良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

名古屋とその周辺

 

千寿「天むす」 購入 近鉄名古屋駅 2018年6月 

 千寿「天むす」 購入 名古屋駅  2018年6月 

 名古屋駅。(地元では、「なごやえき」ではなく「めいえき」と呼ぶ。)「名古屋うまいもん通り」の一角にある「まるは食堂」食事をした。その後、天むすを買いに。売店を探す。
 「地雷也」の天むすは、食べたことがあった。今度は千寿も食べてみることにする。(ずっと以前、千寿も食べたことはあったと思うが、覚えていない・・・・。)
 
↓ 千寿の天むす
  食べてみると塩味がきいいる。塩水を米にふりかけて味付けしているように感じた。エビは小さいかな。
 (エビも画像に入るように撮影
  


IMG_2496

 駅の改札付近は人が大変多いが、ビル内の通りを進むと人どおりは少なくなる。
 ピークタイムを過ぎているため店の入口では、待っている人はいない。待合のイスには誰も座っていない。すぐにカウンターの席に案内された。

 ↓ 「元祖 めいぶつ天むす」は登録商標されていた。

 近鉄名古屋駅の付近にある。「天むす」の売店を探しに向かった。

IMG_2495

 「天むす」の売店を探す。
 近鉄名古屋駅の改札付近にあった。ここに来るのは、子供のとき以来だ。子供の頃、近鉄特急で伊勢志摩に行ったことがある。そのとき以来だ。「あれ、こんな改札だったかな?。」と全く駅の様子は覚えていない。
 あのときに名古屋のタクシーの運転者から聞いた名言「名物に、うまいもの無し。」は今でも忘れない。(このブログでも何回か書いたと思う。どこで書いてのか、覚えていないが・・・・。)

 近鉄名古屋駅は地下であった。地図を見れば地下にあることは、わかるが、意外にもJRの駅(めいえき)から近鉄までは通路が狭くて分かりにくかった・・・・。

 「千寿」の本店は三重県の津、というので、以前、津市を訪れた際に探しに行ったことがある。しかし、同行の家族から「早く伊勢神宮のおかげ横丁に行きたい。」と文句を言われたので、早々に津から退去したことがあった。結局、津市内の本店は見付けることが出来ずじまいだった・・・・。 

↓ 「千寿」売店の様子。ほとんど単品経営店舗。5個入りで720円のセットのみの販売のようだった。


IMG_2488


 現在、名古屋で有名なのは 「地雷也」と「千寿」だろうか。販売網では 「地雷也」である。販売箇所でいうと、 「地雷也」はあちこちで買うことができるが、「千寿」の売店は少ない。
 個人的には、「千寿」のほうが、塩味がきいていて、自然のおにぎりの味がして(塩味は濃いが。私は加齢のためか、味付けの薄いものを好むようになったので。)よいように感じた。「地雷也」よりも おにぎりのお米がやわらかい。あまり、固めていない食感。
 人によっては「地雷也の方がおいしいよ。」と言う人もいる。事実、今回「千寿」を買っていっても、そう言われた。「地雷也」のおにぎりの方が、固くてエビも含めて、プリッとしていて食べやすいかもしれない。
 販売力では「地雷也」、希少性では「千寿」といったところか。どちらが、おいしいかは個人の嗜好の問題が大きいので、永遠に解決しないかな。




まるは食堂「えびフライ」 食事 名古屋駅 2018年6月 

 まるは食堂「えびフライ」 食事 名古屋駅  2018年6月 

 岐阜県立美術館を見学、その後電車に再び乗って、名古屋市内に移動した。名古屋駅で降りる。
 (地元では、「なごやえき」ではなく「めいえき」と呼ぶようだ。)

 ランチの時間帯はとっくに過ぎていた。昼食の場所を探す。名古屋駅にたくさんお店はあるので。
既に14時頃である。

 名古屋名物といわれる「えびふりゃー」にチャレンジすることにした。「まるは食堂」が有名である。知多半島の先端、美浜町が本店であると記憶する。名古屋市内や中部空港にもお店があることを思いだした。一度、行こうかと思ったことがあったが、まだ行ったことが無かったので丁度良い機会だった。確か、名古屋駅にもあったなと思いスマホで検索する。 
 名古屋駅の改札から少し外れた駅ビルの1階の通路に「まるは食堂」のお店はあった。 

 ↓ 店の看板と通路の様子。
 

IMG_2491

 「名古屋うまいもん通り」の一角にあった。

IMG_2493

 駅の改札付近は人が大変多いが、ビル内の通りを進むと人どおりは少なくなる。
 ピークタイムを過ぎているため店の入口では、待っている人はいない。待合のイスには誰も座っていない。すぐにカウンターの席に案内された。

IMG_2492


 ↓ 1,460円(税込)の定食。エビフライが2本ある。

  漬物はたくあん。同じく名古屋名物の「味噌煮込みうどん」と異なり、白菜ときゅうりの漬物は無い。私は「漬物男」なので(笑)こだわるなあ・・・・。しかし、酢の物が付きます。油ものなので確かに漬物よりも、酢の物の方が付け合せとしては、いいですね。エビフライ2本は、どんどん食べてしまった・・・・・・。
 味噌汁が付いている。通常の関東の味噌汁のような味で、濃い赤みそでは無い。
 まるは特製のタルタルソースがついている。プラ容器をプチっと押して、タルタルを出すようになっている。

IMG_2489


↓ 店のカウンターの様子。めいえきのお店は「JR店」というそうだ。
  あとエビフライの「断面」も撮影。大きいエビなので、フライの衣は密着していない。よって、かぶりつくと、衣は離れてしまう。エビそのものを噛みしめます。

IMG_2490


 「数量限定 JR店のみ」の超特大 有頭エビフライもあったが、さすがに(加齢のため)、カラダが受け付けないのでヤメておいた。
 次いで、近鉄名古屋駅の付近にある。「天むす」の売店を探して向かった。






JR名古屋駅 乗降と駅ビル内の様子 2018年6月 

 JR名古屋駅 乗降と駅ビル内の様子 2018年6月 

 岐阜県立美術館を見学、その後電車に再び乗って、名古屋市内に移動した。名古屋駅で降りて改札の外に出た。 (地元では「なごやえき」ではなく「めいえき」と呼ぶようだ。)

 ランチの時間帯は過ぎている。昼食の場所を探す。14時前の時間帯である。
 ↓ 駅ビルに「高島屋」が入居している。オープンしてまだ1年か1年半くらいらしい。
 

BlogPaint

 一番の課題は「名古屋ではエスカレータは左なのか、右乗りなのか?。」を解決することである(苦笑)。
 以前、とあるラジオ番組を聞いていて偶然「名古屋は東京の大阪の中間なので、左右のどちらでもない・・・・・。」ということ(番組が募集したリスナーの投稿)を耳にしたことがある。しかし、今自分で見る限り、東京と同じく、「名古屋は左寄り」である。つまり「エスカレータの進行方向左側に寄って乗り、右側を、歩行する人達のためにあけておくこと。」である。
 名古屋では特に左右のごちゃごちゃ乗りでもないようだ。結論は「主に左側寄り、右空け。」。
 先月の京都駅付近でも、同様だったな。(つまり「左側寄り」)


 初夏、梅雨入りの季節となった。
 駅の改札付近は人が大変多い。多くの人が行き来している。若い人も多い。警察官も警備中で、多数巡回している。 

 ↓ エスカレータの様子。

IMG_2485


  名古屋駅から、東海道線の快速で西岐阜駅に向かった。
再び名古屋駅に戻り、降車して改札を出て食事に。

IMG_2464


↓ 「めいえき」の駅ビル内、「名古屋うまいもん通り」にある「まるは食堂」に行った。
  


IMG_2493



愛知芸術文化センター展望室 展望と「長沢芦雪展」 鑑賞4(最終)

 2017年10月8日 愛知県美術館「長沢芦雪展」 鑑賞4(最終)と
             愛知芸術文化センター展望室展望台 眺望 夕景

 名古屋・栄にある愛知芸術文化センター内10階の高層フロアにある愛知県美術館の「長沢芦雪展」を鑑賞した。
 鑑賞していると17時30分、閉館の30分前になった。「閉館の30分前です。6時に閉館します。・・・時間までごゆっくりお楽しみください・・・。」と館内アナウンスが静寂な展示室内に流れた。16時20分頃に来たから、1時間あまり鑑賞していた。展示リストによると、展示数は80数点くらいだったので、あまり多くないかな、時間はかからないかなと思っていたが、今回の芦雪展は「展示替え」がほとんど無い。よって、展示リストほとんどすべてを鑑賞するので、存外時間がかかった。
 この日は、別の場所に宿泊するので、移動時間を考慮に入れて、結構駈け足で見たつもりだったが、見応えがあり、かなり時間がかかった。最後の展示室は、本当に急ぎ足で見ることになってしまった。

 芦雪の作品としては、展示の最後に「物凄い小さい絵」の展示があった。パネルに引っかけて展示してあるような・・・展示手法。「方寸五百羅漢図」。
 本当にこれは芦雪の作品なのかな?、と思った。音声ガイドの最後に解説があった。「遊びごころ」の絵らしい。
 五百羅漢とたくさんの人が・・・。「1寸」の大きさで、タテヨコそれぞれ3センチ余り・・・・。カラフルで、細密に人物が描かれている。「五百羅漢図」なので本当に500人もの人が描かれているそう。私が見るところ500人いるとはとても見えないが・・・。
 この作品2010年に再発見され、直近のMIHOミュージアムでの芦雪展でも展示された作品とのこと。

 ↓ 長沢芦雪展チラシの拡大。

DSC01848

 芦雪は、この作品を描いた翌年、46歳で急死したそうだ。いわば絶筆になった作品。
 芦雪の個人の生活としては、直前に子供も失っているそうだ。当時は、飢饉の時代・・・・、命をつなぐことが困難な時代であった。現代とはくらべものにはならない、生きることに厳しい時代、生活環境であった。
 乳児が育つことの難しい時代、子を失うことが多い時代だったとはいえ、子を失う親の悲嘆、悲劇は今も昔も変わっていない。
 
 鑑賞は17時40分くらいまでかかった。特別展の愛知県美術館所蔵品の展示室も隣にあった。特別券とは別の半券が入場券についているので、入室時には必要になるらしい。しかし、ツレを待たせているので、退出することにした。
 展示室を出ると、撮影可能な黒いパネルが置いてあった。(写真は既出。)老年の男女二人連れが楽しそうにお互いをパネルで撮影をしている。
 と、入館時には気付かなかったが、10階のフロアは美術館のエリアの外に広いロビーがあり、大きな長いソファも置いてある。ツレとは「1階」で待ち合わせをしている。「なんだ10階で(待ち合わせ)もよかったな・・・。」と思ったから、ロビーの周囲はガラス張りになっていて、外の景色、名古屋のビル群が見えることに気付いた。

 ↓ 展望台のようになっているので、10階からワンフロア上に階段を駆け上る。
  展望台は11階にある。
 

DSC01576


 展望台のガラス窓に近づいてみると、先程通ったテレビ塔や公園通りではなくて「久屋大通り」や名古屋駅近くの高層ビルが見える。日没直後の夕景である。10月に入り、日没時刻も随分と早くなった。神奈川と名古屋で比較すると日没時刻は15分-20分くらい違うのかな?。
 名古屋名物「テレビ塔」と写真の左奥は名古屋駅近くの高層ビル。新幹線の窓から見上げると駅近くのあのビルが物凄く高く感じるが、遠くの高いところから(つまりココ、展望台)見ると、あまり高く感じないのは何故でしょう!?。

DSC01578

 栄の繁華街と「錦通り」。久屋大通りとの交差点付近が「栄」の中心地かな。名古屋の通りも随分と覚えた。
車で行くと名古屋駅にでるには「桜通り」をまっすぐ行く必要があり、「錦通り」では無い。しかし、名古屋の地下鉄で一番メジャーに路線の東山からの地下鉄(東山線)は「錦通り」の下を通っている。ちよっとややこしい。
 朝は、車で写真でいうと手前から右奥へ走行した。

DSC01579

 拡大。濃尾平野を囲む、遠くの山地を撮影したつもりだったが、写っていない・・・。
 某デパートのネオンが拡大されるような感じになってしまった(笑)。

DSC01580

 入館するときに傍らを通った、楕円形の場所。地下街の入口か公園に隣接したイベントスペースか。
 ↓ 楕円形のモニュメント。半地下構造でお店などテナントが入居しているように見えた。
  公園に浮いている船のようだ。公園自体、まだ造成されて間もないようだし、栄の再開発のモニュメントと講演なのかな、と思った。

DSC01581

 ↓ 10階なのに庭園がある。
  10階の部分が中庭になっていて、庭に面しておしゃれな感じのレストランがあった。

DSC01575

  ↓ 11階の展望台から見た、10階。
 入館するときに乗って来たエレベータがある。吹き抜けなって、オブジェがある。
 写真左奥のカウンターが愛知県美術館のチケット売り場。

DSC01577

 おおー、10階から見た吹き抜け。7階から上が吹き抜けになっているのかな?。

DSC01573

 「1階」で待ち合わせをしているので、急いでエレベータに乗った。これがクセものだった・・・・。
 しかし入館時に私がNHKのビルを横目に見ながら、ゆるやかな公園の丘を登って入った入口は実際には「2階」なのであったでござーる・・・・・。「1階」ではなかったのであーる・・・・。
 私は「1階」でエレベータを降りた。果たして「1階」にツレはいた・・・・。が先程入館してエレベータに乗ったフロアではないのだ。半地下のような構造で、出入りする人がほとんどいない、外には車寄席があるフロアだ。「あれ、おかしいな。」と感じた。

 待ち合わせしていたツレは、私の顔を見るなり言った。「ちげーだろ!!、どうせ勘違いしていると思ったよ!!。さっき入ったのは2階なんだよ!!。自分で1階と言っただろー!!、(あたしは)ちゃんと来たけどよー。1階はここで、さっきのは2階なんだよ!!。ちゃんとわかって言ってたのかよ!!??、ああー!?。オメーはよ!!!。」と罵声を浴びせられたのであった。

 ↓ 入館前に撮影。 楕円形の屋根の下。半地下のスペースがありイベントをしていた。
   芸術文化センターに向かって緩やかな斜面になっていて公園からだと「2階」から入館するのだ。
   分かりにくい。何なの?、ナゴヤの施設・・・・・・・納得いかない・・・・。何でやねん!?(と関西弁)。

DSC01568

 ここの地下に栄のバスターミナルがあるそうだ。地下鉄の栄駅ともつながっているそう。愛知芸術文化センターにも地下通路から入れるそうだ。美術館に興味が無いツレは、この周辺をプラプラして地下にテナントで入っていた喫茶店で休んでいたそうだ
 
↓ 入館前に撮影。名古屋名物「テレビ塔」と秋晴れの空。
  地下へ降りる階段は、バスターミナルと地下鉄駅への入口なのですね。

DSC01567

  さて、近くのコインPに移動し、出庫する。名古屋を去り、本日の宿泊地に移動することにした。「錦通り」を通行、南に曲がり、名古屋高速のランプへ。そのまま、東名阪、新名神と夕日を追うように西下した。
 反対車線、名古屋方面の上り線は渋滞であった。


「長沢芦雪展」 鑑賞3 愛知県美術館

 2017年10月8日 名古屋市 愛知県美術館 「長沢芦雪展」 鑑賞3

 愛知県美術館で開催中の「長沢芦雪展」を鑑賞した。

 第2章「大海を得た魚 : 南紀で腕を揮う。」
 解説によると天明6年(西暦1786年)10月頃、当時33歳の芦雪は師匠の応挙の作品を携えて、紀伊の国の南部に滞在した。約4か月間滞在し、臨済宗の無量寺、真言宗の高山寺な度に作品を描いた。
 南紀の旅行は、応挙が注文を受けた作品の納品のためだったそう。応挙も信頼できる弟子の芦雪に任せたそうだ。納品で訪れ、弟子が現地で作品を制作したということか。
 天明といえば、「天明の飢饉」が想い浮かぶ。食糧難の危機の時代に南紀から注文があったということは、生活に余裕がある豊かな地域ではなかったのではないか?。気候が温暖で果実などが実り、海産物が獲れたので南紀は豊かな地域だったのではないかな。
 京のみやこにも、飢饉の様子は伝わって来た筈。現在のように、車や特急列車で簡単に南紀に行くことが出来る現代とは全く違う。お店に行けば簡単に食材が手に入る現在とは隔世であったろう。
 重要な注文だからこそ、応挙は信頼できる弟子を南紀に派遣したのではないか。その結果、貴重な文化財が現代に伝わった。
 
 ↓ パンフレットの拡大。 
 無量寺の本堂、仏壇の間「室中の間」の向かって右の「龍図襖」、「虎」と対になっている。

DSC01851

  本堂の仏壇は簡素だ。禅宗の仏壇はシンプルで本尊も小さい。臨済宗なので禅宗の本堂の様子をよくあらわしているのではないか?。
 重要文化財指定の「虎」と「龍」の襖絵がこの展覧会の展示のメインだ。しかし、この襖絵の裏側の部屋の襖絵の説明を聞くと興味深い。無量寺の襖絵として重要文化財に一括して指定されている。ちゃんと、裏面の虎と龍、それぞれ意味のある絵を描いている。室中の間の隣には、「薔薇に鶏・猫図襖」が描かれている。水面の中の魚を狙う、猫の絵。薔薇の花を描いているのも斬新的。「魚」は芦雪が落款のハンコにも使用しているし。
 説明によると「虎の襖絵」の裏面に「猫」の絵が描いてあるそうだ。表と裏を行ったり来たりしたが、確かに表裏になっている。ともにネコ科の動物を描いている。昔の人はちゃんとわかっていたのだ。芦雪をはじめ当時の人が実際に虎を見たことがあるのかは、私は知らない。
 

 第3章にも展示は続く。そして、第4章と展示が続いている。展示作品数は結構多いので鑑賞に時間がかかる。
 犬の絵も多い。犬の絵はユーモアに富んだ描写だ。若沖に似ている犬の描き方だ。
 若沖展では「百犬図」は見なかったが、若沖の百犬図に描かれている犬ととてもよく似ていると思う。
 それとも、犬の描写は芦雪自身の師匠の応挙の作風と似ているのかな。若沖と応挙は当時交流があったのかは、忘れた・・・。

 ↓ パンフレットの拡大

DSC01854




 第5章の展示室。
  ↓ 大きな牛と象の屏風絵があった。 (パンフレットの拡大) 
   黒い牛は実にリアルに表現している。

DSC01849

 若沖のコレクションで知られるジョー・アンド・エツコ プライスコレクションの所蔵。
 白い象は恐らく想像で描いたのだろう。若沖の作風と似ていると感じた。サントリー美術館で見た若沖の「象の屏風絵」に酷似している、とかんじるのは私だけかな。


DSC01850


↑ パンフレットの下に写真の掲載があるが
 
 重要文化財指定「群猿図屏風」は、無量寺の重要文化財指定の襖絵と同じく「第2章」に展示があった。
山のピークの上にのっかった白い猿の表情が印象的。深山幽谷にたたずむ猿を表現しているのかな?。
左の屏風には、白い猿を振り返る数匹の猿の姿が描かれていた。

 第4章には重要美術品指定として「蓬莱山図」の展示があった。南紀に伝わる蓬莱山伝説に基づいて描いたのだろう。西暦でいうと1794年の作品なので南紀滞在よりも年数がたったとくのもの。彩色されていて、カラフルな松を描いて伝説上の蓬莱山を表現していた。





「長沢芦雪展」 鑑賞2 愛知県美術館

 2017年10月8日 名古屋市 愛知県美術館 「長沢芦雪展」 鑑賞2

 名古屋の繁華街、栄にある愛知芸術文化センター10階のフロアにある愛知県美術館。


 会場内に入ると結構見学者がいる。最初は大きな長方形の展示部屋で、室内には40-50人くらいはいるのではないか。学生くらいの若い人も多い。
 
 展示は、長沢芦雪の紹介から。展覧会では「長」と「芦」は現代字体で表記している。よって、この記事では展覧会の「公式表示」にならって現代漢字で表記する。本当は「澤」と「蘆」かな?。
 実は私も芦雪は「江戸時代中期~後期にかけて人物」という以外はあまり知らなかった。若沖と同じ時代を生きた人であった。若沖よりも30歳以上も年下なのに、若沖よりも1年ではあるが早く、40歳台で死亡している。いかに若沖が長生きしたかが分かる。
 2年前にサントリー美術館で「与謝蕪村と若沖は同じ年である」というテーマで展覧会があった。この展覧会でも当時の人間関係に注目していた。
 芦雪は応挙の弟子であったことを知った。だから、南紀に「応挙・芦雪記念館」が現在あるのだと(やっと)知ったのだった。

 ↓ 展示リストに居住地の解説地図があった。
   展示室内の解説と同じだったと記憶する。

DSC01853

 「蕪村と若沖展」では「(蕪村と若沖の)二人を直接むすぴつける資料は残されていない。」と解説されていた。二人は知人ではあったと推測されるが、実際に交流があったことを示す資料は無いのだった。今展覧会の展示リストでは「蕪村と応挙は仲良しでした・・・。」と解説あるし・・・・。蕪村と若沖の関係は不明だが、「蕪村と応挙」は交流があった。「応挙の弟子が芦雪」である。ん~、複雑に交友関係が絡み合うので、「人物相関図」が必要だなぁ(笑)。

 第1章 氷中の魚 応挙門下に龍の片りんを現す
 最初の展示として「芦雪の肖像画」の展示があった。彩色画である。作者は「芦鳳」で弟子で芦雪の養子となった人の子と音声ガイドで説明がある。芦鳳は、生前の芦雪と会ったことはないそうだ。父から、その養父の風貌を聞きながら描いたのだろう。

 ↓ 「長沢芦雪展」ウェブサイトの画面の白黒印刷。 「関羽図」などの掲載がある。
  「関羽図」の展示があり、近くの展示としては、鶴を数羽(鶴は「羽」と数えるのか知らないが)描いた「群鶴図」やヘビを描いた「蛇図」、竹にカエルを描いた「若竹に蛙図」があった。いずれも墨で表現した作品だった(と記憶する)が、関羽図は薄い彩色があった。「降雪狗児図」も着色があるかわいい犬の絵だった。「関羽図」と逸翁美術館蔵の「降雪狗児図」は、初公開の作品という。直前に展示が決まったのか?、音声ガイドには解説が無い。初期の作品だそうだ。


DSC01856


 順番に作品を見ていく。
 師の応挙の作品との比較展示があった。「牡丹孔雀図」、絹本着色の鮮やかな牡丹の花と孔雀の画。応挙にならいつつも、動物の孔雀を芦雪独自の視点でとらえている。応挙作品にはあの丁寧な筆跡で「応挙」と旧字体で署名している。春画にも同じ署名があるし、几帳面な応挙の性格を現している。
 更に着色の「牛図」や犬を描いた絵などが展示されている。
 芦雪の落款は「魚」と朱肉をつけて作品の左に押してある。自らを「氷の中の魚」と読んだので「魚」の落款印鑑を作成したのでしょう。

 次は第2章の展示室だ。
 南紀、和歌山 串本の無量寺の本堂の展示が再現されている。

 ↓ ポスターの一部抜粋。本尊に向かって、手前から左手に「虎」の襖絵がある。
 
DSC01852

 芦雪といえば「虎」の絵なのだなと改めて思う。館外、会場内に掲示されている展覧会のポスターも「虎図」を前面に出しているし。

(参考画像)
 「1階」のエレベータ乗り場付近の柱にあった、芦雪展のポスター。ポスターは「虎」の画の写真ばかりである。「虎づくし」かな。
 

DSC01572


 (実は私が1階と思って入ったフロアは、実は「2階」だった。だから上の写真は「愛知芸術文化センター2階」の柱に貼ってあったポスターというのが解説が正しい。)

↓ 10階の撮影可能場所にあったパネル。「虎図襖」の拡大。

DSC01574

 
 


「長沢芦雪展」 鑑賞1 愛知県美術館

 2017年10月8日 名古屋市 愛知県美術館 「長沢芦雪展」 鑑賞1

 名古屋の繁華街は、栄である。地下鉄が交差する駅があり、テレビ塔で有名だ。私が一番最近で名古屋のテレビ塔を見たのは、数年前のことだった。それまで名古屋を新幹線で通過することは何回もあったが、名古屋で降りて、どこかに行くということは皆無であった。名古屋は産業都市だからね。子供の頃に観光に1回だけ新幹線で降りたことや、新幹線を乗り換えるのに名古屋駅のホームで待機したことがあったくらい。その唯一の観光ときに、名古屋のテレビ塔を見たかは、全く覚えていない・・・・。
 
 今回は車で来た。この日の朝、名古屋駅前の著名な喫茶店に行くため、車で栄を通過した。と、「愛知芸術文化センター」の前をたまたま通った。「ああ、ここの中に愛知県美術館があるのだな。」と理解した。内部は劇場のみと勘違いしてしまうそうだ・・・・。
 名古屋駅へ東西に伸びる通りは「錦通り」。まだ名古屋の通りを理解していないのだが、桜通りと混同してしまうがち。錦通りの南には「広小路」もあるので、位置関係を覚えないといけない。
 有名な100メートル道路は南北に伸びていて、テレビ塔のある公園があるのだが「久屋大通り」というらしい。読み方は「ひさや」というが、最初「くや」かな、とも思っていた。
 一番の繁華街はどこかというと、南北の久屋大通りと東西の錦通りが交差するところ、と理解している。地下鉄の栄駅があるのだが、その近くにあるのが愛知芸術文化センター。
 
 徳川園ショップ「葵」を見て、徳川美術館を鑑賞した後は、名古屋城に比較的近い、洋館などを見た。その後、ナゴヤメシで昼食は食べずに、全国チェーンのファミレスで食事(笑)。
 期間のある展覧会の記事を優先して書くため、洋館めぐりの記事は、後日投稿する。(ただし、いつになることやら・・・。)

 栄のコインパークに車を停め、テレビ塔を見上げながら、愛知県美術館へ歩く。先程見た愛知芸術文化センターの建物を目指す。
   
↓ 西側(大通りの公園側)から見た建物。こんもりした丘の上にある。というか、人工の庭園である。
 左の建物はNHKの入っているビルだ。立派な建物だ。
 写真には写っていないが、楕円形の屋根のある半地下のスペースではイベントを開催していた。人で賑わっている。
 

DSC01570

 建物に近づくと、愛知芸術文化センターの前に「長沢芦雪展」のポスターがあった。
 愛知県美術館の場所はここであった。大きな看板表示が無いので、分かりにくい。
 
DSC01571

 館内に入る。エレベータに乗る。館内はガラス張りの美しい建築。斬新なデザインだ。グーンとエレベータは上の階へ。10階で降りる。10階のフロアは広い。エントランスも広々としている。エレベータを降り、廊下を少し進むと正面にチケット売り場がある。購入して会場に入る。会場入口には、ポスターにもあった「虎の水墨画」の看板が設置されている。
 「1階」のエントランス付近では、人はちらほらだったが、いざ10階の会場内に入ると結構な数の見学者がいる。最初は大きな奥に長い展示部屋であったが室内にはざっと見たところ40-50人くらいはいるのではないか。学生くらいの若い人も多い。
 音声ガイドを借りて、鑑賞開始だ。今回の「長沢芦雪展」は名古屋での開催のみ。和歌山県 串本の無量寺「応挙・芦雪 記念館」所蔵の作品が展示される。
 ここ名古屋から串本までは車で5時間では着かないであろう・・・・。近年は、某有力政治家(幹事長経験者!?。)の影響なのかは分からないが、自動車専用道路が順次整備された。以前、伊勢から、那智勝浦まで車で3時間と少しだった。勝浦から串本までは更に距離があるし。
 南紀・串本に「応挙・芦雪」の作品が多数あり記念展示施設に所蔵されていることは、元々知っていた。(ガイドブックにも書いてあるし。)串本に一番最近で私が行ったのは、2011年の3月、あの震災の直後であった。元々、宿泊の予約は震災の前には行っていたのだ。ガソリンの確保が難しい中で出発したことを覚えている。
 日程の関係もあったので、串本と橋でつながっている大島の「エルトゥール号記念館」は見学したが、本土にある「応挙・芦雪記念館」は行かなかった。よって、今回は良い機会なので鑑賞するため愛知県美術館にやって来たのだった。
 
 
DSC01836

 ↑ 既出。徳川美術館の入場券と「芦雪展」の入場券と「金のカステラ」。



名古屋城 訪問 (2017年6月) テレビ放映の紹介

 2017年6月 「なごや旅」 名古屋城

 突然ではあるが、最近名古屋に行く機会があった。 
 車で自宅を出発。東名高速道路、新東名を走行。順調に走り、市内にやって来た。名古屋城にでも行ってみようか、ということで行ってみた。妻は、名古屋城に来るのは初めてのことらしい・・・・。
 「名古屋城は再建だから、わざわざ観光で行っても・・・・。」と言う人はいるのだが・・・。

 ※今回は速報記事なので、詳細は後日投稿する。
 
  以前も書いたが「名古屋の観光名所」といえば、どこであろうか?。昔から有名な場所は「名古屋城」と「熱田神宮」であろう。現在では、色々な有名観光スポットも増えているのだが、私が少年の時分に来たとき、「名古屋名物」の食べ物といえぱ「きしめん」と「ういろう」しか無かった。
 今でも覚えていて、観光のときの「名言」として記憶しているのが当時、名古屋で乗車したタクシーの運転手さんの言葉だ。「名物の食べ物は何ですか?」との質問に対し、きしめんなどを評して運転手さんは「名物にうまいモン無しだよ。」と言ったのだ。
 ボクは当時少年ながら、この言葉に衝撃を受けた。繰り返しになるが、おさっんとなった今でもはっきり覚えている。生涯この言葉を忘れることは無いだろう(笑)。あの運転手さんは、今どうしているのかな?。と、名古屋を通過するときに思い出すし、来るたびに思い出す・・・・。
 当時、運転手さんは50-60歳くらいの年齢であったと記憶する。訪問したのは平成×年のことであった。あれから〇十×年たち、もしかしたら既に存命では無いかも知れない・・・・・。時間は確実に流れたのだ。時間は止まることが無い。

 「名古屋城」に入場した。料金なんと500円。お得です。天守閣の近くではなく、お堀に近い二の丸の入口付近の門から入場する。私が来るのは、前回、少年時代以来二十×年ぶりである(笑)。
 前回は西側の門から入場して天守閣に行った記憶があるが、今回は東門から入った。
 ニュースにもなっているが、本丸御殿が建築途中である。前回来たときは、広い砂利の更地だったように記憶するが。
 「木造で再建」することはニュースなどでも報道されていて、よく知られている。初めて本丸御殿の「復元御殿」を見た。一大プロジェクトですね(笑)。

DSC00292


 本丸御殿の真新しい建物を見た後、その先は工事現場の囲みなどがあり、その先に歩くと本丸の名古屋城天守閣の眺望が開けた。入城料500円で木造の本丸御殿も見学でき、天守閣にも入れるのでお得感がハンパないです(笑)。
 と、天主閣の前に立看板が・・・・。NHKの「ブラタモリ」がきたる6月10日と6月17日の 共に土曜日、夜7時のニュースの後に「名古屋」編が放送されるという事前告知である。
 テレビ番組のロケ地で放送の事前告知は珍しいのではないか?、と私は思う。地元「ナゴヤ」の力の入れようが伝わってくる!!。

 ↓ 「ブラタモリ」の告知看板。「タモリ、名古屋を歩く」と副題が付いている。ブラブラ歩いたのですね(笑)。


DSC00294

 タモリ様とNHKの局アナ様の服装や写真に写っている背景から察するに、4月の桜の季節よりも更に前、桜の開花前か開花直後の3月下旬くらいにロケを行ったように思える。
 
 (今現在の)6月初旬の初夏の時期の放映ではないので、ロケ当時と放送日との間があるので季節感はズレているかな・・・。

 天守閣には次々に見学者がやってくる。夕方閉館時間近くに撮影したので西日が当たり、思いっきり逆光になっている(苦笑)。
 ↓
 
DSC00293

 ※ 追記 6/10土曜日の放映。
 「ブラタモリ」 名古屋編。見逃しました。夕方まで出かけていたし、帰宅後間もない時間帯だったので視聴を忘れてた・・・・(苦笑)。
 
続きを読む

名古屋 「味噌煮込みうどん」 食事

 2015年12月6日

 博物館「明治村」を見学、その後、名古屋市内の徳川美術館に移動し、「源氏物語絵巻」の特別公開を鑑賞した。
 徳川美術館を16時50分頃に出る。ぐるりと徳川美術館の敷地の壁の脇を歩いて、コインパーキングへ戻った。車を出庫させる。
 日没時刻を過ぎている。だんだんと、周囲は暗くなっていた。だが、東京よりも日没時刻は遅い。東京では真っ暗な時刻でもここ名古屋ではまだ明るい。

 さて、帰途につく訳だが、その前に食事だ。明治村で昼食は食べていないので(スナック、軽食のダラダラ喰い)、夕食はちゅんと食べたいな(笑)。
 名古屋名物といわれる「味噌煮込みうどん」に再度チャレンジすることにした。
 車で「山本屋本店」の名古屋南インター店へ向かう。徳川美術館から東名のインターに向かう途中ではなく、やや離れたところにある。
 大曾根から、東へ走る。車線が広いのであるが、ここ名古屋の道路のバスレーンがわかりにくい。と、猛烈にうしろから飛ばしてくる車がある。うっかり、車線変更すると、後から追突されとしまう・・・・・。やはり、トヨタ車だ。「ナゴヤ走り」の車をまさに目撃・・・・・・・。車線が広いし、後から猛烈にスピードを出す車が迫って来るので、右折がしにくい。
 星が岡を通り、東山の先で右折。かつて、東山動物園に来たことがある。この付近は、起伏のある広い度老で交通量も多い。渋滞していた。そして、二車線の道路へ右折する。その先、坂道の底、環状線のインター手前で急に一車線に。更に進み、左折すると「極楽」という地名のところに店があった。市内での移動であるが、30分以上かかった。
 ↓ 冬の寒い夜空にこうこうと輝く店の看板。

IMG_3217

 駐車場には車が多く停まっている。店の入口では、待っている人がイスに座っている。まだ、夕方の6時前であるが、待っている人がいる。が、すぐに呼ばれた。
 座敷の席に案内された。

 ↓ 座敷の様子と、食事の前に出されたおつけもの。白菜ときゅうりの漬物。私は「漬物男」なので(笑)、(うどんが来る前に)どんどん食べてしまった・・・。
 「うどん」以外に「漬物」が付いているのが良かった。

IMG_3212

 注文したのは「名古屋コーチン」の煮込みうどん。
 注文して10分ほど出てきた。漬物を完食する前に「本食」の「味噌煮込みうどん」が出てきたのでよかった(笑)。
 ↓ 生卵が二個あるは、子供のぶんを私が食べるから。
  お肉は「名古屋コーチン」。 
 「味噌煮込みうどん」をフタを取り皿しにして、よそるのは常識(笑)。4年前に初めて「味噌煮込みうどん」を食べたときは、知らなかった・・・・(苦笑)。あのときは、「取り皿が無いな~」と思いつつも、直(じか)に、はしを突っ込んで、口を熱い陶器鍋に近づけて食べていた・・・・・・・・・・・。今回は、「知ったかぶり」をして食べた苦笑)。。


IMG_3216

 このブログでも、何回も書いているが、ツマの影響か、生まれ持ったものか分からないが、特に上の子は、生卵を極端に嫌う。だから、私が二個食べる。関東風の「すきやき用の卵」も絶対に食べない。讃岐うどんの「かまたま」も決して食べない・・・・。別に玉子アレルギーでは無い。ちなみに、ウチの子には食品の「五大アレルギー」をはじめ、アレルギーは無いのだが。
 同じ名古屋関係でも、「コメダ」のモーニングのゆでたまごは、バクバク食べる(笑)。

 店内は、夕方6時を過ぎるとほぼ満席になった。店の待ち合い席で待つ人も多くなる。アルバイトで働いている店の子の多くは、高校生だろう。上の子と同じくらいの年齢。
 ↓ 店の入口の横。

IMG_3219

↓ 店の座敷の様子。店を出たときに撮影。


IMG_3221

 会計を済ませた後、レシートを見ると「煮込みうどん 山本屋本店」と書いてある。「みそ」だけが、煮込みうどんでは無いのだ。たぶん。レジを打っていた女の子は、明らかに高校生のアルバイトだ。ウチの子に同じことが出来るのかな~??(笑)。
 次いで、住宅地の中の道を抜け、広い通りに。起伏のある道を通り、東名高速の名古屋インターへ向かった。






あつた蓬莱軒 本店で食事 (なごや旅4)

 2015年12月5日。 (なごや旅4)

 熱田神宮を参拝し、近くの「あつた蓬莱軒」の本店へやって来た。説明するまでもなく、テレビでも頻繁に紹介される超有名店だ。

 案内された、日本家屋二階の部屋は12畳くらいか。奥に床の間のある座敷だ。7つくらいテーブルと座布団が置いてある。6人席や2人席などになっている。
 二階の別の部屋は 障子も閉まっているので、様子は分からない。二階のすべての部屋に客を通していない。宴会場になっているのかも、かわからない。控室には、一階からの料理を運ぶリフトもあるだろう。
 さて、座敷はきれいではない。食べかすのような、ごみも座敷に散らばっていたりするが、店員は片づけしない。そこまで、気にしていられないのだろう。忙しいので。更に、壁には小さな虫も止まっている。すでに12月ではあるが、熱気で、虫さんにとっては店内は、良い気候、温度なのであろうか??。

 料理を注文する。私は「一半まぶし」、つまり1.5人前、5100円。お吸い物を「肝吸い」に変更し、250円+。ウチの子は通常のひつまぶし、3600円。料理は、注文をしてから15分くらいで来たろうか。簡単に食べ方の説明は、メニューに写真入りで書いてある。
 実をいうと、「ひつまぶし」の食べ方を知らなかった・・・・。メニューの解説は、無視して、いきなりお茶漬けで食べる。というより、説明をまともに読んでいない(苦笑)。
 ウチの子は、ちゃんと解説通りに食べ始めた(ニッコリ)。
 ↓ さあ、気合を入れて、しゃもじを入れて「ひつまぶし」を食べ始める。
  赤い色の「とっくり」にお茶漬けの汁が入っている。


IMG_3070


 上記の通り、メニューの最初のページには、「ひつまぶし」の食べ方が書いてあるのに・・・・。
 私は「いきなり」お茶漬けにして食べた・・・・・・。「いきなり茶漬け」かな・・・・・。
 本来は、最初に「そのまま」よそって食べるのだ。


IMG_3071

 ↓ 次は、薬味などを入れて食べる。ここはセオリー通りに食べる。これでほぼ半分を完食。
   お吸い物は「肝吸い」です。

IMG_3072

 三回目の1/4は、説明通りに「お茶漬け」に。私にとっては、すでに二回目のお茶漬け(笑)。


IMG_3073

 最後は「お好みで」というので、薬味をドバっとかけて、お椀によそって食べる。
 お茶漬けの「つゆ」は、すでに無くなっていたので(笑)。

 さて、お店にやって来ているお客さんの様子だが、学生カップルも来ている。学生のような数名のグルーブもいる。店の人はアルバイトは赤い作務衣のようだ。学生のような女の子は、皆赤い作務衣だ。少し上の立場は紫の着物。仲居さんのような着物を着用している。
 他の客で、何の会話かは知らないが、さすがにここはナゴヤ、「でら大きい」など会話の途中に言っている。

 19時過ぎに一階のレジで会計を済ませて、退出。
 足が痺(しびれ)れた・・・・。急な階段を足をひきずって降りた・・・・。

 ↓ 帰るときに撮影。玄関の様子。靴は脱いで上がる。
 

IMG_3075


 一階の建物の両翼に座敷がある。
 写真の真ん中、燈籠の隠れた部屋の内部が待合。右は座敷、左は玄関。
 二階の奥で私達は食事をした。

IMG_3076


 門の外に出る。店の外で受付する白い服を着た人(係員)は、まだ立っていた。ただし、車を誘導する警備員はいなかった。受付は、20時半までなので、19時過ぎのこの時間帯では、新たに来る人は減るのだろう。

 改めて、「あつた蓬莱軒」の建物を外から眺める。木造家屋だ。二階の外側や一階の外側に、エアコンの室外機がたくさんある。先程、食事をした部屋(座敷)でも家庭用のエアコンだった。あれだけ、エアコンをつけて、ウナギを焼いていて、もし火事がでたら大変と思います。これから、冬は特に火や暖房を使うので。
 反対に夏は夏で、冷房の排熱がすごそうだ。
 季節を問わず、火には、十分注意が必要だ。

 「あつた蓬莱軒」は
 創業140年以上だそう。元々は、明治の初めに熱田神宮の参拝者、東海道を行きかう人々に「うなぎ」を出した店が発祥だろう。先程、店に辿り着く前にウロウロ走行した地域は、元々海だった地域。この付近は東海道の船着き場でもあったのだ。現在、車が行きかう店の前の国道は、徒歩、馬、カゴで旅する人、船を待つ人、船かせ降りてきた人で往来の激しい地域だったのだ。現在ではすっかり都市化してしまっているが。
 「名古屋」の「日本橋」といった場所であったのでは、ないだろうか。

あつた蓬莱軒 本店 駐車場、待ち時間 (なごや旅3)

 2015年12月5日。 (なごや旅3)


 今回の行先は、名古屋方面。熱田神宮を参拝し、近くの「あつた蓬莱軒」の本店へやって来た。説明するまでもなく、テレビでも頻繁に紹介される超有名店。
 数年前、たまたま見ていたテレビ番組で、あるタレントが名古屋で「知っている店がある。」ということでやって来たという設定で紹介されたのが、このお店。そのタレントが言うには「ここは、ウチのおやじが常連で・・・。」と解説。このタレントの父は、政治家として著名な人でもある。

 先の記事でも書いたが、[蓬莱軒の]本店は、(熱田神宮とは)道路の反対側。直線距離は近いが車で移動した。一号線と斜めに、別の国道がクロスする地域。高架を間違って進み、川の反対側へ出てしまった・・・・。
 戻ったが、また別の方向へ行っていまう・・・。地下鉄の伝馬町の駅の近くに出てしまったのだ。「伝馬町」とは東京の日本橋付近を想起させる地名だ。城下町、街道街だった名残だろう。この付近は、元々海で、現在の伊勢湾の最奥部だった筈。東海道も、ここから船だったのではないか。船着き場の近くに栄えたのが、熱田神宮の門前町だったと記憶する。
 反対車線に戻るうとするが、右折で(お店の方向に曲がることがで)きない。再び、川を渡り、途中でまたまた戻り、通った道は覚えていないが、ようやく本店の前へ出た(苦笑)。
 店の様子は、車が見えていた。門の前では、人が並んでいた。


 ↓ やっとこさ停めた駐車場付近。


IMG_3083

 本店の前に来たのは、よいが、警備員が近づいてくる。「車はターンして別の場所にとめろ」というので、警備員の誘導で、本店の門前で、他の客にぶつからない、接触しないように、車をバックしてターンをして指示された方向へ。50メートルくらい離れた、道沿いに別の駐車場があった。ここにも別の警備員がいる。いや~、大混雑だ。ここには、数台停めることができる。知っている人でないと停めることはできない・・・・。
 ↓ 数台だけ駐車できる。看板は大きいが、反対の国道の車線からは進入できない。


IMG_3084


↓ 店の横の駐車場。奥には、駐車させるが、門の近くには停めさせない。

IMG_3065

 ↓ 蓬莱軒の門前。塀の内側が建物。木造の日本家屋だ。

IMG_3068

 駐車に行く間、先にウチの子に車を下りて、予約してもらう。門の前は、予約を受け付けする係の男性が立っている。名前と人数を告げて、だいたいの入店時刻を教えてもらう仕組み。
 車を停めて、本店の門の前へ。係の持っている予約リストを見ると、ウチらの名前は書いてあった。が、子は少し離れたところにいたので、最初はどこにいるのか、気付かなかった・・・・・。
 到着したのは、18時前。18:00の時点で18:10の入場になっていた。
 指定時刻が来るまで、店の周囲で立って待つ。他にも待っている人が多数いる。店の横の駐車場は満車で新たに入庫させていない。待つ客がいるので、危険だからかな。
 指定時間とおりに数組が呼ばれる。ウチらも入っていた。門の内側へ。玄関前に作務衣の若い子がいて、靴の札を渡してくれる。玄関に靴を脱いで置き、そのまま上がる。
 建物内にある待合で待つように言われる。狭いが「待合の廊下」というか、廊下がくぼんだ場所に小部屋がある。以下「待合」と呼ぶことにしよう(笑)。
 待合には、雑誌も置いてある。待合は、レジの目の前だ。会計をする様子がまる見え。その奥は調理室がある。せわしく、準備している様子が、やはり、まる見え。待合の退屈しのぎにお仕事の様子を観察する(笑)。
 調理室の手前、レジの奥では、お盆にのせて作務衣の若い子が配膳をする。お盆に料理を乗せて、レジの脇を通り、廊下に出て行く。

 ↓ 食後に撮影。門の外から。この時点では行列が解消していた。
  門の脇に立つ、係員に名前と人数を告げる必要があるため、門の外で行列をしていれば、順番に呼ばれるシステムではない。(私が訪れた時点では)

IMG_3078

↓ 食後に撮影。門の外から。

IMG_3076

↓ 食後に撮影。門の外から。

IMG_3081

IMG_3082


 配膳係の女の子は、レジの脇を通り、出て行く。通る際には「うしろ通ります。」と声をかけない。これだけ忙しいのに、うっかりぶつかると、そのまま料理(ひつまぶし)を落っことしてしまいそうだ。

 待合で10分ほど待つ。各自、グループごとに呼ばれて、座敷に案内される。ある人は二階に、私達の前に呼ばれた若いカップルは一階の左奥に案内されていた。私達は18時10分の組では、最後に案内された。二階の座敷に行くように案内された。狭い、傾斜の急な、というかふつうの住宅にあるような階段を昇る。

 ↓ 待合から、中庭を隔てて、ガラス越しに別棟の様子。「L」字に建物が建っているため。
  ガラス窓に反射して、待合のイスが見える。

IMG_3069

熱田神宮 参拝(なごや旅 2)

 2015年12月5日。 新章突入。「なごや旅 2」

  昼過ぎに車で自宅を出発。東名高速道路、新東名を走行。時間がありそうだ、ということで熱田神宮にやって来た。既に、午後5時を過ぎていて、日没後。夜となり、真っ暗なのだが・・・・・・・。
 上の子が名古屋に来るのは、初めてのことだ。新幹線で通過することはあっても、名古屋駅で降りたことは無かった。車で通行する場合でも、そのまま走り抜け、途中で名古屋市内に寄るということは無かった。
 
  名古屋の観光名所といえばどこであろうか?。昔から有名な場所は「名古屋城」と「熱田神宮」であろう。現在では、色々なスポットも増えているのだが。私が子供の時分に来たとき、「名古屋名物」といえぱ「きしめん」と「ういろう」しか無かった。
 今でも覚えていて、観光のときの「座右の銘」としているのが当時「名古屋のタクシーの運転手に言われた言葉」だ。きしめんなどを評して「名物にうまいモン無し。」と言ったのだ。ボクは少年ながら、この言葉に衝撃を受けた。生涯この言葉を忘れることは無いだろう(笑)。
 あの頃は「名古屋メシ」は無かった。(というより、知らなかった?。あの頃はインターネットなど無かったし、情報が無かった??。地元以外では知られてなかった???。)

 というような訳で、名古屋といえば「熱田神宮」やろ(なぜか関西弁)と「熱田神宮」にやって来た次第。短絡的だ(笑)。名古屋城は入館時刻を過ぎているので、神社ならば夜間ではあるが境内は自由に入れることが出来ると思ったことも大きな理由だ。

 熱田神宮の駐車場は、入口が狭く、夜間に初めて駐車する場合は、入りにくかった。駐車場の開場の時間は「17時まで」とあるが、特に門を閉めないようだ。
 車を降りて、境内へ。何かの建物がある。食事処のようだ。電気はついているが、閉店の準備をしていた。傍らに休憩所もあるが、シャッターが閉まっていた。

↓ 真っ暗な熱田神宮の境内の参道を歩く。
  西門から(手前の主参道に至る)続く参道とその先の、西門の鳥居道路、歩道橋がわずかに見える。
 写真なので集光されていて、実際よりも明るく写っている。
 
 境内の森は、うっそうとしていて真っ暗だ。しかし、参拝者は結構いる。暗いといっても、時間はまだ17時過ぎなので、歩いている人も多い。


IMG_3058

 車を停めたのは西駐車場。日中は、もっと大きい東駐車場も開いているが、夜間の参拝の場合は、西駐車場しか開いていないようだ。神社の案内によると西門は40台駐車できる、とある。
 西駐車場の近くには、境内の「西門」があり、国道19号線に面している。私達もこの道を通って入庫した。(神宮の境内の南側で、国道一号線と交差している。)
 交通量が多く、車の騒音が聞こえる。手をお浄めする場所、境内案内によると「手水舎」があり、北に砂利の参道をまっ暗の中、歩いて進む。
 ↓ 途中に大きな木がある。「大楠」とある。樹齢1000年ともいわれ、古代からある楠、神木のようだ。

IMG_3060

 更に、砂利の参道を歩く。街灯があり、参道を照らす。が、実際は、写真よりも暗い。足元もよ見えないくらい暗い。

 ↓ 信長塀が写っているかな・・・と思ったが、写っていないようだ・・・・。

IMG_3062

 鳥居をくぐり、突き当りとなる。正面に社殿がある。その手前、こちらから、社殿に向かって右手前の建物は、こうこうと電気がついている。お札所だ。案内によると「授与所」。この時間でもお守りなどの販売を行っている。巫女さんが受付、お金のやりとりをしている。
 傍らには、警備員もいる。社殿付近は、厳重に警備している。


IMG_3063


 本殿は意外にも小さい。最近になってやっと分かってきたのだが、神社において一般に参拝できる建物は「拝殿」と呼ぶようだ。その奥には、本当に神様をお祭りする「本殿」がある。参拝する場所を「本殿」と呼ぶのは、間違いなのだ・・・・。
 ここ熱田神宮も私の呼び方でいう「本殿」の更に奥にも建物(本当の意味での「本殿」)はあるが。
 案内によると熱田神宮ではここを「本宮」というようだ。今私がいる、参拝者がお参りするところは、拝所というようだ。

IMG_3061

 拝所参拝する。次々に参拝者がゃってくる。意外にも若い人が多い。カップルも多数いる。グループでやって来ている若い人もいる。


IMG_3064

 熱田神宮の「本宮」で参拝し、元来た参道を戻る。「信長塀」も案内の看板があったが、普通の土塀といった感じの塀だったので、特に近づいて撮影しなかった。暗いので、よく写らないな、と思ったし・・・・。
 「宝物館」の案内看板もあるが、閉館時刻をとっくに過ぎている。
 車に戻り、出発。国道に出る。

 次は、「あつた蓬莱軒」に向かう。「熱田神宮店」もあり、参道の南門から境内の外に出て、神宮から歩くこともできるが、せっかくなので本店に行くことにした。
 本店も国道を渡って、歩いて行くこともできる距離なのだが、車で行く。本店は分かったが、道路が高架の橋になって、川を渡り、川の向こう側に行ってしまった・・・・。一旦、ターンして戻るが、高架橋があり、本店にうまく行くことが出来ない。周囲の道路をぐるぐると二周してしまった。直線距離では、熱田神宮の西門から1キロも無い筈だが、6キロくらい走ったのではないか??。
 
↓ 「あつた蓬莱軒」本店の前の国道19号線。

IMG_3067


↓ 「あつた蓬莱軒」本店の駐車場前の国道19号線の高架。この高架橋がクセモノで、うっかり渡って、ずっと先に行ってしまった。

IMG_3066


「なごや旅」1 東名~名古屋市内 車で移動

 2015年12月5日。 いよいよ新章突入です(笑)。

 題して「なごや旅」。
 今回の行先は、名古屋方面。徳川美術館で「源氏物語絵巻」が所有している全部の巻を公開しているという。公開は12月5日の日曜日まで。公開最終日にあわせて、名古屋(方面)に向かうことにした。
 せっかくの機会なので土曜日の夜は宿泊して、翌日に「明治村」と徳川美術館を見学することにした。
 モチロン、名古屋市だけを訪れる訳では無いのだが、便宜上、「なごや旅」と呼ぶことにする。

 1日目 出発。
 今回は上の子が同行。下の子は、行かないという・・・・。

 12:18に自宅発。東名高速道路へ。次いで、新東名を走行。この日は、とにかく名古屋に到着して宿泊するのみ。
 土曜日の午後なのであるが、交通量は多くない。順調に走行する。13時半頃に駿河湾沼津PAで休憩。
 昼食を食べていないので、何か食べる物を探す。しらす丼と「しらすうどん」のセットにした。子供は、小食なのてせあまりいらないという。二人でひとつのセットを食べる。うどんの中に「しらす」が残り、しらすをすくいにくい。「温しらす」のようになっている。
 食事をして、出発。新東名を進む。いつも、うなのだが、新東名では、静岡SAまでが意外に長い(ように感じる)。次に森掛川まで来て、更にしばらく(走行)すると、天竜川に出る。川は防音壁に遮られて見えないので、陸上の道なのか橋なのか判別がしにくい。天龍川を過ぎると、すぐに浜松浜北インター。だいたい、駿河湾沼津から一時間半ほど走行した。山にかこまれている浜松SAで二度目の休憩。こまめな休憩だ。
 陽もだんだんと西に傾いて来た。天気は快晴。秋は終わり、はや冬の気圧配置かな。

IMG_3055


IMG_3056

 ↓ 浜松の北は、山また山。南アルプスに続く山が連なっている。あの「青崩峠」もあの山々の先にあるのだ。

IMG_3057


 天気は、快晴だったものの、東名との再度合流地点の三ヶ日あたりまで来ると、うす曇りになってきた。JCTで東名に再び入る。次いでトンネルを通過して愛知県に入る。丘陵地帯の中の道である岡崎付近は渋滞なし。狭い三車線を××キロ平均で進む。この道、結構トバス車が多いのだ。制限速度は、電光表示で変更になるのだが、かなり遅いスピードだ。60キロや40キロのことも。いつも、この地帯の通行は危なく感じる・・・。特に「ナゴヤ走り」か「アイチ走り」というのか知らないが、スピードをトバス危ない車も多いエリア。慎重に運転を私はする。
 豊田JCTから、伊勢湾岸道へ。東名の名古屋インターには、向かわない。伊勢湾岸道から先は、すいていてる。先日も大きな事故があったはずだ・・・・。スピード出し過ぎの事故だろう。多いのだ。この付近は。
 苅谷の観覧車はライトがついていた。すでに日没が迫る。湾の手前のジャンクションから名古屋高速へ入る。いつもは、伊勢湾岸道をまっすぐ進んでいるが、今回は名古屋市内方面へ。こちらも比較的、すいている。通行料金770円。少し高いためかな。道は、高架なのだが、合流してきたりきて、カーブもあるし、首都高速ほどではないが、複雑です。スピード飛ばし過ぎ、無理な運転で事故も多いのではないかな?。と心配になってしまう・・・・。
 実際、名古屋高速は、市内までまっすぐの道と思ってが、カーブもあるのだ。
 日没時刻も過ぎて、だんだんと暗くなってきた。「呼続」ランプ゙で下りる。実は、地名の読み方が分からないのだ。熱田神宮に向かうことにした。ときに、午後5時。ほぼ、夜となり、周囲は暗いのだ・・・。
 高架下でわずかな、太陽の残光があたらないこともある。一般道、高架下の道路を進む。片側3~4車線あるため、真ん中のレーンを通る。しばらくまっすぐ進む。すると、名古屋高速の先に降りたランプの一つ先の「堀田ランプ」の看板もでてきた。
 と、「左 熱田神宮」の道路看板がある。名古屋高速からだと、敷地の北をぐるっと周りこむように進むようだ。
途中、信号で停まる。(神宮の駐車場の前を通る)国道への左折がなかなかてきない・・・・。交差点は、車で混雑しているし信号が短い。幹線の国道優先らしい・・・・。
 「夜のよう」に真っ暗になってからに、ようやく熱田神宮に着。「熱田神宮」と看板があるが、その先で左折する。
と、駐車場の狭い入口があるのが見えた。暗いので、分かりにくかった・・・・。駐車場は、狭いし暗いし台数は多くない。
 開場の時間は「17時まで」とあるが、特に門を閉めないようだ。17時20分頃到着。自宅からは、休憩や食事時間込みで、約5時間であった。名古屋高速を降りてから下道で結構時間もかかった。

↓ 真っ暗な熱田神宮の境内。


IMG_3059



プロフィール

りょうげつ

カテゴリー
  • ライブドアブログ