良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

大阪市内

 

大阪 梅田付近2 (阪急電車で移動と十三駅)  2018年春 大阪・京都桜のたび16

大阪 梅田付近2 (阪急電車で移動と十三駅)  2018年春 大阪・京都桜のたび16

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 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 
※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。

  大阪市内梅田。阪急線の梅田駅に。神戸に向かう。
  大阪の人にとっては、ごく当たり前の風景だが、行き止まり式の大きな駅だ。関東近辺でここまで、大きな行き止まり式の私鉄の駅は無いのではないか。あっ、小田急の新宿駅や東武線の浅草駅があるか。でも梅田よりもホームの数は少ない。西武新宿駅が近い規模かな・・・・??。

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 大阪との東西文化論で違うのが、エスカレータの乗り方。本当はエスカレータは停まって乗るものであり、急いでいても歩くことは禁止というが、大阪では左を開ける。つまり右寄せ。ホントに関東と真逆だ。
 しかし、同じ関西でも京都では主に関東と同じで、左よりの右空けだ。

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 どうやら、大阪都市圏でも京都は東京エスカレータ習慣圏。その他は、神戸も含めて大阪エスカレータ習慣圏?。

 最初は、阪急線で御影駅へ。白鶴美術館に向かった。帰りも阪急線に乗る。御影駅発。途中、下車して辰馬考古館に行こうかと迷う。普通で岡本駅を通過。しかし、特急には乗り換えしない。夙川で降りる。ホームでまつ。別の路線のホームが山側にある。別の路線があるようだ。若い人が多く乗り降りしている。時間の関係で、辰馬考古館やめて、またの機会にすることに・・・・。待つこと二、三分して12:10の特急、梅田行きがくる。
 でも、梅田まで行かない。十三駅で降りる。京都線に乗り換えをするべく、別のホームに移って待つ。先に準急が出る。普通が次。その次に河原町行の特急が来たので、乗車した。

 十三駅で降りて、京都線に乗り換え。
 ↓ ちょうど列車が入って来た。


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 一旦、十三駅で乗り換えとはまさに「要衝」ですね。阪急の。宝塚も神戸も京都もここ十三<じゅうそう>だ。


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と、ラッピンク゛電車が。
と「宝塚歌劇団」をテーマにしたと思われるラッピング車両が反対ホームにやって来た。
「阪急東宝グループ」ですからね。

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 列車は走り出す。別の車両には、美しい花?の絵がかいてあるが、うまく撮影できなかった。

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 阪急電車の特急で京都へ。地下鉄に乗り換えして、鞍馬口駅に向かった。

大阪 梅田付近1 (喫茶店 モーニングで朝食)  2018年春 大阪・京都桜のたび15

大阪 梅田付近1 (喫茶店 モーニングで朝食)  2018年春 大阪・京都桜のたび15

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 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 昨年は、大阪の「造幣局桜の通り抜け」の桜がちょうど見ごろであったので、メインだったかな!?。今年もほぼ同じ時期の旅となった。 
※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。

  大阪市内中心部、梅田にやってきた。本日は、あいにくの曇り、雨模様。神戸方面に行ってをみることにした。
 この日は日曜日なので、サラリーマンなどスーツ姿の人は少ないな・・・、と思いつつ、梅田駅周辺でどこか食事ができるところは無いかな、と探す。なんやかんやで、前日から今朝方まで爆睡したため、宿を出た時刻は9時近くになってしまった。昨日は朝早く出て飛行機に乗ったので眠いは・・・・・・・・・、昨日は歩き疲れるはで全身が疲労しいるは・・・・・。
 名古屋名物、モーニングがあるなら、大阪もあるやろ、ということでモーニングができる喫茶店を探した。
 大阪の方ならば、知っているという人も多いが、阪急の梅田かJR大阪駅の接続口の地下か場所は忘れたが、モーニングサービスのある喫茶店があった。

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 神奈川のように分煙が徹底されていないので、タバコがすごい。子連れではコレないな。隣の席は、50歳位の女性二人だった。姉妹のようである。一人は物凄く体格がよい。一人も体格がよい。二人ともタバコを次々に数ので、オレの服もかなりタバコ臭がついたな・・・・。

 雨がふっているため、傘がかけてある。

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 500円でコーヒー+トースト+サラダ+玉子付であった。コーヒーのおかわりは出来ない。

 他にも同様な店がないかな、と少し探した。「西日本ならあるやろ。」と勝手に仮説を立てたのだ。しかし、ここは名古屋ではない。大阪だ。モーニング付のサービスを提供する喫茶店は無いようだ。
 大阪には「ナゴヤの喫茶店文化は無い。名古屋を中心とする地域の独自の文化である。」と(勝手に)結論付けた。えっと、「ナゴヤ」はアクセントが「ナ」にはない。平たく、むしろ語尾が下がる感じのアクセントで「ナゴヤ↓」

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 梅田駅周辺は朝から混雑している。阪急線の梅田駅に向かった。

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造幣局桜の通り抜け 夜間見学⑤(最終) 2018年春 大阪・京都桜のたび16

 造幣局桜の通り抜け 夜間見学⑤(最終) 2018年春 大阪・京都桜のたび16

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。



 昨年は「造幣局桜の通り抜け」の桜が見ごろの時期の訪問であった。昨年と比較すると、今年2018年の見ごろの時期は早かったので、私が訪問したこの日は、花見のピーク、見ごろは過ぎていたかも・・・・。

 21時の閉門も近づいて来たためか、人出は少なくなってきた。雨の中、警備員が「まもなく、閉門時間となります。」と声をあげている。
 写真の左、柵の外は、造幣局の敷地の外である。歩いて来た方向を振り返り、門の外に出ることにした。
 門の外は、川沿いの遊歩道である。遊歩道では露店の電灯がこうこうときらめいている。
 
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 門を出た後、造幣局の敷地内部を見る。少し、高台ととうか、石垣の上に柵がある。
 普段は、造幣局の敷地には入れないのである。桜の通り抜けの数日間だけ、行き来できるということか。


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 さて、大川沿いに歩いてモドる。露店もそろそろ店しまいのところも。

 雨が会って、地面は舗装されていないところもあり、ぬかるんでいる。遊歩道の路面の舗装も所によっては、水たまりがあって、ぐちゃぐちゃ。ゴミも落ちているし。水たまりの水も汚れている。食べ物の捨てたにおいというのか、かなり臭う。

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 造幣局の敷地内部を見上げる。閉門時刻を過ぎ、人の通りも無いようだ。

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 天満橋に戻った。川沿いの遊歩道の露店の様子と造幣局の敷地内を振り返る。
 電飾に葉桜が浮かびあがっている。
 灯りが水面でゆらゆらと揺れている。

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 拡大。大川の上流、藤田美術館や藤田邸跡の公園、川の合流点の方向。

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 拡大。

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 あいかわらず、雨はふっている。
 再び天満橋を渡って、駅に戻った。


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 天満橋駅から地下鉄に乗り、宿に向った。
 (おしまい)

造幣局桜の通り抜け 夜間見学④ 2018年春 大阪・京都桜のたび15

 造幣局桜の通り抜け 夜間見学④ 2018年春 大阪・京都桜のたび15

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。



 昨年は「造幣局桜の通り抜け」の桜が見ごろの時期の訪問であった。昨年と比較すると、今年2018年の見ごろの時期は早かったので、私が訪問したこの日は、花見のピーク、見ごろは過ぎていたかも・・・・。

 コイン販売などのテントが出ている付近。雨が強いのであるが、テント内ではしのぐことができる。閉門時間の21時も近づいて来たためか、人出は少なくなってきた。

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 造幣局の資料館(貨幣博物館)の前を通過し、北に。真っ直ぐ行くと、北門の出口。右に曲がると公園降り口、大川沿いの公園に出る。
 

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↓ ぼんぼりに浮かぶ夜桜。

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 目にとまったのが、奈良の八重桜。
 昨年も見た記憶があるが「いにしえの 奈良の都の八重桜・・・・・」の××集??所収の和歌を思い出した、というよりも説明看板に書いてある・・・。
 花は淡紅色で開花が進むと白色になるという。
 

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 奈良の八重桜と種類は違うが、たわわになった八重桜の並木の下を更に進む。寒い。花冷えというか、早春の冷たい雨に打たれるという感覚。
 

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 ↓ うーん、これは奈良の八重桜??。淡いビンクで他の八重桜よりも花は白色である。


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 旧正門の所までやって来た。
 昨年、昼間に来たときはごった返していた。なぜ、ひとがたくさんいる真ん中で門と守衛所のような建物が真ん中にあるのかと思ったものだ(苦笑)。
 ↓ カメラのレンズにも雨の水滴がつく。

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「明治150年記念」の関連として「国指定史跡」の看板が設置されていた。
造幣局旧正門。「創業当時の正門」と解説に書いてある。

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門を出て、すぐのところが撮影。「造幣局旧正門」と石柱が立っている。守衛所の建物がふたつある。真ん中に開放された門扉。


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出口のところ。北門ではなく、川沿いの遊歩道を歩いて、天満橋駅へ戻ることにした。
来た門からでると、駅まで結構遠い。
と、門の横には、新しい桜の木がある。

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 「松前八重寿」の看板。
 「八重桜」ではなく交配させて創った品種のようだ。木は小さいが、桜の花は大きく、ピンク色で目立った。
説明によると「・・・・花弁の数は13から20枚」とある。花弁の数が多いので、花が大きく立派に見えるのであろう。

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「造幣局桜の通り抜け」の通って来た通路を振り返る。
ぼんぼりに照らされる桜並木とお別れする。
また来る日まで。

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造幣局桜の通り抜け 夜間見学③(及び明治150年記念「長州五傑」の紹介展示) 2018年春 大阪・京都桜のたび14

 造幣局桜の通り抜け 夜間見学③(及び明治150年記念「長州五傑」の紹介展示) 2018年春 大阪・京都桜のたび14

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。


 天満橋駅で降車して地上へ。
 昨年は「造幣局桜の通り抜け」の桜が見ごろの時期の訪問であった。昨年と比較すると、今年2018年の見ごろの時期は早かったので、私が訪問したこの日は、花見のピーク、見ごろは過ぎていたかも・・・・。
 
 ↓コイン販売などのテントが出ている付近。
 雨が強いのであるが、テント内ではしのぐことができる。閉門時間も近づいて来たためか、人出は少なくなってきた。

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 テントに近づいてみる。テント内に「明治150年」の記念展示があった。造幣局の設置の経緯、歴史などについての展示であった。
 長州出身の政治家、「長州五傑」長州ファイブの肖像写真の展示がある。伊藤博文とあと・・・、井上馨と・・・、忘れた・・・・。長州の政治家の写真。江戸時代の末期、英国に留学した5人の長州人の紹介である。
 他は井上勝、山尾庸三、遠藤謹助である。
 特に「遠藤謹助」はここ大阪の造幣局長を長く務め、現在まで続いているこの「桜の通り抜け」の発案者ということが紹介されているため、「遠藤謹助」を中心に長州ファイブと明治時代初期の造幣局と関係人物の紹介であった。
 欧州視察を経て、大阪の地に近代国家の硬貨を鋳造すべく造幣所を設置することになったというような、解説は、資料館内でのものであり、ここでは5人の初期留学生に焦点をあたて写真パネル展示のみだったかな?。

 伊藤博文は6代「造幣頭」と書いているので、造幣局の責任者だったことが分かった。のちに初代総理大臣になっているので、貨幣を握る者は、国家権力を握る、ということなのかな?。アッチの方面といい、公私ともに色々と活躍されていますね。いやー、希代の人物だよ。

 
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 井上勝は、「鉄道の父の父と呼ばれた」と紹介されている。小岩井乳業の「井」は井上勝ですよね。三菱財閥、東洋文庫の岩崎家とも密接な関係があったのではないか?。
 山尾庸三は、「日本工学会の父と呼ばれた」と紹介されている。
  

 明治時代の大阪の大川のほとり、かつての津藩藤堂家屋敷跡に開設された造幣局の建物と煙突などの写真。川の対岸から撮影したと思われる写真も。
 創設当時の人々の写真の説明も掲示されている。煙突は当時の発電所という。
 遠藤謹助は、集合写真の前列左から二番目の人物と解説がある。お雇い外国人も含めた造幣局、大阪での創業当時の人々の集合写真であった。


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 テントの端のパネル。
 三人いる人物のうちの金色のレリーフ、右側の人物は五代友厚である。
 例の「朝ドラ」でも大変有名になった人だ。

 上の人物は加納夏雄。んん、写真で見る限りヤサ男だな。1円金貨などをデザインした人物として知られる。解説によると明治2年に「帝室御用」となり、「明治天皇の御太刀の装具を彫刻した。」そうだ。「新貨幣の意匠の作成、鋳造、極印製造に携わった。」とかいてある。

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 写真下の人物はウィリアム・ガウランド。明治5年から16年間にわたり造幣局に勤務したと書いてある。
 いわゆるお雇い外国人ですね。

  造幣局の資料館(貨幣博物館)の前を通過。閉鎖されている。
  更に雨が強くなってきた。


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 貨幣博物館の前から、歩いてきた通路を振り返る。
 遠くに大阪の中之島??付近の高層ビルのネオンが見える。 

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造幣局桜の通り抜け 夜間見学② 2018年春 大阪・京都桜のたび13

 造幣局桜の通り抜け 夜間見学② 2018年春 大阪・京都桜のたび13

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。


 天満橋駅で降車して地上へ。
 昨年は「造幣局桜の通り抜け」の桜が見ごろの時期の訪問であった。昨年と比較すると、今年2018年の見ごろの時期は早かったので、私が訪問したこの日は、花見のピーク、見ごろは過ぎていたかも・・・・。
 
 笹部桜 かなり散っている・・・・・。

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 桜の花が美しく咲いていると思われる地点で撮影したが、あとでこうして見るとイマイチのところも。


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 桜並木の合間、植え込みが途切れて、通路になっている場所から。
 花の下に入ることが出来るので、美しく撮影できる。
 閉門時間も近づいて来たためか、人出は少なくなってきた。

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 「今年の花」である「大提灯」

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  「今年の花である大提灯」にちなんで、「大提灯」の花のデザインが刻まれた(ここ造幣局で製作の)記念の硬貨セットとメダルを販売していると説明にある。つまり、「今年の花」は事前に選定して、それにあわせて、デザインを刻んだ記念硬貨とメダルを販売するのが恒例のようだ。
 大提灯の花もかなり、散って葉桜になりつつある。
 植え込みの向こう側、柵の里は造幣局の宿舎(民間企業でいう社宅)のようだ。自分の部屋から、今年の花「大提灯」の大きくたわわになった花を鑑賞できるとはなんとも贅沢だ。

 職員宿舎の脇、途中退出することができる「途中おかえり道」の看板を過ぎて、更に歩く。
「途中おかえり道」は職員宿舎の脇から造幣局の建物の間の広場、駐車場のようなところを抜けて、道路に繋がっている。

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 昨年も撮影したかも知れないが「楊貴妃」と名付けられている木。夜空の下、妖艶に咲いている。
 淡いピンク色である。楊貴妃のように天下壮絶の美しさという意味であろうか。

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造幣局桜の通り抜け 夜間見学① 2018年春 大阪・京都桜のたび12

 造幣局桜の通り抜け 夜間見学① 2018年春 大阪・京都桜のたび12

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。

  4/14(土曜)京都から京阪電鉄で大阪市内に戻ってきた。エレガントカー連結の特急があったので、七条駅から乗車した。 最初は座れないが、途中から座り、爆睡した。
 大阪の手前で目が覚めた。車窓から大川沿いの桜の通り抜けのぼんぼりの灯りが見える。

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 天満橋駅で降車して地上へ。地下道の人はあまり多くない。案内に従って進む。昨年(2017年)も同じ道を歩いて見に行った。
 
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 周辺地図。
 大坂城からも近い。
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 昨年は「造幣局桜の通り抜け」の桜が見ごろの時期の訪問であった。昨年と比較すると、今年2018年の見ごろの時期は早かったので、私が訪問したこの日は、花見のピーク、見ごろは過ぎていたかも・・・・。
 桜の通り抜けに向かうべく、天満橋を渡って対岸へ。橋がライトアップされている。
 
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 桜通り抜けの並木道、造幣局の門の手前。川側には屋台が軒を連ねている。通り過ぎて歩く。
 雨が強くなってきた。
 

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 葉桜も多かったが、花が残っている 八重桜を撮影。↓
 4月もなかば、なのでかなり散っている。 


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 通り抜けと対岸を結ぶ、橋。随分とトイレがきれいに整備されている。

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 門の付近は、人が多いので、撮影しなかった。
 造幣局の門を入ったところ。コイン販売などのテントが出ている付近だ。
 桜の花びらが、たわわになって、雨に濡れて、こうべを垂れている。春の風雨に打たれる夜桜、風情があるな~。


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大阪 道修町ミュージアムストリート 散策② 2018年春 大阪・京都桜のたび5

大阪 道修町ミュージアムストリート 散策② 2018年春 大阪・京都桜のたび5

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 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 昨年は、大阪の「造幣局桜の通り抜け」の桜がちょうど見ごろであったので、メインだったかな!?。今年もほぼ同じ時期の旅となった。
 
※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。

  大阪市内中心部 道修町。武田科学振興財団の「杏雨書屋」の展示室と特別展示室を見学した。
この付近は「道修町ミュージアムストリート」と呼ばれている。
 この日は土曜日なので、スーツ姿の人は少ないな・・・、と思いつつ、時刻は昼近くになって来た。朝早く出たので、眠いは、腹は減るはで・・・・・。
 

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 杏雨書屋(つまり、武田薬品本社)の道路を挟んで反対側に、目立つお店を見付けた。前回来たときも、この店は目立っていた。この日、土曜日であるが、開いているので、昼食を食べることにした。
 「やまや」という店名。
 

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 ランチの定食のセットを注文。
 高菜、明太子がついているので、魅力的(笑)。

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 値段は千円。魚の定食にした。から揚げのセットもあるが・・・揚げ物はヤメておこう・・・・・。
 明太子と高菜は自由にとって食べることが出来る。高菜は好物なのでありがたい。

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 夜は、明らかに居酒屋の店。私はカウンター席に座った。店内には、大テーブルもあって、大人数で着席できるようになっている。やがて、若い男女が何人もまとまって入って来た。皆、スーツである。ほぼ全員、グレーや紺色のシックな色のスーツ姿。女性は皆、一様にパンツスーツ。この日も仕事のようだ?。もしかして武田科学振興財団の特別見学会か講演会に来た人達かなと思った。
 「高菜、明太子」そして、夜間は「もつ鍋」がメインのようなのだが、各地に店舗はあるが、福岡市内には無いらしい。よって、大阪中心のお店かな

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 早めの昼食をとり、次に向かった。

大阪 道修町ミュージアムストリート 散策 2018年春 大阪・京都桜のたび4

 大阪 道修町ミュージアムストリート 散策 2018年春 大阪・京都桜のたび4


 4/14
 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 昨年は、大阪の「造幣局桜の通り抜け」の桜がちょうど見ごろであったので、メインだったかな!?。今年もほぼ同じ時期の旅となった。
 
※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。

 
 堺市駅の駅前広場近くのビル内にある「ミュシャ館」を見学。再び電車に乗り、天王寺駅に。地下鉄に乗り換えて、北浜駅に。大阪市内中心部にやって来た。
徒歩で、道修町に向かった。地下鉄の駅からは、やや遠いので何分か歩いた。武田科学振興財団の「杏雨書屋」の展示室と特別展示室を見学した。
  武田薬品の本社ビルがある、この付近は「道修町ミュージアムストリート」と呼ばれている。案内のパンフレットもある。昨年来たときは、見学する時間が無かったので、今回こそは、ということでやって来た。
 しかし、地名の文字が読めない。最初は「としゅうちょう」かと思い込んでいた。「道」を「と」とヨミ、濁点にならないのが、ポイント(笑)。
 「どしょうまち」とは、よそ者には、まず読めない・・・・。せめて「どしゅうちょう」かと思ったのだが、見事に「ブー」

 杏雨書屋の後、お隣の製薬会社の展示室を見ようとする・・・・。

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 しかし、この日は土曜日なので、休室・・・、と思いきや、外に見える看板には、「ガラスごしの見学」という。ビルの中は、立派な広い天井の高いエントランスであるが、入ることは出来ない。平日でも入館不可であった。
 杏雨書屋は、特別展示会の開催中だったので、開室しているのを知って、道修町にやってきたので休室は仕方無いと思ってきたが、元々入れず。
 

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↓道修町ミュージアムストリート の案内看板。
 同じ内容のパンフも配布されているので、杏雨書屋で入手した。
元々は大阪製薬株式会社を明治29年?に設立したそう。

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 大日本住友製薬展示室である。ガラス張りのエントランスと展示室。ガラスごしに、お隣の武田薬品、杏雨書屋の入居している建物が見える。
 当時の工場の模型が、ガラス張りの展示スペースの角地に展示されていた。
 「海老江製薬所」と書いてある。

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 「民間初の最大規模・最新鋭の製薬工場を建設」
とパネルに書いてある。明治時代に現在の福島区海老江に工場を建設したので、「海老江製薬所」。

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 明治17年にドイツから輸入されたという、蒸溜缶の実物。

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 日本薬学の父、長井長義博士についての解説と、展示スペースの様子。「DSP ギャラリー」と告知してある。
「P」はファーマシーの意味でしょう。(多分)

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 地下鉄の淀屋橋駅に歩いた。途中、田辺三菱製薬のビルもある。史料館があるのだが、休み・・・・・・・・・・・・・。最近の製薬会社も合併したり、外資が入ったり、買収されたりと、合従連衡が激しい。国際化、グローバル化の波であろうか。それでも、国内製薬会社は海外の製薬メジャーと比較すると規模は圧倒的に小さいという。神奈川県内にも製薬会社の工場、研究施設などがあり、再編、一部移転したり、外資が入って会社名が変更になったり、施設を新築したりしている。子供の同級生で親がその会社に勤務していて、遠方に転勤になった人もいた。事業拠点が変わり、神奈川県内の工場勤務ではなくなったという・・・。
 昔ながらの薬商のままでは、現代の情勢に対応できないということなのでしょうか。
 道修町は北浜と淀屋橋の駅の中間付近なので、駅まで少々歩いた。
 土曜日なので、スーツ姿のサラリーマンは少ない。スーツを着ている人は就職活動中の学生かな。

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2017年春 藤田邸跡公園 (大阪) 散策

 2017年春 京都、大阪、奈良「三都物語」 桜のたび
 4/16(日)
 タイトルの如く京都、大阪、奈良を旅する機会を得た。
 さて、大阪にやってきた。「造幣局桜の通り抜け」の桜がちょうど見ごろであったので、桜の通り抜けを見てから(通り抜けてから)橋を渡って対岸にやってきた。
 
※ 藤田美術館の記事に関連して、先に「藤田邸跡公園」に関する記事を掲載する。

 目的地は藤田美術館だ。公園内を歩いて通過し、向かう。10:15頃に公園にやってきた。美術館は10時開館なので、既に開館時刻を過ぎていた。開館と同時に見学し、奈良に移動する予定であったが、スケジュールが遅れている(笑)。 
 対岸に先ほどの桜通り抜けの並木道がある。造幣局の川側は遊歩道になっているようで、対岸のこちらがわ手前からは、屋台が軒を連ねているのが見える。
 
  大川を遊覧船が通っている。
 ↓ 大川のほとり。下流方向を見る。対岸が造幣局桜の通り抜け

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 別の遊覧船が航行している。優雅な外輪船だ。↓
 外輪船は乗っている人が少ない。試験航行かテレビりロケかなと思った。
 しかし、ロケではない模様。タレントさんらしき人も乗っていなければ、テレビカメラを持った人もいない。

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 造幣局とレンガ色の壁の造幣局の博物館の外観。博物館は通り抜け期間中、閉室している。

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 川沿いを歩いていると、内陸というか、岸から離れた所に門があった。
 ↓ 近寄って見ると「藤田邸跡公園」の看板があった。壁に囲まれた公園で入園は自由だが、開園時間が決まっている。10時から16時までの開園。夕方には扉を閉めるようだ。

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  「旧藤田邸庭園」は、桜之宮公園の一部のようだ。壁に囲まれた部分のうち一部が、大阪市の名勝指定エリアであり指定区域が赤い線で示されている。
 公園化されていて、一部が藤田傳三郎の屋敷「藤田邸」の庭園の跡らしい。

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 門を入る。前日は少し雨が降ったので地面は少しぬかるんでいた。靴が汚れてしまったが。

 ↓ 桜の盛りは過ぎていた。花びらが地面に散っている。

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 庭園には、石組みや川や池の跡がある。川には橋もかかっているが、当時の藤田邸のものではなく、市の指定ののちに造作されたものだろう。水は流れていなくて、汚れているし。水のない池の跡地が野ざらしのになっている箇所もある。
 園内には、名勝指定エリアの表示が無いので、だいたいこの辺が指定エリアかな?と見当をつけて歩く。が、なぜか、名勝指定と思われるエリア、特に庭園の核心エリアは、立入禁止になっていて、荒れ果てた感じだ・・・・・・。昔の藤田邸の庭園の跡ということはわかるが、木が生いしげり、管理されていない・・・・。一体どうしたのだ??。

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↓ 庭園内の石橋と池と石組み。

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↓ 庭園内の木橋というか木道。右には築山があるが、荒れている。

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↓ 庭園内の木道は全く歩くことが出来なかった。かつての立派な庭園の跡ということは分かったが、管理が・・・・。


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 公園内から、蔵が見えた。「ああ、あれが藤田美術館であろう。」と思った。かつては、庭園と蔵は一体で同じく藤田邸の敷地であったが、現在は、庭園と博物館の部分は分離されて、庭園跡は公有地、公園となっている。
 博物館の建物を公園内、うしろから見ていることになる。自分りの立っている公園内には、破損した石灯籠が無造作に置いてあったり、破損した燈籠の石の破片などがまとめて放置されている・・・・。
 せっかくの市の名勝指定の庭園は、ほとんど立入禁止となっていた。川や池の跡地はわかるが、水は抜かれていたり、水が滞留したままで緑色によどんでいる。かつての庭園の築山には木々が茂り、こんもりとした丘となっている。荒地のようだ・・・・・。

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 庭園付近を通過し、広い芝生広場に出た。もしかしたら、かつては邸宅があったから、広い更地になっているのかも。公園内から、先にも見えた蔵が見えた。藤田美術館を今度は、横から見ていることになる。
 ↓ 蔵を横から眺める。博物館の多宝塔が見えた。

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  広い芝生。奥には新しい高層ビルがあった。大川沿いも再開発で高層ビルが建築されている。
 ここは大阪の都心部なのだ。

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 藤田美術館の展覧会「ザ・コレクション」を見るために移動した。公園の門を出る。




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