良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

京都の宝物館、資料館、美術館など

 

龍谷大学 龍谷ミュージアム「浄土真宗と本願寺の名宝Ⅱ」 鑑賞1

  2017年4月15日 龍谷大学 龍谷ミュージアム 「浄土真宗と本願寺の名宝Ⅱ」 鑑賞1
 副題は「-守り伝える美とおしえ-」

 13:30から宮内庁「仙洞御所 一般公開」に入場した後、移動して西本願寺の目の前、道路を挟んで東側にある龍谷大学 龍谷ミュージアムに到着した。
 この日は、天気が目まぐるしく変わる「荒天」であったが、仙洞御所の見学中は青空が見えていた。
 
 ※「仙洞御所 通年の一般公開」については、後日投稿する。

 
 五条駅の先端南の出口で下り、地上に。東本願寺の築地塀が見える、東本願寺の北端の壁沿いを西に歩く。

警備員が東本願寺の北門に建っている。参拝者はここからは入場できないので正門に回るように看板がある。門徒用か、道路の北側には新しいモダンな建物がある。

 碁盤目状の道を歩き、以前見たレンガ造りの建物( 西本願寺 伝道院)を見てから、交差点を西に曲り、参道の門をくぐり、西本願寺の正面に出る。寺に向かって左、南の方向に 龍谷ミュージアムがあった。
 黒っぽい ガラス張りの現代建築だ。大学の新校舎のようだ。展覧会の看板がかかっている「浄土真宗と本願寺の名宝Ⅱ」 」と、展示品の写真がある。

 西本願寺の前の歩道付近から見た 龍谷ミュージアム外観。
 鉄筋コンクリの建物に「すだれ」がかかって「和」を表現している。


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 ミュージアム横の参道の門付近の信号から見た西本願寺。

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 建物の前には警備員が二人いる。入口はどこかな、と私が立ち止まると、警備員がすぐに声をかけてきて、「ミュージアムの入口は地下」だと分かる。入口付近の壁は、ガラス張りのモダン建築なので、どこが入口なのかわかりにくい。が、建物の前でウロウロしていると警備員からマジで不審者扱いされるかも知れないので注意しないといけないかもしれない(笑)。
 階段を下り、半地下の入口フロアに。地下のエントランス広場になっている。入口もガラス張りの入口で、広いロビーだ。地上を見上げることができるようになっている。地上、歩道のそばにいる警備員の後姿も(笑)


 受付カウンターは広くて立派。いや~、お金をかけている。外国人の来館者もいる。料金は大人一名1200円。大学施設の博物館としては、割高かも。特別展なので特別料金を設定しているようだ。
 エレベータで地下から三階に・・・。 二階は 大学のセミナールーム、会議室などかな。人が出入りしているが、何かの会合があるようだ。関係者以外は入ることは出来ないようだ。
 三階は、展示の導入部。西本願寺の歴代門主(展示目録では「宗主」と表示している。)の肖像と事績の紹介である。
 明治時代、近代以降の歴代門主様は写真の掲示がある。
 明治4年没の 門主までは肖像であり、写真の掲示がない。
 門主の系図の展示がある。見ると、江戸時代には他の寺の住職から養子も入っている。他の寺へも、その前の世代で養子に行っていることもある。よって、養子に出して、その子孫が、再び本願寺の門主となっている場合もある??ようで、ずっと、直系で継承なのか、他家から養子が入っているのかは、直系の系図からは分からない。
 
 ※ この記事で「本願寺」と書いている場合は、一般的に「西本願寺」と呼ばれるお寺のことを指します。
 



相国寺 承天閣美術館 「生誕300年記念 伊藤若沖展 後期」 鑑賞2

  2017年4月15日 相国寺 承天閣美術館 「生誕300年記念 伊藤若沖展 後期」 鑑賞2

 昨年訪問したときとはうって変わって、雨がやや降るお天気の下、相国寺の境内にやって来た。
 第二展示室には、別の初公開の絵も数点ある。初公開は「鸚鵡牡丹図」だけではなかった。

 「岩上鷹図」
 「蕪の図 仙厓義梵賛」
 「布袋軍配図」などが初公開と表示されている。いずれも描け軸の水墨画。
 「鸚鵡牡丹図」のように絹本着色ではない。
  「カラス」を描いたような「ハハ鳥図」(漢字表記不能・・・・)などは公開されたことがあるらしい。

 ↓ 展覧会パンフレットの掲載写真。
    「岩上鷹図」 「蕪の図 仙厓義梵賛」 「布袋軍配図」「ハハ鳥図」など。

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  「蕪の図 仙厓義梵賛」は、「野菜涅槃図」を思わせるユニークな構図。見たところ大根なのだが、「蕪」というようだ。
 最近話題の仙厓が賛文を記入しているとは、若沖の交友関係は広いですね。
  「岩上鷹図」 は若沖の水墨画らしい、鷹が画の真ん中にいるオーソドックスな作品。
 「若沖自画像」も展示があった。現在、唯一とされている、あの明治時代に入って描かれた「若沖の肖像画」である。特に注釈はないので、現物と思う。

 第一展示室に話を戻すと、若沖以外にも江戸時代の屏風絵や描け軸画の展示があった。茶室の再現展示でも茶道具 茶碗、茶しゃくなどが展示されていた。
 平ガラスケース内に文書が展示されていた。やや黄色く変色しているが、大きな立派な和紙に「家治」と朱肉で大きな印が押してある。展示目録には「徳川家治公帖」とある。相国寺の住職の任命書とのこと。
 徳川の将軍が任命していた。「徳川家齋公帖」も隣にある。同じく「家齋」と朱肉で大きな印が押してある。
 書いてある内容は、縦書きで「相国寺 住持職事」と大きな文字。「任・・・可・・・」と任ずるべくのように書いてあった。あとは年号と日付が書いてあった。ちょうど、若沖が生きた時代の将軍が住職を任命していた書類。住職は若沖と知り合いであって、その絵の奉納を受けたのであった。永代供養料として奉納されたのだ。が、のちに京の都の大火で大阪に避難したりして、永代供養の約束は、うやむやになってしまった?。
 若沖が没後、実際に葬られた墓は、よく知られるように別のお寺 石峰寺にある。現在、相国寺にも若沖の墓はあるから、永代供養されているということですね。

 思っていた以上に「初公開」の作品が多かった。昨年、「出し惜しみ」したかは分からないが。
  これで「若沖 生誕300周年 記念祭」は、いよいよフィナーレでしょうか!?。

 結局、15分くらいしか見れなかった。受付ロビー付近の映像コーナーでは、ほぼ満席で大勢の入館者が視聴しているが、私は見る時間が無かったので、そのまま靴をはいて退出。
 時に12:53のことであった。とにかく、急いで美術館を出た。
 
 ↓  承天閣美術館の入口遠景。
  ソメイヨシノの桜並木は既に花が散って、葉桜となっていた。


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 ※ 相国寺の境内を真南に、急いで歩く。
  13:30から 宮内庁の「仙洞御所 通年の一般公開」があるためだ。整理券を入手したときに「20分前には集合してください。」と言われていたので急ぎ足。つまり、13:10までには仙洞御所の受付に到着しないといけないのだ。すると、何と雲がなくなり、青空が見えて来た。
 
 ※「仙洞御所 通年の一般公開」については、後日投稿する。


↓ 昨年(2016年5月5日) 撮影の相国寺の拝観入口。渡り廊下の所から入る。
  右は庫裡だが、拝観場所となっていなかった。
  庫裡の更に右から承天閣美術館に続く通路がある。
  昨年は「これ以上ない」くらいの好天だったが、今回は天気が目まぐるしく変わる「荒天」だったかな・・・。

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相国寺 承天閣美術館 「生誕300年記念 伊藤若沖展 後期」 鑑賞1

  2017年4月15日 相国寺 承天閣美術館 「生誕300年記念 伊藤若沖展 後期」 鑑賞1

 昨年、「春の禅寺一斉拝観」で相国寺の公開時に訪問したときとはうって変わって、雨がやや降るお天気の下、相国寺の境内にやって来た。
 昨年は、相国寺の方丈と法堂を拝観した。「浴場」は公開されていなかった。
 
 今回訪れたとき、相国寺が公開期間中であったかは承知していない。時間がないので、とにかくまっすぐ承天閣美術館に向かった(笑)。同志社大学の校舎を横に見ながら歩道を北上し、お寺の西門から入った。西門から方丈や、美術館までは更に距離がある。あー、足が痛い(笑)。
 やっとのことで、承天閣美術館に辿り着いた。靴を脱いで玄関をあがり、受付カウンターでチケットを買う。大人一人800円だ。靴を脱ぐのも惜しいくらい時間が迫っている・・・・。

 西門にあった「生誕300年記念 伊藤若沖展 後期」の告知看板 ↓
 

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 承天閣美術館の展示室を見ていく。昨年、5月に来たときには、この美術館には若沖の作品は、ほとんど展示がなく、二点の水墨画(常設の鹿苑寺大書院の旧障壁画の床貼付、「葡萄小禽図床貼付」と「月夜芭蕉図床貼付」)のみが第二展示室に展示されていた。
 今年の「伊藤若沖展 後期」は、昨年12月から今年5月まで約半年間の会期と比較的長い。しかも、初公開の「鸚鵡牡丹図」がされるのだ。といっても、その絵の存在は元々知りまへーん(笑)。
 第一展示から見る。 昨年来た時は森田女史の特別展で、作品展示があった。今年は若沖などの作品の展示がある。

 
 続いて、第二展示室へ廊下を歩く。 
 第二展示室の奥の左の壁に初公開の「鸚鵡牡丹図」があった。
 どうしてこの絵が今まで非公開だったのかは、分からない。動植綵絵シリーズの作品ではないが、サイズは同じではないか。描き方も似ているし。何等かの理由で動植綵絵シリーズに入らなかったのか。
 白いオウムがじっと、前を凝視している様子。牡丹の花が赤と白のコントラストをなしている。オウムの白が牡丹の白とかぶって、オウムはかえって目立たない。
 「対」になる絵として「紅鸚鵡図」か別バージョンがあるのではないかと思った。

 ↓ 展覧会のチラシ。「鸚鵡牡丹図」の写真が掲載されている。

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 「鸚鵡図」は、昨年見たにように「版画」が有名だが、これは肉筆画。

 第二展示室には、重文指定の 水墨画50面が表裏で展示されている。一応、「1、2、3・・・・」と50枚あるか、数えた。ほぼ50あった。「葡萄小禽図床貼付」と「月夜芭蕉図床貼付」は何枚と数えるのかが、分からない・・・・(苦笑)。
 障壁画は、奥の部屋と手前の部屋の仕切りの部分の壁に、「両面」が見えるように、連続して展示されている。つまり、和室のふすまのレール上に一直線にならぺられて、末尾だけ「L」の字の展示になっている。裏面がない障壁画は片面だけの展示。

 昨年見て、覚えている絵もある。ほとんど忘れてしまったが・・・・(笑)。

 展示の末尾近くには「竹図」もあった。昨年は京都国立博物館の特別展「禅」でで公開され、なぜか都美(東京都美術館の「若沖展」)では公開がなかったが、今回はここ承天閣美術館でまとめて全部の公開であった。
 「竹図」には裏面が無い(両面の障壁画ではない)ようで、展示ケースの末尾に展示してあった。
 
 なんだ、昨年東京都美術館の「若沖展」であの大混雑の中、見ることは無かったではないかと苦笑せずにはいられなかった。もっともあのとき、会場入口近くに展示されていた水墨画は、混雑していなかったのだが・・・。もっとも、あのときは彩色の「細密画」が人気であった・・・・。
 かつての鹿苑寺大書院の、どこの壁にあったか、場面の解説付きだ。昨年の東京都美術館の「若沖展」と同じ解説らしい。
 ↓ 重要文化財 鹿苑寺大書院旧障壁画50面のうち 「松鶴図襖絵」 右側
  (展覧会パンフレットより)


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↓ 重要文化財 鹿苑寺大書院旧障壁画50面のうち 「松鶴図襖絵」 左側
  松の絵の襖 右側の一枚以上が欠落しているようだ。昔はもっとあったのだろう。

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 鹿苑寺大書院旧障壁画は
 「一之間」は「葡萄小禽図」で「葡萄と小鳥の絵」。
 「二之間」は「松鶴図」。一之間の裏側にある襖絵。
 「三之間」は「芭蕉とハハ鳥」(漢字が・・・・)。「月夜芭蕉図床貼付」と似ている。
          (当たり前だが)芭蕉とカラスのような鳥の絵だ。
 「四之間」は「菊鶏図」。水墨でニワトリを描いている絵。ニワトリの正面の顔を描いたところ。トリの面玉(めんたま。あるいは「目玉」か?。)がギロリとしてこちらを見ている。リアルな作品だ。
 この「菊鶏図」を一番覚えている。今回も展示があった。どこか、滑稽な表情のトリさんの絵。
 11か月ぶり、今度は京の都で再会できました(笑)。


 


仁和寺 霊宝館 春季名宝展「色とりどり絵画の魅力」 (平成29年) 見学2

 2017.4.15 京都  仁和寺 霊宝館 春季名宝展「色とりどり絵画の魅力」 (平成29年) 見学2

 仁和寺の霊宝館は通年開館をしていない。前回は、2013年1月に「京都冬のたび」の金堂内部公開などで来たが、開館していなかった。その前は、東日本大震災の直後の4月に訪問したが、見学はしなかった。今から思うと勿体ないことをした。今回が、初めての見学となった。

 
 ↓ 「色とりどり絵画の魅力」のパンフレット 抜粋

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 国宝 阿弥陀如来像などの展示通路を過ぎて、角を曲がると、今回のメインテーマの絵画、絵巻の展示だった。
 三十六歌仙図 狩野山楽筆、
 藤原定家像   狩野永納筆 など江戸時代の絵画である。「石山寺縁起絵巻」は彩色の鮮やかな絵巻物である。江戸時代の作なのでカラフルだ。あまり古い絵巻物という感じがしないくらい保存状態がよい。

  ↓ 「色とりどり絵画の魅力」のパンフレット 抜粋
   新指定 重要文化財 「密要鈔目録」の画像がある。

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 今年、平成29年に新規に重要文化財に指定されたばかりの「密要鈔」の展示がある。
 「密要鈔目録」は、江戸時代に作成された目録とのこと。国宝と通路を挟んで反対側の壁側に展示があった。「密要鈔」は今回が初公開だそうで、展覧会の目玉のようだ。「密要鈔目録」も同時に指定された?。
 「密要鈔」は「聖教(しょうぎょう)」と呼ばれる、釈迦の教えを記した経典のひとつのことだそう。
 「密要鈔目録」は「目録」なので 経典と思われる品名と数が記載してある。
 「灌頂・・・・ ×帖」
 「伝法灌頂三昧那戒作・・・・ 一帖」
 「胎蔵昇・・伝法灌頂・・・・ 一帖」

 密教の重要儀式である「伝法灌頂」に関する経典らしい。
 守覚法親王自筆の儀式?の差指図があるそうだ。儀式の図面に法親王が書きこみをしていた。
 目録に「法親王の直筆である」と書いてある。
 守覚法親王の肖像画の展示もあった。後白河法皇の第二皇子で、7歳で仁和寺南院に入り、「仁和寺第六世」になった。西暦1202年に薨去されている。展覧会の小冊子にも肖像画の写真と法親王の紹介が掲載されている。

 順路の最後近くの平ガラスケースに国宝の展示があった。
 「御室相承記」 おむろそうしょうき 巻物になっている。
 宇多法皇から道法 法親王までに至るお寺の内務の記録とのことだ。
 鎌倉時代のもの。道法 法親王は、後白河法皇の皇子とある。守覚法親王の弟にあたるお方。この時代は、法皇の皇子をお寺に迎え、源平合戦などの戦も一段落し、お寺の権威向上が図られたのであろうか。
 内容を見ると「~ 事  建久二年十二月廿十六日 百六十僧 御室 御開帳 」と書いてある。
 更に「大阿関   皇后   喜多院   ××年十一月廿十×日 大阿関条・・・・」
 私がざっと見た内容を書いているので、もちろん誤字記載があるが。
 鎌倉時代の年号と月日が書いてある。~について、僧が来て、何かの仏像の公開をしたというような記事だ。 
 喜多院の「喜」は七が三つの崩し字だ。「北院」を意味しているらしい?。 

 ウェブでの表示上、横書きに直しているが勿論原文は毛筆の縦書き・・・・。
  国宝「御室相承記」には、守覚法親王の巻は無いらしい。
 
 重要文化財指定「御室御記」 江戸時代 の展示もあった。国宝の「御室相承記」 とは異なり、時代は下がって「江戸時代のもの」と解説文にあった。内容は、仁清が仁和寺に来たときの日付で、××をしたというような部分の展示であった。仁清は、あの国宝指定作品もある「野々村仁清」のことである。
 そういえば、先ごろ見東京国立博物館で見た重要文化財指定作品の展示の説明文には「仁清は・・・・御室の仁和寺の付近で・・・・」という箇所があった。
 仁清はしっかりと、仁和寺の記録に載っていたのでした。

 国宝「御室相承記」や新指定の重要文化財「密要鈔」を見ていたため、絵巻の鑑賞があまりできなかった。反省点とします。

 見学を終えて、退出し、入口の階段を下った。
 と、雨がパラついてきた。御室桜は、見ごろを迎えたが、桜の季節はまだまだ天気が安定しない。「花曇り」であろうか。






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仁和寺霊宝館 春季名宝展「色とりどり絵画の魅力」 (平成29年) 見学1

 2017.4.15 京都  仁和寺 霊宝館 春季名宝展「色とりどり絵画の魅力」 (平成29年) 見学1

 京都に旅した。ますば、御室桜の見ごろをむかえた仁和寺にやってきた。
 御室桜の満開の時期はソメイヨシノよりも7日~10日くらい遅いのだろうか。たまたま今回の旅程と見ごろの時期が重なったのでやてきた次第。

 ※まさに満開の盛りであった御室桜の見学記(観桜記)は、後日書くことにして先に、霊宝館の見学記を先に投稿することにする。

 仁和寺の霊宝館は通年は開館していない。春と秋の二か月弱ずつくらいであろうか。年間で4か月くらいの開館のようだ。春と秋の「季節開館」は同じ真言宗 密教系の寺院(現在流派は違うのであるが)である醍醐寺と似ている。通算の年間開館期間でいいうと、醍醐寺の方が長いかも。

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 ↓ 御室桜の拝観券販売所付近の様子。

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 境内の案内。「名宝展開催中」と看板が出ていた。霊宝館に向かった。

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 ↓ 霊宝館 入口。係員の女性が立っている。

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 境内と異なり、霊宝館の周囲は静かだった。もう一人、現金受付の係員の女性が座っている。拝観料の500円を支払い入館する。御室桜と異なり、見学している人は、受付から見える範囲では数名で、すいている。
 入口近くにはまず、仏像や経典などの展示がある。
 霊宝館は「回」の字の構造になっている。順路は時計と反対まわりに建物内部を進む。
 宇多法皇の画像の描け軸の展示があったと記憶する。仁和寺は宇多法皇にゆかりが深いからであろう。
 最初のコーナー(建物の曲がり角)付近の展示には、徳川家光や江戸時代の仏像が展示されていた。束帯姿の家光の木像だ。江戸時代、特に家光の時代に再興されたため、家光像が安置されているようだ。
 現在、仁和寺の金堂となってい紫宸殿が移築されたのは家光の時代だったかな。

 国宝「阿弥陀如来像及び両脇侍像」は展示室の裏手、正面にあった。展示というよりも霊宝館(つまり宝物館)の開館以来、ここに安置して保管しているのだろう。
 かなり古びて、退色して黒ずんでいるが金色の阿弥陀如来像が中央に安置され、両脇に仏像がある。両方の脇の仏像は立っている姿である。長イスがあったのでしばし鑑賞する。
 阿弥陀如来像は、仏像そのものの高さは1メートルと少しくらいかな。後背を含めると高い。飛雲の模様?の金色の模様の刻まれた後背だ。両脇の金色の仏像はこぶりなので、立像であるが阿弥陀如来像より、少し高いくらい。
 春季名宝展「色とりどり絵画の魅力」の案内冊子の一ページ。 ↓

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 入館者は私のような男(野郎)の単独行が三人くらいいた。熟年の夫婦もいた。が、おっさん、あんちゃん(野郎)の単独行は、平均と比べて(おっさんの)私も含めて観覧時間が長い(笑)。

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