魚定食が数種類あった。真夏のカンカン照りで暑いので、私はこの日、焼き魚定食を食べる気になれなかった(ゴメンナサイ)。
 「特刺定食」もあった1980円。が、そこまで食欲が無い(笑)。あと、「食堂弁当」1680円もあっが、持ち帰り用と誤解してしまった。どうやら、店内でも食べられるらしい!?。
 注文して食べている他の客を見る。と、量が多くボリュームがある。特に「焼き魚」はビッグだ。お値段もそこそこして、どちらかというと(地元の常連向けというよりも)観光、遠方からの来客向けだが(他の人が食べている焼き魚定食を見る限り)量も多い。
 店内は、混雑していた。品川ナンバーの高級国産車で来ていた熟年の男女もいた。わざわざ来るお店のようだ。


「一遍聖絵」 全巻公開 遊行寺宝物館 (拝観記 速報)

 遊行寺は藤沢市にある時宗の総本山です。正式には「清浄光寺」ですが、一般的には遊行寺と呼ばれています。藤沢駅から、県道(旧東海道)の通る藤沢橋、お寺に向かう道は「遊行通り」名づけられています。
 「藤沢橋」は交通渋滞が発生しますので「交通情報」ではおなじみです。藤沢橋は元々「大曲り」といって東海道が遊行寺の門前で大きく西に方向を変えていたのです。
 現在の国道一号線はバイパスになっているので、旧東海道の県道が曲がっています。「箱根駅伝」はまっすぐ海へ進むルートをとりますけどね。
 
 宝物館のリニューアルオープンを記念して 「一遍上人絵巻 全巻公開」と銘を打たれた今回の展覧会。
「全巻展示」はここ遊行寺宝物館のみでの公開。新聞の地元版にも記事の掲載がありましたが、準備は9年前から始められ、「全巻同時公開」は初めてのことで、「恐らくこれが最初で最後の全巻公開になるであろう。」とのこと。 実は10月10日から展示は始まっていました。が、一か月以上、行っていませんでした・・・・。行こうと思えばすぐに行けるのですが・・・・。
 最終日も近い。急いで見学に行きました。今年の11月は雨が多いですが、この日は雨もあがりました。自転車で出かけました。
 地元で開催される国宝の大公開、「地元ネタ」を積極的に掲載していかねば(笑)。

 今後は、三館(後述・・・。)で分散して展示され、「全段」が公開されるようです。
 実はここ藤沢での公開の目玉「江ノ島断簡」は10月下旬で公開が終了しています。江ノ島での一遍の踊り念仏の様子を描いた部分の断簡のようです。地元、藤沢ならではの公開だったのですが、遅きに失した訪問でした・・・・。

 ↓ 宝物館。展示室は二階でした。中に入ってみるとさほど広くありません。
  「全巻 全段」公開するには、更に三倍の広さが必要ということがやっと理解できました(笑)。 

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実は宝物館に入るには初めて。
そのためリニューアル前の姿を知りません(汗)。
















 実は遊行寺の近くは時々通りますが、境内に入るのは10年ぶりくらいです(汗)。

 ↓ パンフレットより。展示のあった 第四巻の第三段 福岡の市

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備前の神社の息子が妻が出家したことに怒り、一遍を追いかけて刀を抜くシーン。

この後、息子は一遍に帰依して自分も出家して髪を切るのですけどね。




























 
 実はこのパンフレットはここ宝物館ではなく、先に「五姓田義松展」のときに神奈川歴史博物館で入手したものです。

 実は「全巻」と「全段」の公開がどう違うのかはっきり分かりませんでした。藤沢市の広報誌にも「一遍聖絵 公開」の紹介があったのですが、イマイチ分かりませんでした(爆)。
 「全巻」とは「全12巻」、国宝の「一遍聖絵」の全部の巻物を藤沢で公開すること。
 「全段」とは「全12巻」のうち、更に巻物ごとにいくつかの場面に分かれていて「段」と呼んでいること
 が分かりました。段の区切り(の基準)は何かな?、と最初は思いましたが、「段」が変わる毎に説明の文章が絵巻の途中に入っていて場面が変わるのでこの区切りを「段」としていることを(やっと)理解しました(笑)。
 確かに12巻がありましたが、開いているのは一部のみ。その他は巻かれていて公開されていない状態でした。
 「三館に分散展示する際には、巻物を全部開いて見せる。」=三館で見れば合計して「全巻かつ全段」を見ることができるいう意味でした。
 すると、すべてみたい場合は、
 11月の下旬以降に三館、即ち
 一、神奈川歴史博物館
 二、県立金沢文庫
 三、ここ遊行寺宝物館にもう一度
 来ればすべて見ることができます。無理に本日来る必要はありませんでした・・・。
 すると、国の重要文化財の「江ノ島断簡」を見逃したのは惜しかったかも(笑)。



腰越漁港 直売所 「朝どれあじフライ」 かます、さばフライ(イートインコーナー

 7月のある日のこと。
  
 腰越漁港までやってきました。久々の地元ネタです。
 江の島で海水浴ではなくて、直売所でフライを食べるためです。自転車でやってきました。片瀬東浜海岸が見えますが、海水浴客で賑わっています。実はまだ梅雨明け宣言は出されていませんが、暑いので海水欲はできす。
 ↓ 腰越漁港から江の島方面。晴れていますが、雲が多いのは梅雨明け直前のためです。
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 漁協直売所の入口。道路に面しているので、以前から通るたびに気になっていました。最近ではテレビで紹介されたりと認知度が高まっています。近いのになかなか来ませんでした・・・・。

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 店の入口のガラス戸。反射して見にくいですが、奥にフライを販売するカウンターと手前にイスとテーブルがあります。

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 店内にある大漁旗。直売所といっともこの日の店内で販売している海産物は多くありませんでした。袋詰めされたのりやしらすなど。やはり「フライ」の販売がメインのようです。
 店内の様子は写真撮影はしていませんが、芸能人の色紙もありました。店内には数組のお客もいます。

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 午後の遅い時間の訪問だったため、名物の「朝どれあじフライ」は完売。カマスも完売。
 サバが1枚300円で販売していました。1枚といっとも半身で、大きいです。これ一枚でフライ定食のおかずになります。女性では食べきれないでしょう。店内のテーブルで1枚を分割して食べて、あとは持ち帰ります。
 お茶のサービスもあり助かります。また、調味料の備え付けてあります。ソースに「からし」と充実しています

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 腰越漁港の傍らの砂浜。川が流れ込んでいて、その水辺で子供達が遊んでいます。決して清流ではなく、生活排水は流れ込んでいないのでしょうか。

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 遠目に見る片瀬東浜海岸。少ないようですが、もっと江の島寄りの砂浜は賑わっていました。海の家もオープンしていて、海の家のテラスでは、何かイベントを開催するのでしょうか、フラのワンピースの衣装を着て、レイを首からかけたギャル(女の子)達もいて華やかでした(笑)。
 夏の始まりですね!。ただし、道路は渋滞でした。午後の遅い時間でも江の島方面に向かう車列が続いていました。全然動いていませんでした・・・。

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りょうげつ

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