家族4人で三島を訪れるのは初めてではないでしょうか。相模湾沿岸を走り、熱海経由で、丹那の急な山を越えて、三島方面へ下ります。車中、ササイナことで大ゲンカでした。子供(特に上の子)は「こんな家ヤダ・・・。もう行きたくない(泣)。」そうです・・・。そろそろ、子供を連れて(特に上の子を。)お出かけもオシマイでしょうか・・・・!?。思い返せば、短かったです・・・・(こちらも泣)。。そもそも人生自体、短いものなのでしょうか・・・。
途中、函南のオラッチェガーデンに寄りました。ここは盆地のようになっています。実際、クレーターか古い噴火口の跡なのでしょうか!?。国道からもその様子が見えるのですが、山道の視界が開けて、忽然と現れるほぼ円形にくぼんだ地形です。地図を見ると、すぐ近くを東海道線と新幹線のトンネルが走っています。あの「丹那トンネル」(新幹線のトンネルには『新』がつくが。)という長ーいトンネルです。
(あとで調べたところでは、この地形は、「丹那断層」という、断層が陥没してできた地形のようです。)
売店があり、農業体験ができます。
ミニ動物園もあります。子供達でにぎわっています。
↓ 空がライトグレーなので、サイト画面内の空白なのか、写真に写っている空なのか判別しにくいです。
この空白はデジタルカメラで撮影された写真画像内の「空」です。伊豆の。
動物の飼育小屋です。遠くの山(盆地を囲む山地)には、桜の花が咲いています。斜面は別荘地のようです。温泉も湧くので温泉付き分譲地といったところでしょう。
ここに来る途中で「丹那断層はこちら」と看板がありました。下の子は興味をもったのか「行ってみたい。」と言いましたが、元の国道に戻る道を経由すると遠回りになってしまうので、行きませんでした。また今度に・・・と心の中でつぶやきつつ。
↑ 丹那断層の方面の風景。山に囲まれた盆地です。
↑園内の中庭の様子。ここを囲んで、レストラン、売店、体験コーナー、小動物園などがあります。
続いて三島に向かいました。すでに11時半を過ぎています。お昼の時間帯も近づいてきました。「三島うなぎ」が目的です。土日のランチタイムは混雑必至です。以前、断念した混雑店はやめて、前回、夜に食事したことのある「丸平」を目指しました。「るるぶ」か「まっぷる」にも掲載されていたことがあったので、すでに行列だろうと思いました。
一旦、車で店の前を通過。駐車場は店の隣にある(上の写真を写した場所がまさにソコ。)が、停めにくいし空いているか分かりずらいので、近くの三嶋大社の駐車場に停める。(料金は最初の〇分で200円。)
店に私だけ(先に席を確保すべく)急ぎましたが、店の外に行列は無い・・・。そおっと店の中に入ると、先客は二組のみ。余裕で席を確保。ちょうど正午前のことでした。ここに来るには1年半ぶり。特に昨年は「うなぎ不漁」がニュースになった影響もあり、客数も減っているのでしょうか。店の外観も以前は通りに面して「売店」スペースもありましたが、「売店」は無くなり、壁になっていました。(上の写真参照。)
「不漁」とともに値段も高騰、客離れもいわれました。現に、私の自宅にも近いうなぎ屋さんも昨年、店じまいをし、建物も取り壊しになり、更地になり、土地が「売地」として売り出しされていました。
「丸平」も改装したようです。店内になった展示品もありません。「登録有形文化財」のプレートはそのままでした。土蔵の中にあった展示品(前回、食事のときに見学させていただいた。)も無くなり、パーティー会場のようになっていました。もう一棟建物があり、こちらでも会食ができるようです。
土蔵側から母屋を見る。
店内の様子は、「ぼんぼり」しか分かりません(笑)。
私は「白焼き」を注文。実は「白焼きセット」は店のメニューにありません。単品2,500円のお品です。そこで、店の人に「ごはんセット」を付けてもらいました。「ごはんセット」はメニューにありません。会計のときに800円だったことがわかりました。(合計で3,300円)「肝吸い」が「味噌汁」になる以外は、下の写真のうな重のサイドメニューと同じです。会計のレジ打ちのとき、店の女性が「ごはんセット800円」をどのように打つのかわからなかったので、「白焼き単品+ごはんセット」を注文する人は少ないのでしょうか?。
私はなぜか白焼きが好きなのです。この店では「わさび醤油」ではなく、「山菜の醤油の漬物とわさび」をつけて食べるようになっています。妻に言わせると「白焼きは『白醤油』で食べるもの」だそうです。(この件でもあとで口論に・・・。爆。)
子供二人は「うな重」を注文。3,000円です。小魚の唐揚げ、うな肝の吸物、漬物、デザート(緑色の器に入っているあずき寒天?)も付きます。お重の蓋に「丸平」と店名が入っているのがオシャレです。子供はもちろんすべて食べきることはできないので(特にごはんの量が多い)、残りは私がいただきます。うなぎはほとんど子供が食べて残っていませんでしたが・・・。
食べている間にいつの間にか店は一杯になっていました。隣の席にはとある男女が・・・。男は60代、女は〇商売風の40代くらい。夫婦ではないことは明らかです・・・。(アトはご想像にお任せします。)「・・・混んでいて『桜家』に行けなかったから、今度行こう・・・・。」というような話をしていました。『桜家』は同じく三島うなぎの有名店のようです。(三島の『うなぎマップ』にも載っています。)
続いて、「丸平」のすぐ近く、三嶋大社に移動。
鳥居付近。団体客のガイドさんが、「三島コロッケ」について説明していました。この通りに「三島コロッケ」のお店があるそうです。三島の「B級グルメ」ですね。 写真の左にもうなぎ店があります。看板の「ぎ」の文字だけ写真に写っています。このお店は「三島うなぎマップ」に店名がありませんでした。あえて載せていない店もあるようです。
↓参道の桜も散っています。先週がピークだったようですね。
↓池のほとりの桜並木。水面には桜の花びらが・・・。
三嶋大社の社殿。朝からいろいろとモメたこともあり、「家内安全」ならぬ「家族平穏」を祈願しました(笑。ホントは笑っている状況ではないかも・・・。)。
境内に天然記念物のキンモクセイがありました。
続いて、久々の湧水公園に移動します。駐車料金は200円のままで、追加は必要ありませんでした。一定時間ごとに料金を加算していくのは桜の時期など混雑期だけなのかも知れません。
おなじみ、三島の湧水公園。久々の「水汲み」です。団体客を乗せたバスが何台も来ていました。写真には、団体サンの姿が写っています。バスツアーも若い人が多い。学生サークルらしき男女のグループ、会社員らしき女性グループ、子の年齢が10台~20台くらいの親子など。よく見ると先ほど三嶋大社(の鳥居の前)で見たツアー客の一団が・・・。
先週の土曜日だったか、テレビ番組で「格安バスツアー」の特集を放映していました。その影響もあるのでしょうか。テレビ番組でも見たH旅行社主催のツアーもここに来ています。(私が見たテレビでは房総方面のツアーを特集していた。)バスに表示されているツアー名は「春の伊豆、韮山いちご狩りと三島大社、湧水公園めぐり」だった!?(詳細は忘れました。)。
水をタンクに汲んで(60ℓ)、御殿場に向かいます。久々にたくさん汲んだので運ぶのに骨が折れました。この間に妻と子供達は公園内を散歩してました。上の子は初めての訪問でした。
静岡県東部(富士市、富士宮など)
4月21
桜の満開もはや散りました。しかし、それはソメイヨシノの桜のこと。ヨメイヨシノよりも遅く咲く、もっと古くからある桜の木があります。その有名な桜のひとつが、富士宮市にある「狩場の下馬桜」。

前の週に開通した新東名を経由し、新富士インターで降ります。巨大なコンクリートの高架によって造営されったて感じです。
午前8時過ぎには到着。
入口では少し間違って通りすぎてしまいました。いつも行く井出牧場の手前の交差点を左折するとは気づきませんでした。

出店のテントがあります。すぐそばのソメイヨシノはかなり花が散って葉桜に近くなっています。

菜の花がきれいです。


桜の井出家の敷地内になります。昔ながらの豪邸です。
鎌倉からの地頭の家柄だったのでしょう。戦国時代は有力な豪族のひとつ。江戸時代においても大地主だったことがうかがえます。
数百年間を経て、桜の木が残ったのは、周辺の土地が現在まで井出家の所有だったことが理由なのでしょう。


葉と一緒に咲く、ヤマザクラの一種です。

帰る頃には、駐車スペースは満車、車もひっきりなしにやってきます。それだけ有名な桜なのですね。

天気こそよくありませんでしたが、この季節意外と快晴とはなりません。春先の気まぐれな天気のためです。

大正時代の写真が掲示されていました。現在よりも樹の勢いがありました。

前の週に開通した新東名を経由し、新富士インターで降ります。巨大なコンクリートの高架によって造営されったて感じです。

入口では少し間違って通りすぎてしまいました。いつも行く井出牧場の手前の交差点を左折するとは気づきませんでした。

出店のテントがあります。すぐそばのソメイヨシノはかなり花が散って葉桜に近くなっています。

菜の花がきれいです。


桜の井出家の敷地内になります。昔ながらの豪邸です。
鎌倉からの地頭の家柄だったのでしょう。戦国時代は有力な豪族のひとつ。江戸時代においても大地主だったことがうかがえます。
数百年間を経て、桜の木が残ったのは、周辺の土地が現在まで井出家の所有だったことが理由なのでしょう。


葉と一緒に咲く、ヤマザクラの一種です。

帰る頃には、駐車スペースは満車、車もひっきりなしにやってきます。それだけ有名な桜なのですね。

天気こそよくありませんでしたが、この季節意外と快晴とはなりません。春先の気まぐれな天気のためです。

大正時代の写真が掲示されていました。現在よりも樹の勢いがありました。
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