良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

企業博物館、企業展示施設

 

三菱みなとみらい技術館 航空宇宙ゾーンリニューアル② 「MRJ」の展示

  2016年2月27日

 横浜、なとみらい地区にある三菱みなとみらい技術館。展示リニューアルのプレオープン見学会に行ってきました。年間パスを持っている人に案内が送られてきます。
 昨年も年間パス会員あてには、二月に「海洋分野の展示リニューアル」の通知が来ていたのですが、行くことが出来ませんでした。今回は、昨年のリベンジを果たすべくやってきました(笑)。

  館の入口付近には関係者用の受付もあり、社員が出て対応しています。「重工及びグルーブ会社受付」と表示してありました。
 有料エリア、二階に昇る階段の途中から見たエントランスロビーにある「MRJ」の模型。模型の前には「祝 MRJ初フライト成功!」と手作りの告知看板がありました。
 館内は見学者でにぎわっています。他の見学者がなるべく写らないように撮影です。

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 昨年11月の三菱リージョナルジェットの初飛行は大きなニュースとなりました。
↓ シュミレータのそのままです。場所が移動しました。
  ブラスして機内の座席も一部再現しています。座席上の読書ライトや送風口もちゃんと付いています。
  快適そうな座席です。見た感じ、内装、座席上の高さなど、今まで乗ったことのある
  ボーイング、アエバスの機体と変わりません。

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 客室内にはイスがあります。天井の高さ、収納も実物とか。イスは軽量のシート。737-800のようです。シュミレータ体験は人気で、ざっと見たところ二時間は待つでしょう。写真にはありませんが、機体の模型の後部まで行列していました。一人5分としても、一時間に12人。20人並べば、二時間は待つ必要があります。
 ↓ 座席に座って機外を見る。左はエンジンです。

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 MRJの座席に座って、カメラの準備をしていると説明係の社員の方が「よろしければ、記念撮影のお手伝いをしましょうか?」と声を掛けて下さいました。今さら、私が記念撮影しても仕方ないので、「いえいえいえ結構です。」と慌てて断りました(苦笑)。
↓ 機外と機内の様子。機体の厚みは実物と同じ寸法かは分かりません(笑)。
   MRJの機体模型の周辺では説明係の社員(多分)がたくさん出ています。私が今さら聞いても仕方ないです。本来は、将来のある子供が質問しないといけません。が、私が子供だったとしても、恥ずかしがってあまり質問をしなかったでしょう(苦笑)。よって、こんなショーモナイおっさん(決して「大人」とは言えない・・・)になってしまいました(涙)。あのとき、分かっていればなぁ~、と気付いた時は遅しか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

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 胴体の側面。先ほど座った窓側の座席が見えます。機体の模様ですが、説明板がありました。
「和風」にこだわり、歌舞伎の「くま」をイメージしてデザインしているそうです。道理で、流線型でしかも速さを感じさせるうえに、日本的なデザインだな、と思いました。

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 ↓ エンジンの側面。エンブレムが付いています。鷲のマークです。

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 しかし、良いニュースだけではありません。初飛行のニュースの後はとんとニュースが入ってこなくなりました。その後、数週間して流れたニュースは、私が昨年の別の記事で指摘(エラそうに書くなって感じですよねっっ(笑))していたように、納期の1年以上の更なる延期でした。初飛行のあとに2500時間も試験飛行して、形式証明(正式名称は知らないので、以後「ライセンス」といいます。)をとり、(初飛行から)1年半後にユーザー様へ納入とは、素人目に見ても不可能です。2500時間は複数機ある試験機の合計なのでしょうが、1日24時間飛んでも延べ100日以上÷機数(報道では4機か5機だったと思います)。
 その後、一回か二回かは知りませんが、試験飛行を行ったようです。以後、MRJに一般のニュースに出ることは、ありませんでした。年明けには、改良して飛行を行ったニュースが流れたのが、この訪問の少し前2月上旬?のことだったような。
 航空分野だけではありません。更に造船部門の巨額損失の計上などの失敗も目立ちします。500億円で受注したのに、設計ミス、艤装工事、納期の遅れで600億の損失(金額はいずれも例です。実際の数字ではありません。)を出して、民間企業としてどうしちやったのでしょうか。さらに艤装過程での失火も・・・。ニュースで知るしかありませんが、船舶内部の火の気のないところでの出火とか・・・・。単にハード面での問題ではなく、「人」の問題もあるのかも知れません。でも企業グループとしては盤石なのです(スゴイ)。
 


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 ↓ 二階の展示の様子。今回の展示替えはありません。三菱が開発した航空機の模型です。
    ここは主に戦前の飛行機。

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 下が滑走路になっています。三菱が開発したビジネスジェットの模型。この機体のエンジンは三菱製でしょうか。

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 上の写真の上部、同じく窓側から撮影。反射してみなとみらい地区の別のビルが写り込んでいます・・・。
 「海軍一式陸上攻撃機」とあるプロペラ機です。
  船舶の写真は以前撮影したので今回は無し。「浅間丸」の模型などがあります。
  この飛行機の模型コーナー、実はいつも人(他の見学者)がいるので、なかなか撮影できないのです。

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三菱みなとみらい技術館 航空宇宙ゾーン展示リニューアル

  2016年2月27日

 横浜にやってきました。みなとみらい地区にある「三菱みなとみらい技術館」の展示のプレオープン見学会にやってきました。年間パスを持っている人に案内が送られてきます。昨年、年間パス会員あてに実は二月に海洋分野の展示リニューアルの通知が来ていたのですが、そのときは行けませんでした。今回は、昨年のリベンジを果たすべくやってきました。
 ↓ 道路を挟んで反対側から見た、「三菱みなとみらい技術館」と横浜三菱重工ビルの様子。
   写真、手前左側のオブジェは、歩道上にあるブロンズ像です。

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 「三菱重工」といえば、昨年11月の三菱リージョナルジェット「MRJ」の初飛行は大きなニュースとなりました。「50年ぶりの国産飛行機、国産初のジエット旅客機」です。初飛行は愛知県営名古屋飛行場でしたが、当日のインターネットの中継はアクセスが殺到してウェブサイトがダウンしてしまったとか・・・。それだけ大きな注目を集めたプロジェクトでした。

 一昨年は二階の展示が改装されて「スペースラボ」などとなりました。昨年は、一階部分の海洋分野の改装です。昨年の記事でも書きましたが、重工グループはかなり展示に投資していますね。
 今年の改装(リニューアル)のメインは言うまでもなく「三菱リージョナルジェット」です。

 ↓ リニューアルオープン後の「航空宇宙分野」の展示室の様子。(パンフレットより。)

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 ↓ MRJの模型の正面。場所が移動していました。内部のシュミレータはそのままです。
 
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 まず実物大と思われる機首部分が現れます。更に、今回のリニューアルで翼とエンジンが付きました。エンジンは、実物大とのことです。翼の下にエカジンが機体の現物と同様に付いています。
 展示の関係上、翼はやや上に展示しています。現実は胴体に付いているので、エンジンの下の部分から滑走路面までは人の身長よりも低い。1メートルあるかないかでしょう。MRJよりも大きなB737、AB320などを見ても明らかです。小型機はエンジンの大きさが他の大型機よりも目立ちます。滑走路に接触してしまうのではないかと思いくらいの高さです。
 例 旧石垣空港でのB737など。タラップで滑走路に降りると、翼からぶらさ下がるエンジンが目の前です。
 ↓ MRJのエンジン模型。「ブレード」が付いています。回転すると吸い込まれてしまいそうです(笑)。

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 以前から報道でもいわれていたように、MRJのエンジンは外国製です。エンジン開発技術が日本には無いのでしょうか。重工自社開発ではないのが意外です。エンジンを含めMRJの部品の約3割以上が外国製品のようです。対して、B787の3割が日本産の部品でボーイングの機体でありながら「準国産飛行機」と日本国内では報道されていました。
 機体はMRJ70と90があります。70人乗りと90人乗りの二種類ですね(笑)。機首付近にはWarnningの表示が。細かいところまで模造しており、本物をもってきたかのようです。

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 ↓ 機体の横にある説明。PW1200G。これがMRJが採用したエンジンなのでした。
   自社でも開発できなかった優れた旅客機用エンジンですね。

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 その他にリニューアルとしたものとしては、H3ロケットの展示がありました。ただし、写真は無し。
 ロケットエンジンの模型の展示もありました。パンフレットには「ロケットエンジンファクリトー」と表示があります。
 ロケットの模型の展示近くに、航空宇宙分野の開発の歴史年表がありました。大きなボードです。
 下のパンフレットの写真と同じ絵が描かれています。アニメ映画で有名になった故・堀越次郎氏のイラストもあります。三菱零式戦闘機、つまりゼロ戦の開発者ですから、自社の従業員だったのです。

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 二階の展示は、特に変更はなし。
 「スペースラボ」は夕方までほとんど一杯。ヘリ体験は最終まで、既に満席でした。
 二階はエネルギー分野などの展示です。一昨年に大幅にリニューアルされ、その際に「スペースラボ」、「カスタムラボ」の体験コーナーがスタートしました。
 エネルギー分野では、まず原子力事業の展示が階段を昇ってすぐの所にあり、風力発電装置の解説もあります。(今回この記事では写真などの紹介は無しです。)
 石油(というか原油)のサンプル展示が、サラサラの中東原油だけでした。そういえば、と今回思い出したように、石油関連事業の展示を見て確認しました。以前は、スマトラ産の泥のような原油の展示もありましたが。産地によって原油の性質が異なる点は重要です。我が国最大の輸入、そして生活、産業にとっての重要品ですから。科学博物館など他の科学系博物館でもここまで詳しい展示は無かったと記憶します。

 ↓ ガスタービンの模型。高温のガスを送り込み、タービンを回転させます。
    原発事故後、この強力なタービンは火力発電に不可欠です。急速に需要が増しています。

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 ↓ 圧縮機ブレード。一階で見た航空機エンジンのブレードに似ています。

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 ↓ ブレードの解説。高温高圧のガスに耐えるそうです。なんと1600度。

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 この日、車での帰途に聞いたFMラジオ放送のニュースでも「みなとみならいの三菱みなとみらい技術館がリニューアルオープンをし、MRJの実物大のエンジンが展示されるなどし、多くの人で賑わっていました。」と流れていました。

 昨年二月にリニューアルオープンしたのは、「海洋分野」でした。
「しんかい6500」の船体模型。海洋ゾーン最大の展示です。
 ↓ 昨年に訪問したときの一階海洋ゾーンの展示室の様子。

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「近藤廉平-社長の肖像」日本郵船歴史博物館 企画展 見学3(最終)

  2016年1月。「近藤廉平-社長の肖像」日本郵船歴史博物館 企画展 見学3(最終)

 横浜市の中区にある日本郵船歴史博物館にやってきた。続いて企画展を見て行きます。

 第5章 家族
 妻、従子は大正のはじめに夫、廉平に先立って死去しています。妻の旧姓は岩崎姓ではありませんが、岩崎弥太郎の親族でした。夫妻は明治11年に結婚しています。廉平31歳のときです。翌年に長女が生まれています。8男5女の13人が生まれたと説明にあります。三女の貴子宛ての手紙が先の展示がありました。夭折した子も何名かいたようです。昔は夭折する子が多かったのですね。
 三男の滋弥が跡取りです。(本当は旧字体ですが、以下、字体は現代漢字で表記します。)滋弥は明治15年生まれ。もちろん名前の「弥」の由来は、三菱財閥の祖、岩崎弥太郎です。岩崎家の子孫にも「弥」が受け継がれていますし。

 今回の企画展示見学に際して、私の最大の!!??関心事、例の「昭和戦前期のスキャンダル事件」の当事者となった「近藤廉治」の名はこの企画展の展示にありませんでした・・・。
 廉治自身は華族ではあるが爵位を持っていなかったし、嗣子ではなかったよう?なので、例の事件が起きたときの当主は滋弥だったか?。はたまた廉治は滋弥の嗣子か次男だったのでしょうか??。しかし、廉治を滋弥の子、廉平の孫とするには、明治15年生まれの滋弥の年齢が若すぎるし・・・。廉治は、滋弥の子ではなく、年の離れた滋弥の弟と思いました。
 樺山伯爵家の次女・正子の夫、白洲次郎は正子の8年上で明治35年生まれ。樺山家の長女、正子の姉の年齢は分かりませんが、明治30年代生まれで、その夫、廉治は次郎の数歳上と推定します。すると明治30年前後となり、廉平50歳頃の子でしょうか?。よって、廉平の4男以下の子と断定します(笑)。

(展示にはありませんでしたが) 嗣子ではない廉治の妻に樺山伯爵家の長女を娶らせるとは、廉平は岩崎家、土佐系の人脈ではなく「薩摩閥」にもしっかりと繋がりをつくっています。華麗なる「閨閥」です
 ちなみに展示で名前が出てくる廉平の長女(名前失念)、三女の貴子の嫁ぎ先の説明はなかったように思います。(あったけど見落としていたのかも・・・・・。)
 パリから廉平が三女 貴子に宛てた手紙ともに全権団の一員として随行していた?、大久保利武の絵葉書の展示が一緒にありました。パリでともに滞在していたようです?。利武は名前からわかるように大久保利通の嗣子が爵位を授けられた侯爵家の人。絵葉書から推定すると、利武が貴子の夫か(貴子の)姉妹の夫のようです。見事な「薩摩人脈」です。
 全権委員は西園寺公望や牧野伸顕なので、利武は伸顕の実の弟かおいにあたり、伸顕が随員として連れて行ったのでしょう。伸顕の娘の夫で第二次大戦後に首相となった吉田茂の名は(展示には)ありませんでした。当時、吉田茂は外交官として中国の領事などを務め、随員として岳父と渡欧していたと思います。
 男爵ながら伯爵家から嫁を迎え、侯爵家に娘を嫁がす。NYK社長(同爵者の互選後は貴族院議員)、廉平の権勢の程がうかがえます。

 第6章 タイトルは失念しました。晩年の書跡や妻、子息(3男)滋弥の肖像画、子息、嗣子の滋弥に宛てた手紙の展示でした。
 廉平は1921年2月に没しています。説明によると当時、大流行していたスペイン風邪だというのです。今でいうインフルエンザのことですが、毎年冬に流行することが多いので、廉平が没したのは、おりしも2月です。闘病していた訳ではなく、インフルエンザに罹患して、あっけなく死亡したような感じでした。数え73歳くらいの死去なので、それほど長命であったのではありませんでした。元老、公爵 山縣有朋は廉平10歳以上年長で、まだ存命でしたし。
 廉平の墓の写真もありました。夫妻で染井墓地に眠っています。写真撮影は平成27年9月。この企画展にあわせて撮影したのでした。

 私が見学を終えて、館を出る頃に若い女性がひとりで見学にやってきました。といっても多分年齢は学生、20代ではありません。その女性は受付の人に聞いて氷川丸と共通ではない、ここだけの券を買ったようです。展示の見学を始めていました。
 私は時間の関係で常設展をあまり見ないで、退出しました。特に常設展示の最初の部分「郵船会社の誕生」などの展示、掲示物は全く見ることができませんでした・・・・。
 
 常設展示では、クルーズ船の模型もありました。豪華です。「郵船クルーズ」の広報、宣伝コーナーですね。その他船の模型がいくさかあります。船の模型は、(三菱)みらい館とも共通しているような・・・・・・。「ハードは重工、運航は郵船」ですからね(笑)。
 先の戦時中の商船の壊滅の解説展示もありました。悲しいかな戦争と民間の船舶(徴用)は不可分一体です。ゆっくり展示を見たかったのですが、時間が無かったのが残念です。
 私以外の入館者は仕事ついでらしきスーツを着た人が二人くらい。また、私服の老人が二人くらいいました。
 見学時間は30分くらいで退出しました。警備員が館内を巡回しています。支店のオフィスが建物の二階か、隣の接続する建物にあるようです。
 博物館のフロアにあるトイレに行く女性の社員?(名札は下げていなかったので博物館の職員か支店の従業員か分からないが、明らかに見学者ではない。)がコツコツとかかとの硬い靴(ブーツ?)で館内を歩いて向かっていたのでうるさかったです。背が高くてスタイルのよい、ブーツがよく似合う(このときブーツだったか見ていないが・・・)パリパリと仕事をこなしていそうな颯爽とした感じの女性でした・・・・・・。
 用を済ませたのか、「おトイレ」の方から出てきて、またコツコツと足音を響かせて、元来た方向へ去っていきました。博物館の担当職員や(館内の)カフェ、ショップの従業員ではないようです?。従業員ならば静粛に歩きましょう!!。
 館内にはカフェやショップ、無料で入れるコーナーもあります。
 見学を終えた私は、自動ドアではないので、木の扉をギイと開けて外に出ました。

↓ (既出)日本郵船歴史博物館の建物 入口付近。

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「近藤廉平-社長の肖像」日本郵船歴史博物館 企画展 見学2

  2016年1月。「近藤廉平-社長の肖像」日本郵船歴史博物館 企画展 見学2

 横浜市の中区にある日本郵船歴史博物館にやってきた。 
 第1章「おいたち」に続いて企画展を見て行きます。

 第2章 郵船へ
 入社した後の辞令の展示や同時の横浜の平面の地図の展示がありました。
 当時の会計簿では横浜支店の支配人だった廉平の月給は200円でした。各地の支店の支配人の月給も書いてありますが、支配人の中では近藤が一番高給取りでした。横浜支店には副支配人が3人いて月給をとっています。他の土地の支配人くらいか、それ以上の給与を取っている副支配人もいて、月給が180円の副支配人もいました。横浜支店が一番重要な支店であったことが分かりました。東京、長崎、函館、神戸などに支店があり、支配人なのに月給が100円や80円の人もいました。
 
 第3章 社長に
 
 ↓ 展覧会のパンフレットより。右上の写真が「土佐丸」。その左は幹部の写真。
   「横浜支店 支配人」の辞令の展示は第2章でありました。

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 ↓ 五姓田義松作 「土佐丸」の油彩画の展示がありました。
(神奈川歴史博物館で昨年の秋に開催された「特別展 五姓田義松」の図録に掲載があったので抜粋。)
 
 私が「特別展 五姓田義松」を昨年の秋に見学したときは、本展覧会はすでに開始されていたので、神奈川県立歴史博物館での「土佐丸」の展示は終了していました。「県立」歴史博物館では期間限定での展示でした。「日本郵船」歴史博物館では企画展の期間を通しての展示です。油彩画「土佐丸」は日本郵船株式会社蔵ですから当たり前ですね(笑)。
 「県立」と「日本郵船」の両歴史博物館は場所的にも近いので「特別展 五姓田義松」と(昨年のうちに)合わせて同じ日に見学をすれば効率的でした・・・・。

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 土佐丸は新規に就航した日本郵船期待の船だっのですね。「土佐」はもちろん、三菱のボス、岩崎弥太郎の出身地です。

 第4章 タイトルは忘れましたが、企画展の中核をなす部分で海外視察から日露戦争を経て男爵となる頃までの展示でした。
 明治32年の視察の記録は「北清紀行」とタイトルがついています。(表紙の部分が展示されている。)
 近藤はこの視察8月に出発し、10月に帰国しています。「北清紀行」は8月25日から始まっています。ルートは当時の「新橋駅から汽車に乗って、神戸に行き、相模丸に乗船した・・・・。」とありました。この廉平の紀行文、というか旅行・視察記録「北清紀行」の中で「毎週、北清航路に定期船を開設し、二週間に一回欧州航路を開設する・・・」とも書いてありました。
 翌年4月には欧州に出かけています。このときは一年間の大旅行でした。NYKは「国家とともに歩んで」いた訳です。
 更に、明治36年には再びロシアの沿海州から、ニコリスク、東清鉄道を通り、ハルピン、そこから南下して奉天、大連に出るルートで旅行しています。このルートは、翌年に始まる日露戦争の戦場を(日本軍の進路と)反対側から南下しています。もはや開戦を想定した視察以外の何物でもありません。
 日露戦争後にも近藤は、欧州に視察旅行し、視察先から会社の副社長に出した手紙も展示されていました。

 明治44年8月25日に近藤廉平は男爵を授けられています。藤田傳三郎と同日のようです。サントリー美術館での傳三郎の年賦でも同じ日付が書いてあったと思います。民間人初の「男爵様」の誕生です。その前日の参内通知が展示されていました。
 男爵を授けられた理由は「日清・日露戦争の功績により・・・」と企画展のパンフレットにも書いてあります。
 大正に入って貴族院議員に選ばれています。「同爵者の互選により・・・・」と書かれた当選証が展示されていました。
 第一次大戦後、講和会議の「全権委員随員を命ず」との辞令も展示されていました。
 叙位の通知だったか、「内閣」のみ大きな文字の判が押した書類がありました。なぜか、朱肉を付けた印鑑は押していないです。
 第一次大戦後、講和会議の随員で渡った先のパリから三女の貴子に出した手紙が展示されていました。このときの旅券もあります。外交用バスポートで、各国の入国のスタンプがたくさん押してありました。
 どの章だったか忘れましたが、書簡の展示もありました。書簡で出てくる名前は川田小一郎、加藤高明などです。川田は「男爵いも」で現在に名を残す者。加藤は岩崎家の娘婿、そして総理大臣になっています。伯爵も授けられています。廉平の人脈が分かります。年齢からすると加藤高明は自分の三菱の後輩だったのでしょう。廉平自身は、彼らを束ねる「三菱一家」の大番頭だったのでしょう。

 
 
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「近藤廉平-社長の肖像」日本郵船歴史博物館 企画展 見学1

  2016年1月「近藤廉平-社長の肖像」日本郵船歴史博物館 企画展 見学1

 年明け最初の見学記です。まだ、昨年の記事の途中ですが
 横浜にやってきました。馬車道の近くにある三菱系の名門企業・日本郵船の歴史博物館の企画展示を見学しました。
 「日本郵船創業130年周年記念企画展」と銘打った「近藤廉平 -社長の肖像」展です。
 会期は2015年10月中旬から2016年1月24日までの約四か月間です。

 企画展のパンフレットを公民館か市民センターのロビーで入手して(開催のことを)知りました。日本郵船の運営する企業博物館ですね。横浜港に係留されている「氷川丸」もこの博物館の管轄です。氷川丸には子供の頃に行った記憶がありますが、歴史博物館は初めてです。
 氷川丸は山下公園の端に係留されているため、ここ歴史博物館からは徒歩10分やそこらでは着かないのではないでしょうか。徒歩の場合15分-20分くらいかかると思います。結構遠い・・・・。「氷川丸」は、横浜生まれの私が生まれて物心ついた頃からずっと現在まで繋留されています。赤ん坊の頃は親に連れられて山下公園によく来たそうですが、私は全く覚えていません

 当初ここは「日本郵船博物館」の名称であると思っていましたが「日本郵船歴史博物館」と『歴史』が入ります。「歴史博物館」といえば、神奈川県立歴史博物館もあります。昨年(平成27年)の秋に「五姓田義松展」で訪れました。「神奈川県立歴史博物館」と「日本郵船歴史博物館」は比較的近いです。大きな道路を渡る必要がありますが、信号待ちの時間を含めても徒歩で5分程度ではないでしょうか。

 ↓ 歴史博物館の前に貼っていったポスター。

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 「近藤廉平」のちに華族に列せられ男爵を授けられたこの人物の名を知っている人が、どれだけいるのでしょうか?。歴史上それほど知られている人物ではありませんね。しかし、日本郵船は現在の日本でも古くからの名門企業として知られています。明治時代に民間企業の社長が爵位をもらうくらいですから、明治から昭和戦前期にかけての日本郵船の国家における存在感は現在と比べて相当大きいものだったでしよう。国策と歩んだ企業ともいえます。近藤廉平こそ、まさに「ザ・社長!!」と言えるでしょう。そして、自分の会社の社長を創業記念の企画展で特集する日本郵船(NYK)の自信のほどが窺えます。
 彼は財閥の「大番頭」といった存在でしょうか。三菱系企業、日本郵船の大番頭、近藤、比肩する人物は三井財閥の大番頭「益田孝」でしょうか。益田孝も山縣有朋をはじめとして、政界にも深く関係し爵位を授けられています。

 私は以前から「近藤廉平」の名を知っていたので、興味をもってこのたび訪れたのでした。理由は昔読んだ本、石光真清著、石光真人編の自伝です。中公文庫から「城下の人」「望郷の歌」というタイトルで出版されています。司馬遼太郎の著書「翔ぶが如く」の中でも引用されているので知っている人も多いと思います。
 この自伝本の中に石光と一緒に当時のロシア帝国のウラジオストクに同行した人物として日本郵船社長「近藤廉平」の名がありました。「果たして近藤廉平のウラジオストク行きは展示されているのか?」と思いました。
 もうひとつの理由は「白洲次郎」です。直接、両者は関係ないでしょう。年齢も全然違います。が、次郎の父と近藤廉平は財界人として面識はあったのではないでしょうか?。(根拠はありませんが。)
 数年前の「白洲ブーム」で次郎の妻、正子のことも大きくクローズアップされました。白洲正子は「樺山家の次女で白洲次郎と結婚した。」と紹介されます。では姉である長女は?というと、近藤廉治の妻となったようです。「近藤廉平」と名前が似ているので子ではないかと思いました。薩摩出身の伯爵家の長女と結婚したということは、近藤家はそれなりの家柄だったと思います。長女は戦前のあるスキャンダル事件でも名が知られています。この「事件」についても何らかの解説があるのではないか?、と思い訪れました。
 また、昨年サントリー美術館で見た「藤田美術館展」、藤田財閥の祖、藤田伝三郎(現代字体で表記)は展覧会で掲示の年賦で「民間人として初めて華族となり、男爵を授けられた・・・」とありました。この説明をサントリー美術館で読んだとき「民間人最初の華族は近藤廉平ではなかったのか?」という疑問を持ちました。この疑問を解決するためにも訪問したのでした。

 さあ、入場します。最寄駅はみなとみらい線の馬車道駅です。地上に上がり、地上出口から徒歩で3分くらいでしょうか。博物館の外観はコンクリート造りの建物です。「日本郵船横浜支店」と看板も出ています。支店と博物館は同じ建物にあります。ビジネス的には横浜支店が重要で、博物館はあくまで附属施設ですね(笑)。建物の建築年代は、大正か昭和戦前期でしょうか。
 重厚な感じの木のドアを手で押して建物の中に入ります。まず気づいたのが、天井が高いこと。内装は木を基調としたレトロな感じ。古き良き時代を感じさせます。
 入口から入ってすぐ正面に半円のカウンターがあり、受付の女性が一人います。声をかけて券を買います。氷川丸との共通券ではなく、ここ歴史博物館単独の入場券を買います。一人400円。この料金、企業博物館としてはボランティアに近い安値ですね。
 入館すると船の模型が目に入ります。受付の脇から入場します。とくに有料エリアとそれ以外を分ける壁がありわけではありません。オープンフロアで、一階ワンフロアにあるすべての展示スペースを見渡すことができます。
 企画展は、常設展の中心部の奥、受付カウンターの裏手の正面つき当りのスペースでした。つまり、展示室は部屋ごとに分かれていません。広い部屋と高い天井です。内部の撮影は禁止です。
 企画展を見て行きます。
 企画展の入口に廉平の25歳頃の写真の展示がありました。企画展の第1章は「生い立ち」です。
 生まれは西暦でいうと1848年、明治維新のときに満20歳です。(当時は満年齢では数えませんが)阿波の国の吉野川流域の生まれ。険しいですが山を越えれば、岩崎弥太郎の故郷、土佐、現在の高知県安芸市です。「1848」というや生まれ年や「阿波の国」という生誕地が彼をして三菱の大番頭としての地位を歩ませたのかも知れません。
 廉平には兄がいます。どこかに行っていて、明治のはじめの父の死後に帰ってきたようです。家系図の展示がありました。文字は判読しにくいですが、曾祖父の代など先祖についても書いています。先祖は「藤原の××」のようです。兄が「近衛」を名乗ったと展示にあります。「藤原」の出を名乗るので、その嫡流家たる「近衛」の苗字を付けたのでしょうか?。時間が無かったので、家系図もじっくり見ていませんが、もしかして「近藤」の見間違いかとも思いました。しかし間違いなく「近衛」と名乗ったようです。兄の「近衛」家はその後続いているのか、展示にはありませんでした。
 展示品に「絶家再興願」がありました。兄が家を継いで「近衛」を家名としたため、次男の廉平はある「近藤」を再興した形式で名乗ったようです。
 維新後、鉱山の事務係?などを務め、三菱というか、岩崎家の組というか、会社に入社したようです。高島炭鉱にも勤務していたようです。「朝ドラ」でもあったように、明治の始めの時代「石炭」は国策だったのですね(笑)。

↓ 歴史博物館が入っている日本郵船横浜支店の建物。
写真の右奥に写っているのは、一時期有名になりましたアノ「神奈川県警」の本部ビルです。

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↓ 日本郵船歴史博物館の建物 入口付近。

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印刷博物館 「ヴァチカン教皇庁図書館展 Ⅱ」 見学

 7月12日 印刷博物館、英文表記は「Printing Musium,Tokyo 」で開催の「ヴァチカン教皇庁図書館展 Ⅱ」 。
 最初は「Ⅱ」の意味が分からなかったのですが、 ヴァチカン教皇庁図書館展は二回目の開催とのことです。しかも一回目の開催は15年くらい前のこと・・・・。知りません・・・・・。当時の私のナニをしていたのかな?(笑)。

 「ルネサンス」に非常に惹かれるワタクシなので(笑)、訪問は必須でした。しかし、この日が最終日です。4月の下旬から開催されていたのにあまりに遅い訪問です・・・・。

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 屋外のモニュメント。

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Printing Musium,Tokyo 印刷博物館訪問記

 7月12日 飯田橋駅で電車を降りて、徒歩で印刷博物館にやってきました。英文表記は「Printing Musium,Tokyo 」。
 だんだんと太陽が西に傾いて来ました。日没時刻が一年で一番遅いこの時期、ジリジリと強い西日が照りつけます。汗だくとまではいきませんが、暑い、暑いです。飯田橋からは10分くらいは歩いたでしょう。意外と遠いです。
 と首都高の高架の向こう側にきれいなビルが見えてきました。トッパン印刷の本社ビルです。その下層部分が印刷博物館となっています。
 
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 博物館入口のモニュメント。オフィス棟と博物館とホール(劇場)もあります。ホールでは何かのイベントが終わったようで、観客が出てきていました。そういえば、音楽コンサートで『トッパンホール』で開催と告知されていることもあります。音楽愛好者にとってはおなじみのホールです。
 
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 飯田橋駅から歩くと、神田川を渡った『橋の向こう側』にトッパン印刷のビル、印刷博物館があります。神田川の水は緑色に澱んでいます。首都高を通るクルマのオトが響いてきます。コンクリート護岸の無機質な川沿いの光景・・・・。ビル、マンション建ち並んでいます。

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 この付近は、祖父の生家から徒歩で10分もかからない地域。祖父が少年時代を送ったのは大正時代、関東大震災の前後の時期です。恐らくこの神田川の付近は祖父の遊び場のひとつであったことは間違いありません。当時と現代では全くその風景が違うでしょう。ただし、コンクリート化された風景は年老いた晩年の祖父も知っていた訳で、祖父にとっては別世界、隔世の感じがしたでありましょう。

「カップヌードルミュージアム」  「マイカップヌードルファクトリー」体験と「チキンラーメンファクトリー」など館内の様子 

  2015年4月上旬のこと。
 日清食品 「カップヌードルミュージアム」。

「マイカップヌードルファクトリー」 の様子。すでにこの日の整理券の配布は終了してしましたが、まだ列が残っています。

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 「マイカップヌードル」が完成した後は、上のフロアに行きました。


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 間違いやすいですが(といっても私だけかも・・・)、「チキンラーメンファクトリー」は「マイカップヌードルファクトリー」の隣にあります。
 
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「チキンラーメンファクトリー」・・・事前予約制。予約は一杯になりやすい。
                    所要時間は90分程度。小学生以上。原則二人一組で参加。
                    1人で参加は不可。
                    など制約はあります。
  ↓ カ゜ラス張りの別室です。テレビモニターの画面で「チキンラーメンファクトリー」であることが分かります。

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 「チキンラーメンファクトリー」の様子。ガラスの外側からは何をしているのかは分かりにくい。
 カウンター内に係の人が入り、参加者は三角巾にエプロン。
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 大人の男も女も、子供も三角巾にエプロン姿。PTAの親子料理教室のような雰囲気です。外から見る限り。
 
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 上のフロアには展望台がありました。ベイブリッジが見えます。板張りの床の上、つまり建物の外のバルコニーに出ることができるようになっています。

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 ↓ カップヌードルパークです。子供向けの遊園地です。(別料金)
   すでに入場受付時刻を過ぎていましたのでこの日は入場しませんでした。
  麺のフードコートは営業していました。「ワールド麺ロード」。何か昔のテレビ番組の企画名のような感じが・・・・。私は昼のランチでお腹いっぱいだったので、ここに入場はしませんでした。昼食の時間帯はかなり混み合うのでしょう。

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 一階のエントランスまで戻りました。もう一度、カップヌードルの白いオブジェを見上げて、
「カップヌードルミュージアム」をあとにしました。

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「カップヌードルミュージアム」 「マイカップヌードル」完成 

  2015年4月上旬のこと。
 日清食品 「カップヌードルミュージアム」。
「マイカップヌードルファクトリー」 完成です。しかも、錦織圭オリジナルカップ。

 「マイカップヌードル」 フタをした後は、パッケージをします。熱をかけナイロンフィルムで包み込む方法。
市販されているものに近いカップヌードルの製品の出来上がりです。ここで係の人が注意点を「賞味期限の表示はありません。」

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 包み込んでいるところ。

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 熱をかけるマシーンに入ります。電子レンジにベルトコンベアが付いている感じ。コトンと取り出し口に出てきます。

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 まで完成ではありません。エアパッケージに入れます。「エアバッグ」といった方が近いですが、車のエアパッグがある関係でパッケージと呼んでいるのでしょう。「エアハンドカバン」という呼び名を提案します(笑)。
 登録商標などの関係があるので簡単にネーミングをするわけにはいかないのでしょう。

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 最初は方法が分からず戸惑いました。他の人が行っている様子を見よう見まねでトライします。「空気充てん機」で空気を入れ、ふくらまします。空気の充てんも慣れれば簡単といったところでしょうか。
 ビニール袋の端に空気を入れる孔があり、空気を入れます。ポンプというか水鉄砲のほうに押す感覚です。

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 自宅で後日撮影。 錦織圭のサイン入りオリジナルカップです。
 エアパッケージから取り出したところ。

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  エアパッケージの中に入っている様子。
  実は、袋の端にカップが寄ったまま空気を充てんしたため、袋の真ん中に保管されていません。失敗でした。
  エアパッケージを肩にかけて歩いている人を入館前にも見ましたが、始めは普通に袋に入れているのかと思いましたが、実は違います。袋に空気を入れることでクッションの役割をして包み込んでいるのですね。
 これも「逆転の発想」です。
  ↓ 写真に写っているハガキは「三菱みなとみらい技術館」の年間パス保持者のための案内ハガキです。
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 帰ってからしばらく保管していましたが、後日食べる前にフタを取って撮影しました。普通の「カップヌードル」のパッケージですが、スープの味は「チリトマト」です。印刷されている包装は「マイカップヌードルファクトリー」オリジナルパッケージです(笑)。
 具材はコーン、ネギ、エビと四角い肉の四種類です。限定トッピング品のベーコンは入れませんでした。
 
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マイカップヌードルファクトリー 麺入れと具材トツピンク゜

  2015年4月上旬のこと。
 日清食品 「カップヌードルミュージアム」です。
「マイカップヌードルファクトリー」 体験です。

 カップヌードルを入れる列に並びます。絵を描いている人よりも先に早くつくるぞつくるぞつくるぞつくるぞとせっかちになっています。(笑)
 ガラス室の中の人が麺を入れてくれます。常設展での説明にあったように、麺の上にカップをかぶせてひっくり返す入れ方です。ラインに乗ってフライドされて麺が流れてきます。カップの底まで麺が入らず。途中で止まる、いわばカップ内には麺の下に空洞があることがポイントです。

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 麺を入れるブースというかラインは私が見たところ四~六箇所あります。そのため、カップを購入するときほど混雑しません。円形のトッピングコーナーというかカウンターの左右に二~三か所ずつあります。

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 ↓ ハンドルはふたをする工程です。こちらは、スープ、トッビングの具材を入れた後の工程です。

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 麺は一種類です。スープの粉は四種類あります。麺そのものに味を付いているわけではなく、スープによって「味分け」しています。 おなじみ、ふつうのカップヌードルのスープ、シーフード、カレーとチリトマト。
 どれかひとつを選んで伝え、乾燥スープ粉をカップに入れてもらいます。私は一番レアな「チリトマト」です。あまり売っていることが無いと思います。それだけ販売数が少ないことなのですが・・・・。
  続いて具材コーナー。 玉子、キムチ、ねぎ、コーン、コロコロの四角肉、エビ、カニカマ、などなど全部で12種類。日替わりというか、期間限定メニューとしてベーコンがありました。このように細かいこだわりが消費者の心をくすぐります(笑)。ニッポン人は「限定メニュー」に弱いです。
 具材を四つ「指名」してカップに入れてもらいます。

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 フタをする前の段階。粉末スープ投入→具材投入→フタです。

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 具材を入れた「マイカップヌードル」 。フタをする前に自分の「マイカップ」を確認します。
と、気付いたのですが、カップにしっかりと自分の名前やオリジナル図柄を描いていないとどれが自分のカップが分からなくなってしまいます。先ほどの「ペインティングコーナー」でカップを色どりするのは「マイカップを区別する」という意味もあったのです。(もっと早く気付けよ・・・・・。)
 私は絵を描くのをかなり省略したので、ほとんど素のカップです。辛うじて自分のイニシアルを書いておいたので見分けることができました。イニシアルは「R.O」です(笑)。
 もっとも、スープ粉を入れる段階で「何名様ですか?」とカウンター内側の係員から確認されます。カップ間違い防止のため、確認を徹底しているのですね。私のような変わり者?、やっかい者?もいますので・・・・(苦笑)。

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カップヌードルミュージアム 「マイカップヌードルファクトリー」 体験(導入編)

  2015年4月上旬のこと。
 日清食品の 「カップヌードルミュージアム」。

 「マイカップヌードルファクトリー」 体験です。
 整理券の指定時間の少し前、上のフロアにエスカレータを登ります。このフロアも広いです。すでに行列しています。数百人はこのフロアの「マイカップヌードルファクトリー」にいるでしょう。整理券はチェックされるので、持っていない人が勝手に並ぶわけにはいきません。これだけ大人数をさばくことができるので、当日でも空いていれば「マイカップヌードルファクトリー」を体験できるのですね。
 本日の目玉はこれ。「特製カップ」です。

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 壁に沿って並びます。すでに座っている人は、前の時間の整理券を持った人達でしょう。列に並んでまずは、「カップ」を購入します。1個300円自動販売機で購入します。キャンセル料を取られるわけではないので、反対に、整理券を持っていても「やっぱりいいや」という人もいるかも知れません。
 自動販売機で通常のカップヌードルのカップと「特製カップ」をこの日は選択できました。私はもちろん「特製」を購入です(笑)。

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 座って作業をしているのは何かと最初は思いました。「カップに絵を描いている」のです。絵を描くために座るテーブルとイスを係員が案内しています。食べているわけではありませんでした。道理でニオイはしないし、チラかっいないし、ゴミがでていないわけです。「描くだけ」なので回転は速い。すぐに座ることができました。
 だから、カップにデザインをせず、すぐにでも「マイカップヌートドル」をつくりたい人はスルーして、具材を入れる列に並ぶことができます。

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 カップのデザインをします。私はあまりペインティングしませんでした。カップヌードルにトッピングを入れる方が先決だからです(笑)。 (カップに描く)絵に時間をとっても食べてしまえば一緒やねんと、麺と具材を入れてナンボのもんじゃいと子供達をせかしました(笑)。

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カップヌードルミュージアム 常設展示 見学

  2015年4月上旬のこと。
 日清食品 「カップヌードルミュージアム」です。

 入場口を入ります。エスカレータで、更に上のフロアに上ります。三階でエスカレートを降りると正面の部屋にドーンと過去の商品のパッケージが陳列されています。何かで見たことがあります。一番有名な展示かもしれません。
 過去に自分も食べたことがある商品の容器もあります。そういえば、今も売っているのか、今は無くなっているのか?という商品もあります。ラ王シリーズは一時期すごい量のCMが流れていたのですが、最近とんと食べたことがありません(笑)。昔濃厚なみそのラ王を食べたことがありますが、あれはいつのことだったのでしょうか?。ラ王といえば、濃厚なタレというか、スープにプラスする濃厚な調味料が売りだったのでしょう。
 似た商品で「スパ王」も日清食品でしたが、今も売っているのでしょうか。

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 ヤキソパのUFOは今でもあります。よくよく考えれば日清食品だったなと気づきました。何種類もありますが、通常販売しているのは一種類か二種類くらいでしょうか。基本は『ソースヤキソバ』です。次に『塩』でしょうか?。


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 大勢が順番に見て行っています。即席めんの歴史コーナーです。

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 ↓映像コーナーが終わった後に行くようになっている、チキンラーメンの開発小屋の復元。

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 最初に見るのが映像ルーム。即席めんの開発過程について学習します(笑)。
 重要なのはチキンラーメンとカップヌードルは違うということに改めて気づきました(笑)。
 開発はチキンラーメンが先でした。いわゆる「袋ラーメン」で容器に入れて、お湯をかけて食べる方式ですね。

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 カップヌードルの誕生秘話は、映像の中ででてくるのでご覧ください(笑)。アメリカに売り込みに行った際に現地の人が、(日本のようなどんぶりが無いので)カップに入れて、フォークで食べたことにヒントを得たそうです。
 

 開発小屋の内部。ガラスごしなので、(撮影すると)反射してしまいました。中は混雑しています。どうなっているか、見ることができませんでした。
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 開発小屋には、鶏小屋がありました。ラーメンに玉子を入れたからでしょう。食べる際にニワトリが生んだ卵を入れて食べたのでチキンラーメンと名がついたようです。(誤解かも。)
 しかし、鶏の羽が舞ったり、鶏が暴れたりケンカして土ほこりが舞ったりするので、開発小屋の外には、麺を干していたようですし、お世辞にも衛生的にはどうかと思いました・・・・・。戦後まもない時期昭和20年代から30年代はこんなものだったのでしょうか。
 
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 あとは、館内展示ボードをご覧ください。
 創業者百福氏が事業に失敗して無一文になったところから開発を始めたそうです。

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 ↓ 解説のパネル展示が続きます。
  「開発小屋」の模型先の展示は、ほとんどがパネルでの製品、商品の説明だったような。
  主に企業の販売促進が目的ですからね。ことにこの会社はテレビCMやスポーツ協賛など広告宣伝に力を入れています。多額の広告宣伝費をかけているということはマスコミ、特にテレビ業界にとっては最大規模のスポンサー「広告主様」です。年間の広告出稿ベースで○百億円は下らないでしょう。代理店としても日清食品様様ですね。

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 ↓ 展示品ですが、オブジェであり、何かの解説ではありません・・・・。
   宇宙船の中で麺を散らばすとこのようになるのでしょうか。

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  ↓ カップの下には空洞があります。麺にカップをかぶせる方法だそうです。
   「逆転の発想」だそうです。この「逆転の発想」はよく解説で出てきました。

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 ↓ この話はよく知られていますね。事件当時警察庁のキャリア官僚で指揮にかかわったのが、現在の亀井静香議員だったとか。

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 この展示を見て以前のCMで宇宙船と宇宙から見た地球がでていましたが、やっとこのCMの意味がありました。「カップヌードルは人類の英知を超えて宇宙に飛び出した。」というCMプランナーの演出かと思いましたが、「宇宙食にもなったカップヌードル」をイメージしてCMを作成したのだと気づきました。
 当時は「何でカップめんと宇宙と地球なのか??」と疑問に思っていましたが。ここに来て初めて疑問が解けました(笑)。

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↓ こちらは、常設展示コーナーの撮影スポット。
 「NEVER GIVE UP」の語も「逆転の発想」とともに映像や解説バネルでよく出てくる言葉でした。
 創業者、企業のモットーですね。
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日清 カップヌードルミュージアム 体験 in横浜みなとみらい

  2015年4月上旬のこと。

  
 この茶色い外壁がレンガ造りのような建物は何??。
 東京都美術館か!?。にしては、建物の形状がシンプルだ、ムムム違うな(笑)。
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 上野の東京都美術館に似ていると思いきや、少し離れたアングルから撮影すると全然似ていません(笑)。
 正面の先は、海。上野公園とは全然違います。道が途切れている・・・・。そして右側の建物は
 日清食品 「カップヌードルミュージアム」です。(笑)

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 中に入ります。入場券売り場の様子。エントランスは広いです。上は吹き抜けのようになっていて、天井が高いです。入場料は大人のみかかります。500円。高校生以下は無料です。つまり、高校生がタダで遊べる施設です。ただし、カップヌードルつくりなどアトラクションは別料金がかかりますが。
 企業の宣伝施設なので、入場料は子供からは取らないのでしょう。商品を買ってもらうため、PRのためのミュージアムですからね。
 実際、高校生カップルが何組もいました。(私服だけど高校生と分かりますよ。)まだ新学期が始まったばかりで授業や部活も本格的にスタートしていないから時間があるのでしょうか。もしかしたら、中学生もいたかも。お金をかけずデートできます(笑)。しかし、自分の子供がカップルで来ていたら、アイテをブン殴りますけどね(笑)。

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 開館時間は夕方6時まで。事前にマイカップヌードルファクトリーの申し込みはしていないので、入場券売り場で開いている時間帯を確認して予約券をもらいます。5時が空いていまた。
 ややこしいですが、
 マイカップヌードルファクトリー・・・当日申し込みできる。満員の場合もあり。所要は30分くらい。
                     事前予約は可能?。
 チキンラーメンファクトリー・・・・・事前申し込み。時間は1時間半くらい。定員がマイカップヌードルファクトリー
                     に比べると少ないので休日などは満員のことが多い。
 と区別できるでしょうか。

 ↓ 入口への長い、というか広い階段。本当に天井が高いです。
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 写真では写っていませんが、団体でも大勢来ています。エントランス付近は添乗員さんが待機していたりします。
 階段下には、カップヌードルの大きなぬいぐるみがあり、盛んに写真撮影しています。
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 階段途中から。入口玄関の上にも白いカップヌードルのモニュメントがあります。
 まさに「カップヌードルのための」施設です。 " For The Cup Nudl "でしょうか。(スペル間違いあり!?)

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三菱みなとみらい技術館 海洋ゾーンリニューアル 深海探検ミッション

  2015年4月上旬のこと。

 三菱みなとみらい技術館の展示を見学します。
 改装された海洋ゾーンの新しい体験コーナーです。しんかい6500の真ん前にあります。
 「スーパー深海」、正式には「SUPER SHINKAI」。

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 一人一回4-5分かかるので、前に三人並んでいると15分くらい待ちます。行列が少なくても長い時間待つことがあるかも知れません。
 深海調査船を操縦し、深海でのミッションを達成する体験ができます。
 ミッションは三種類あり、未知の鉱石採取。その他二つがあります。
 海上から潜航していく場面からスタートです。
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 ↓ 何も映っていないように見えますが、海面から潜航している様子。太陽の光が上の見えます。200メートルも潜ると日の光は届かなくなり、深海の世界に入っていくことにあります。太陽光線はわずか200しか届かないのです。

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 さあ、数時間の選考の末、深海の海底に到着。(体験では1分もかからないうちに、途中省略で深海に到達できます。)
 ミッションの種類を選びます。ここでは、「未知の鉱石採取」を選びました。

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 制限時間は二分。マニピュレータを操作して船外に取り付けされたカゴの中に鉱石を採取して入れます。コツとしては、ゲームセンターの「キャンディーすくい」の要領でしょうか?。(笑)
 採取しながら、何か所か進んでいきます。一か所で採取できればミッションクリアーではありません。


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 ↓ 鉱石をまさに採取しようとするところです。どうしても上手くなりたいという人は、練習はゲーセンでしてください(笑)。
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 無事ミッション「コンプリート」しました。このあと、海上に上がっていきます。本当は上がるのにも数時間かかりますが、これは体験シュミレータ、すぐに海の上に出ます。ボワッと浮上し、ホッとしました。体験
コーナーですが。太陽の光がまぶしいとは、まさにこのことですね。
 終わったところで、次の人に交代します。マシンは一台しかないため、混雑するときはかなり待つかもしれません。この日は前に二人待ったくらいでしたが、「待つ」というのは、結構長く感じます。

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 体験コーナーのとなり。
 しんかい6500の模型、操舵室の中が見えるようになっています。

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船体模型の後部には、スクリーン画面で説明がありました。


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 遠足のような中学生が来ていました。修学旅行?地名からすると青森県の学校のようです。


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三菱みなとみらい技術館 展示室リューアル 見学記つづき(航空 船舶分野展示品など)

  2015年4月上旬のこと。

 みなとみらい地区にある三菱みなとみらい技術館の展示室を見学します。年間を持っていまたが、半年くらい来ていませんでした。
  
↓ MRJのシュミレータ。 「航空エリア」は変わっていませんでした。

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 初飛行は大丈夫でしょうか。
 実は、この訪問の数日前に「初飛行の遅れ」が報道されていました。「四回目の遅れ。大丈夫か国産飛行機?」のような見出しが出ていました。「初飛行」は遅れるが、「納期」には変更が無いそうです。報道によると納期の遅れの場合には、違約金がユーザーに支払われるそうです。すでに400機以上受注していますが、納期に遅れが無いとはかなり強気です。日程的にはかなり無理をしているな、信用を落とさないために現時点ではこういうしかないのかなと、全くの素人、部外者ながら報道だけでそう感じてしまいます。
 昨年、国内大手航空会社が発注していたと報道があったような。(つまりJALですね。)飛行機社側は会見で触れていませんでしたが、航空会社長はニュアンス的に「いいお値段だった」とも発言。つまり、相当な値引きが示唆されました。値引いても受注優先でとにかく実績(といっても受注のみの・・・・)をつくって開発は後手に回りながらも同時に進めて・・・・・とういうよな印象が否めません。新規参入のため実用実績が無いので「飛びながら飛行機を造る」感じです。初飛行の遅れは、開発、製造過程での無理がたまり推進機、システム、計器、電気系統など様々なトラブル多発の確率上昇に直結します。
 最近この会社グループ、ロケット打ち上げ関連は成功していますが、今後飛行機で足をとられそうな予感が。納期の遅れが現実になると787以上に深刻な事態になりそうです。

 この日、操縦シュミレータは比較的すいていました。普段は40分1時間はザラに待ちますが・・・・。空いているのは「初飛行」の遅れ発表とは全然関係ありません(笑)。
 上の写真でも待っている人が写っていません。
 子供に聞くと操縦は「いい」というので、別のコーナーに移動しました。私がシュミレータ体験をしてもよかったのですが、いい歳したオッサンが小学生くらいの子供達と並んで(一人で)操縦体験するのも何なのでヤメておきました(笑)。

 二階に登ります。子供が自由に見ている間、私は図書コーナーや模型コーナーにいることにします。(こちらは今回改装されていません。)

 以前の訪問時に撮影をした写真も含まれます。三菱造船所が建造した船舶の模型です。
 ↓ 南米航路に就航したあるぜんちな丸。 
  移民を運んだと説明にあります。
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 ↓ サンフランシスコへの北米航路に就航した浅間丸。

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 ↓ サンフランシスコへの北米航路に就航した天洋丸。
  時代は上の浅間丸よりも前の時代で船体模型もやや小ぶりです。

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↓ サンフランシスコへの北米航路に就航した鎌倉丸。
 上の浅間丸とほぼ同時代、同型の船舶のようです。浅間丸よりもやや排水量が大きいが、速力は1ノットばかり遅いようです。
 1万7千トンという排水量は現在の大型クルーズ客船と比べるとかなり小さいですが、当時としては最新鋭の舡だったのでしょう。
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 欧州航路に就航した船の模型展示は私の見る限りありません。
 撮影したものは、主に戦前の外国航路の船舶でしたが、戦艦や戦後のタンカーなど明治時代から昭和時代、戦後までの模型があります。隣には航空機模型の展示ガラスケースもあります。
航空機の模型の展示コーナーの方が人気で、写真を撮影すると見学者が思いっきり写ってしまうためヤメておきました。

 あの豪華客船の模型は別のもっと目立つ場所にありますね。


三菱みなとみらい技術館 海洋ゾーンリニューアル と久々の見学

  2015年4月上旬のことに時間を巻き戻しします。

 横浜にやってきました。みなとみらい地区にある三菱みなとみらい技術館の展示を見学します。年間パスを持っていましたが、半年くらい来ていませんでした。
 年間パス会員あてに実は二月にリニューアルの通知が来ていたのですが、そのときは行けませんでした。日にち指定で、オープン前に事前に見学できるかイベントがあるというようなお知らせでした。
 昨年は二階の展示が改装されて「スペースラボ」などとなり、体験施設が別料金ながら増えました。今回は一階部分の改装です。かなり、重工グループは投資していますね。
 今回は「海洋ゾーン」が改装されました。展示中心でしたが、「映像」も強化されました。

「しんかい6500」の船体模型。海洋ゾーン最大の展示です。

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 この深海調査船は、日本科学未来館にも展示があったと思います。重複していますが、船体などは三菱が建造したのでしょうね。
 新たに、映像スクリーンがしんかい6500の船体の近くに設置されました。
お絵かきした図柄が表示されるようになっています。
 先ごろ開催された日本科学未来館の「踊るアート展」の図柄と酷似しています。しかし、科学未来館は期間限定の企画展示です。絵を描いた後、スキャナーで読み込みして画面に表示されて動く形式でした。こちらは、コンピュータ画面で操作して、あらかじめ定められたパーツを組み立て、色を付けて表示する方法です。
 二階の「カスタムラボ」に似ています(笑)。
 正式の名前は「シーメカニマルをつくろう」です。アニマルおさかなをつくろうというコンセプトですね。
 
  ↓ 作成画面です。例えば「アンコウ」を作成しようとすると、尾びれ背びれなどのパーツを選び、
   色も選んで彩色します。

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 OKと完成ボタンを押し、画面に投影されます。ほかにもいろいろな生物??なとが動いています。

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 子供が作った『おさかな』を探しますが、見つかりません。クラゲのような生物が上下に動いています。おかけでピンボケしました(笑)。

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 画面中央の下に見つかりました。オリジナルおさかなくんです。
  ↓ 緑色の「あんこう」もどきの魚をつくりました(笑)。
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 それでは、パーチャルな世界での遊泳をお楽しみください(笑)。
 
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 この日、作成する子供達が少なかったせいか、長い時間、子供が作った『緑色のおさかな』=あんこうもどき が泳いでいました。
 科学未来館のときは、大混雑ですぐに(スクリーンから)いなくなってしまいましたが。
 
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 タッチパネルの画面。


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貨幣博物館 (日本銀行附属施設) 見学

 いわゆる企業博物館のひとつです。ニチギンの豊富な資金を元手に運営しているので入場は無料。正確には、日本銀行金融経済研究所の施設です。
 ↓写真奥は日本橋川とそこにかかる橋。左手(手前)は貨幣博物館(勝手に「かはく」と略称します。「科博」でせはありません。)。右手が本館。
  11月に入ったとはいえ、全然紅葉していません。
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 入口での警備は厳しいです。本館の公開にあわせてか、買い物のついでなのか分かりませんが、見学者は多いです。
 長期の企画展で「お金の材料とつくりかた」がありました。
 「お金」は「金」そのものです。金山についての解説や昔の大判小判など貨幣の実物の展示があります。モチロン砂金の展示もあります。
 これらを見て「今までボクの「砂金すくい」は間違っていなかった。」と確信しました。展示を見る限り「貨幣」というよりは、今まで見てきた鉱山や金貨、銀貨の博物館のようです。
 内部の展示室は、警備員が巡回して目を光らせています。廊下も巡回しています。大判小判がザックザク(たくさん展示されているという意味)だからです。他にも古銭や古いお札など換金性の高いものがズラリと展示されていますからね。
 で、くどいようですが結局は人類「金」が頼り。昔も現代も。展示には日本の金輸出解禁や金本位制から、現代の管理通貨制度まで近代通貨史の解説が詳細にあります。
 「ゴールド イズ マネー。マネー イズ ゴ゛ールド!!。」と今まで私が主張してイタ通りですよ・・・・。永遠に朽ち果てることのない金・・・・。化学変化することなく、朽ちることも、錆びることのない金属・・・・。だから尊いのです。だから価値があるのです。だからいくら文明が進歩しても、古代文明でも現代文明でも金(ゴールド)は金(ゴールド)なのです。あと何年後か何万年後か何億年後か分かりませんが、人類が滅亡するまで不変ですよ。今さらここに書くまでもありませんが。ユー ノウ?(ドヤ顔。自分で書いていて意味わからなくなってきた・・・。)
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 ↓外観の写真。立派なビルです。おそらくこのビルの中には、ニチギンの別の部署(つまり金融経済研究所など)も入っているはずです。
 この先は、日本橋三越です。この脇道には、高級車がズラリ路駐しています。その中に一台、高級車ツンベ(仮称)が動かなくなったのか、ディーラーらしき整備員が必死で車体を見ています。傍らには、運転者兼持ち主であろう年配の男がキレ気味で立っていました。
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 日本橋の大通りまできました。正面ビルの1階は、「三重テラス」です。
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