良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

遠征編 京都

 

本法寺 等伯 大涅槃図 公開 拝観1 2018年春 大阪・京都桜のたび20

 本法寺 等伯 大涅槃図 公開 拝観1 2018年春 大阪・京都桜のたび20

 はて、どこに行くのか、計画をたてていなかった。どこか特別公開などはないかなと考えた。「そうだ、この時期は本法寺で長谷川等伯の涅槃図を公開していた筈だ。」と思い、向かうことにする。
  地下鉄を鞍馬口駅で降りた。西の方角、本法寺へと歩く。
 
 北側の小さい門を入る。
 
 ↓本法寺の境内を歩く。立派な木造の大建築である。見上げるような瓦屋根が印象的。
   

DSC03793
 
 正面の門からの入場ではないため、境内を拝観入口を探して歩く。
 と看板があった。

DSC03794

 
庫裡の入口に
長谷川等伯筆 大涅槃図
「特別寺宝展 入口」と表示があった。

DSC03790

本法寺の由来が書いてある。

DSC03791

お堂の庭に出る。
庭園も有名だそうだ。

DSC03789


DSC03786




DSC03787


 庭ごしに、大涅槃図を展示している建物が見えた。
高い建物だ。まるで、唐の時代の楼閣をお思わせるような・・・。

DSC03788















鞍馬口駅~本法寺(等伯 大涅槃図 公開)へ徒歩移動 2018年春 大阪・京都桜のたび 19

 鞍馬口駅~本法寺(等伯 大涅槃図 公開)へ 徒歩移動 2018年春 大阪・京都桜のたび 19

 はて、どこに行くのか、計画をたてていなかった。どこか特別公開などはないかなと考えた。「そうだ、この時期は本法寺で長谷川等伯の涅槃図を公開していた筈だ。」と思い、向かうことにする。
  地下鉄を鞍馬口駅で降りた。
  西の方角、本法寺へ歩く。
 
 神戸の御影の駅を出たのが、正午過ぎ。食事はせずに移動した。よって、駅の付近でどこか食事をしたいなと思い、「王将」に。鞍馬口駅に近い「王将」は、裏どおりというか、細い道の店舗用建物の1階にあった。

 店内はカウンター席のみのよだった。ほぼ満席。空いている席はないかと、店内の奥に進む。とタバコをふかしている空席の隣に座っているおっちゃんが「ここやで。」と言ってくる。京都のおっちゃんやん。関東風にいえば、おせっかいかな。おおきにと言ったかどうかは、忘れたが着せくする。席の両隣りは狭く、オッチャン達ががつがつ食事をしている。830円のミックス定食を注文する。ニラの肉いため、かかに玉と選べるメニュー。で、かに玉にする。玉子関連の食事ばっかり食べているかに・・・・、ではなくて、「かな。」。スープとごはんがつく。店内はタバコがすごい。容赦なくタバコを吸っている。

 店舗の付近は、細い通りであるが、かつての都の時代からの由緒ある通りではないか?。

 ↓ 晴れてきたぞ。 画像手前には、町屋があったが、写っていない。マンション、店舗、住宅などの混在している地域である。ここが、かつての洛中であるとは画像からでは、簡単に判断できないであろう。何の変哲もないどこにでもある、現代ニッポンの街並みだ。

IMG_1970



 食事の後、更に歩く。10分くらいで本法寺の北側に到着した。公園があり、付近には休憩中のタクシーが何台も停車している。運転手の威光の場なのであろう。先程、油モノを食べたせいか、なぜか、急に腹が痛くなった・・・・。公園に公衆トイレがあったので駆け込む事態に・・・・。天気がよくなったせいかな?・・・(関係ないか・・・)。

 道路からは、壁の内側に立派な瓦屋根の本法寺の庫裡などが見える。
 小さい門を入る。正面の門は南側であろう。 駐車場のようになっていて、車を停めて拝観をしている人もいます。 参拝者専用の砂利面駐車場であろうか。
 
 ↓本法寺の門。付近はお寺が多い。 

 

DSC03785


















特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 鑑賞4(最終)  京都国立博物館

2019年4月29日 特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 鑑賞4(最終)  京都国立博物館

 
  清浄光寺(遊行寺)の所蔵品である、「国宝 一遍聖絵」を中心とする特別展。
 2階にハイライトとなる、「国宝 一遍聖絵」が展示されていいた。順番に鑑賞していく。

 第6巻は、第1段の部分の展示。絵は三尺くらいの長さしかない。詞が長い。第6巻は例の「江ノ島断簡」として切り出しされた部分である。片瀬の浜辺で櫓を組んで、踊り念仏を行う(遊行する、というのかな。)のシーンであった。「江ノ島断簡」は写真パネルでしか見たことが無い。

 第7巻は、東京国立の所蔵品 独立している国宝である。前期は、全巻展示である。よって、途中で巻き巻きしていない。

 ↓ 館内は撮影禁止であった。
  画像は 2015年11月 東京国立博物館で公開された当時のもの。(管理者撮影)

 
DSC05582

 ↓ 2015年11月東京国立博物館で撮影。 国宝「一遍聖絵 巻七」(管理者撮影)


DSC05580


↓ 2015年11月東京国立博物館で撮影。 国宝「一遍聖絵 巻七」(恐らく)(管理者が撮影した)
   巻末に「補之・・・・当寺・・・」と記してある。国宝の現物だったか、別の作品だったか忘れた・・・。

DSC05581

 第7段の踊るシーンは、まさに「ハイライト、クライマックス」ですね。
 巻7の流出した経緯も解説で書いてある。2015年11月にも流出の経緯を読んだと記憶している。「江戸時代に京都、西奉行所の役人が持ち出し、明治維新後は、税所子爵の手に渡り、更に原三渓が購入し戦後、東京国立に所蔵されることになった・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」そうだ。

 2階の展示室は、廊下やそこに設置してあるベンチからは、シー(see)スルーで1階の吹き抜けの部分の展示室を見下ろすとこができる。ベンチで座って休憩するが、付近には私以外に看視員しかいない。鑑賞者が少ないので、展示室内(といっても京都国立の2階の展示室は厳密に壁があるわけではなく、廊下とつながっている開放型の凹型展示室である。)のこれら国宝もほぼ独占で鑑賞できる。大型連休なので、皆、どこかに出かけてしまって、都市の「箱モノ施設」には来ないのかな・・・・。

 第8巻 舟に乗り海上に出るシーン。久美浜(鎌倉の近く、ペリー来航で有名なだったか、久里浜だったかな?、と誤解してしまった・・・・。)から舟に乗る。龍が出現する場面だ。まるで、クジラが海面に出てくるような感じだった。
 舟に乗って、日本海側、山陰地方の巡回となっているのだ。すると日本三景のひとつ、天の橋立も訪れていることだろう。現在の岩手県の祖父の墓も訪れているし、そのときに松島は行ったのだろうか?。
 次いで、第9巻  覚えていない・・・。
 第10巻 安芸の国に場面は移動する・・・。厳島神社の場面。今とほとんど社殿の様子は変わっていない。
 日本三景も場面に入っているのですよね。今から700年以上も昔の鎌倉時代でも参詣必須の風光明媚の場所であったのだろう。
 第11巻 阿波の国に上陸するシーン。ここで発病している。療養し、再び・・・摂津に渡るようだ。いよいよ最終のシーンは近い。
 第12巻の第1段と第2段が展示されている。
 いよいよ、一遍の死の場面に・・・・・・。解説には「臨終が近くなり、・・・・紫雲が立つ・・・・・」と死を予感させる。
 摂津の国、現在の兵庫県西宮市付近の神社で快癒を祈るシーンの描写である。
 臨終の場面は後期の展示であるので、前期では現物の展示は無い。巻いて見えないようになっていた。

 近代以降の複製も展示しているので、臨終の場面も見ることは出来、連続して鑑賞した気持ちになることができる。もっとも12巻については、遊行寺宝物館で会期の最後近くにて、末尾の部分を見たとこがある。
 今回の展示での解説でも、「一遍の臨終後、7人の信者が(あとを追って)入水した・・・・。」という文章があった。現代感覚では何とも怖い結末である・・・・。

 2階に展示してある絵巻を最終の第12巻まで鑑賞した。
 途中、一遍が廻った諸国の日本地図が掲示してある。順路は現在の西日本が多い。東日本、鎌倉や陸奥の国にも足を運んでいるが、伊予の国の生まれで、少年の頃に大宰府に行き、熊野に行き、摂津で没しているので諸国の布教というか、巡回は西日本が中心である。
 時計をみると18時3分前。鑑賞を終えた。この辺で切り上げようと余裕をもって、1階へ階段をおりる。やっぱり、1階を先に見ておいて正解でした(笑)。

 18時に閉館の案内となった。1階のエントランスの売店(つまり、ミュージアムショップ)で少し商品を見て退出。
 
↓ 18時過ぎに、平成知新館を退出した後、京都タワー方面。
  GWに来たときに、以前も書いたと思うが、この季節、ツヅシがきれいに咲いている。

 
IMG_5294

 
  屋外に設置さていた看板の拡大。 次回、秋まで特別展が無い。
 10/12(土曜)から「佐竹本 三十六歌仙絵 王朝の美」の予告。

 
IMG_5289

 閉館直後の門前の様子。西日本、京都は関東と違って、18時でも全然、関東地方よりも明るいぞ。
 雨が強くなってきた。この後、夜半にかけて強い雨となった。

IMG_5296

 
 あーあ、歩き疲れた。ふたたび、京都駅に戻る気力が無い。傘をさし、七条駅に向かって緩い下り坂を歩き、七条駅の地下に潜った。
 (おしまい。)

 

特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 鑑賞3  京都国立博物館

2019年4月29日 特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 鑑賞3  京都国立博物館

 
 1階からエレベータで昇る。3階に来る。入室して展示を鑑賞開始。本来は、ここからスタートであるが、先に1階を見た。3階の入口付近には看視員がいない。昨年秋の「京のかたな展」では、ここ3階のフロアには、あんなにたくさんの人がいたのに・・・・・・・・・。

 1階の館内の表示には「第4章」 「歴代遊行上人と遊行 時宗の広まり」と第5章「時宗の道場とその名宝」と書いてあった。しかし、展示のスタートである3階の展示の章や展示テーマは忘れた・・・・。(あとで、博物館だよりで確認したら第1章は「浄土教から時宗へ」だった。)

 最初の展示は、遊行寺(正式には清浄光寺)の「空也上人立像」。これは遊行寺宝物館に展示してあった。入口のガラスドアを入ってすぐのケースにあった。室町時代の作品というのに、文化財指定が無いことを不思議に思ったものだ。「空也上人」を尊敬といか、崇拝というか、時代は違うが一遍の理想、目標とした人物であったから。
 次いで 壁のガラスケース内の展示を見る。重要文化財「二河白道図」。重要な作品のようだ。島根県の萬福寺所蔵。描け軸のようになっている仏画である。仏が2人いる。川が輪がれている。赤い河と黒いというか、紺色の河が画面上から斜め下に描かれている。火と水を現して、阿弥陀様と釈迦を描いているようだ。特別展のパンフレットにも画像が掲載されているので、時宗と阿弥陀信仰というか、浄土の教えに関して重要なものなのであろう。
 ついで、浄土宗の祖、法然の画像。二尊院の所蔵。紅葉でも有名なお寺であったかな。しかし、顔料が剥落していて、法然上人のお顔は判別しにくい。
 
 二番目の展示室に。
 真教上人の像がある。重文、福井のお寺の像。最古の真教像という。真教上人についての展示が多い。つまり、一遍の没後、時宗を広めた上人に焦点をあてて、展示、解説しているからであろう。
 上人の坐像、肖像画(頂相というのかな・・・。)は、いくつも展示されていたので、どこにどの坐像、画像が展示していたか、覚えていない。記憶があいまいで、間違って書いているかも・・・・。主に1階の奥の展示室では、木製の坐像、三階などでは、画幅の画像、西洋的にいえば肖像画の展示だったかな。

 二階に階段を下る。国宝 一遍聖絵はこのフロアのガラスケースにて公開されている。
 奥の展示室は重文指定、のちの時代の制作になる一遍上人縁起絵(絵巻)の展示だったと思う。ざって見て、移動した。

 国宝の展示されているガラスケースの前に来る。
 一遍、時宗に関連する年表を掲示している。「一遍は 伊予の国の生まれ」と解説がある。改めて、一遍が伊予の国(現在の愛媛県、松山市道後のあたり)の生まれであることを認識。今年の正月に道後温泉に行ったときにも改めて認識したのだ。
 第1巻の第1段が展示されている。詞の部分と絵の部分の巻物が開いていて、途中から丸まって見ることができようようになっている。
 現在は冒頭の部分の展示。
 今は「前期」の展示期間、「全段」公開ではないので、「後期」に展示場面替えをするのである。
 
 続いて、隣のガラスケース。第2巻の第1段と第2段が展示されている。4尺くらいの絵が開いているといったところかな。段詞は「文永十年」と年号が書いてある書き出しだったような・・・・。
 絵の場面は「伊予の桜井で、聖戒と別れる場面」である。つまり、現在の今治市、西条市のあたりの桜井海岸付近でのシーンということだろうか。故郷の、松山市道後付近からはやや離れたところにある地名。
 聖戒については、以前遊行寺宝物館での展示でも解説を読んだことがある。しかし、詳細は忘れた・・・。 
 特別展のパンフをみると、「伊予の奇岩の山」ではしごをかけて断崖山頂の社にのぼって修行する一遍の姿が紹介されていた。しかし、ボクの記憶にはあまり残っていない。奇岩の周囲の山の緑青の顔料の緑色が鮮やかだったと記憶はしているが・・・・。

  第3巻は第1段の展示。後期の展示は第3巻の「第2段と第3段」の展示という。巻によって、長さが違うので、均等に前期と後期で半々展示で巻物を広げるという訳ではない。
  特別展のパンフにも画像掲載があるが、熊野権現の参詣のシーンである。熊野本宮大社の長方形の、平地にある境内と建物の配置の描写が印象的である。舟をりて、3つある社殿のうちのひとつにお参りするシーンだったかな??。一遍の参詣当時は当時の熊野川の中州部分に造営されていた境内の描写で、現在のように山の中腹に造営された現在の社殿では無い。
 この個々のシーンは以前見た印象も残っていて、覚えている。特に熊野には行ったことがあるので、身近だ。
 公開されている部分の末尾には、那智の大滝も描いてある。

 第4段は絵が三尺くらい公開されていたかな。「備前福岡」のシーンだ。すっかり、刀剣女子のおかげもあって福岡の地名の由来、大名 黒田氏の発祥の地、太刀「福岡一文字」でも有名になった。
  第5段は、東国へのシーン。下野の国のシーンと白河の関を越えて、自分の祖父の河野××の墓へお参りする絵の場面である。以前、この付近の場面は遊行寺宝物館での公開時に説明も含めてじっくり見たので、今回は軽く見て先に歩く。

 ↓ 屋外に設置されていた看板の拡大。 
 
IMG_5288

 閉館直前の館内の様子。日が長い。外は18時でも余裕で明るい。
 
IMG_5292


 

特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 鑑賞2(と安祥寺 新指定国宝 拝観) 京都国立博物館

2019年4月29日 特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 鑑賞2(と安祥寺 新指定国宝 拝観)  京都国立博物館

 1年前の4月は、「池大雅」の特別展。そして、昨年の秋は特別展「京のかたな」。それ以来の訪問だ。
ロビーに入ると比較的、すいている。昨年の秋の「刀剣女子」の熱気は無い・・・。展示室は1階から見る。通常は「3階から見るように」言われるが、いつも1階で「時間が無い 無い!!」とせわしく見ているので、今回は1階から先に鑑賞することに。 
 1階の天井の高い、吹き抜けのスペース。先程、時別公開で拝観した安祥寺所蔵の今年(平成31年度)新規指定(答申)の国宝の仏像「五智如来坐像」2体が展示してある。「国宝」の表示になっている。先に東京で3体見た。京都で2体、合計して5体すべてを拝観した。坐像で、蓮の花のような模様を施した円形のような台にのっかっている。台坐は彫刻がほどこされているので、厳密には、円ではないのだが。
 その他の広いスペースには同じく仏像の展示がある。

IMG_5290

 1階の奥の展示室に。坐像が展示してある。歴代の時宗の上人様の木像である。展示は、真教上人の木像がが中心のようだ。特別展のパンフレットにも画像が掲載されているし。
 時宗を広めた功労者として、著名なのであろう。遊行寺を相模の国、鎌倉郡(のちの藤沢の宿場町付近)に開創した呑海上人の像は無かったと思う。藤沢の遊行寺宝物館で、呑海上人の話を聞いたことがあるもので。

 館内の表示には「第4章」 「歴代遊行上人と遊行 時宗の広まり」と第5章「時宗の道場とその名宝」と書いてある。しかし、展示リストには、章や展示テーマは書いていないので、分かりにくい。

 1Fの壁にあった大きなパネル。上に真教上人坐像の画像が掲載されている。
 
IMG_5293

 上人の坐像では、広島県のお寺の所蔵品も展示されていた。常称寺と西郷寺である。現在、本山のある神奈川県の蓮台寺や京都のお寺の所蔵の像も展示されている。神奈川や京都のお寺に所蔵されているのは、わかるが、どうして広島県のお寺の所蔵なのか?。常称寺と西郷寺広島県でも尾道市のお寺である。海上交通の要衝で、商業の栄えた尾道では、時宗も広く信仰されたのだろうか。

 ついで、南側の例の広い部屋に。展示室に入ると長い平ガラスケースに絵巻物が展示されている。入室してすぐに「人が少ない・・・・。」と感じた。展示室内には、私以外に2人くらいしかしない。すらっとした主婦らしき女性の観覧者が私の順路の前に一人いて、あともう一人のみ・・・。更に、紺色の制服姿の女性看視員が1名・・・・。これほど空いている特別展は、ここ京都国立では初めてである・・・・。1つの展示室に渡しと看視員を含めて4名くらいしかいない。
 時宗と京都はその発祥、布教などの歴史的経緯では密接な関係があるが、現代においては「関東が本山の宗派」であり、寺院の数が多い禅宗や浄土真宗でもないので、マイナーであることが動員入館者にも影響しているようだ??。
 ガラスケース内の絵巻物は、浄阿上人絵伝や重要文化財「遊行上人縁起絵(金光寺本)」。それぞれ、16世紀、14世紀の古い絵巻物であるが、絵の彩色は鮮やかだ。街や村落を布教して歩いている様子の横に長い絵巻物である。
 
 1階を順番に展示を見学していく。
 有名な後醍醐天皇の肖像も展示されていた。昨年、展示室内には、私以外に1人と紺色のスーツの看視員1名が廊下側に座っているくらい・・・。昨年、藤沢の遊行寺宝物館で、見たのだが、もっと人はいた、あのときは。「限りなく国宝に近い重要文化財・・・・」という解説だったのに、ここ京都でのせっかくの特別展であるのに、鑑賞者が少ない(別の時間帯や日にちでは、混雑していたかもいれないが・・。)。
 次いで各地のお寺の所蔵の文書、道具類、仏像、仏画の展示がある。阿弥陀如来、地蔵菩薩の仏像が多い。よって、本尊などこれらの仏像を信仰していたのであろう。

 次いで、係員にいつも言われるように「三階に」行くことにした。すているので、エレベータで昇る。
 三階に来ると展示が始まる。
 
 入り口ケートの通過時から入館者が少ないと感じていた。入り口付近では、人がいないので入館後、すぐに振り返って撮影できた。今までは無かったことだ。
 
IMG_5283

 平成知新館に歩いたときも入館者は少なかった。
 ツツジがきれいだな~。

IMG_5285



 

 

特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 鑑賞1 京都国立博物館

2019年4月29日 特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 鑑賞1 京都国立博物館

 京都 山科「安祥寺」と「毘沙門堂」の春の非公開文化財特別公開(特開)の見学を終え、山科駅に戻って来た。既に夕方の4時過ぎ。残るは、夕方の時間帯まで開いている「国立博物館」でしょう
 山科から16:26発のJR電車に乗り、京都駅に移動。最初は、地下鉄で三条京阪まで行き、乗り換えていつもの七条駅で降りるのかなあと一瞬思ったが、山科と京都は5分程度だし、多少歩いても(バスの方がよかったかも・・・。)時間は早いかなと考えた。
 山科側の地下改札を出る。いつもの、地下鉄乗換口の近くだ。工事も完成して久しい。地下街を抜けて、地上に上がり、バスには、乗らず歩く。バスを待つよりも、歩いた方が速いよ。オレの場合は。

 鴨川の橋の上より。「京都国立博物館」へゆるやかな坂を登る。特別展にやってきたぞ。 
 曇りがちではあったが、ポツポツと雨が降って来た。
 
IMG_5282

 ↓ ポルタの地下街から、地上に出た。


IMG_5281


 私にとっての「平成最後の春の京都散策」のトリを飾るのはココ京都国立博物館(笑)。
 時刻は16時55分ころ・・・・。東博の年間パスを窓口で提示して、1300円で入場券を購入する。本来は1500円。すべての国立博物館で年間6回まで特別展で使用できた年間パスが廃止されて久しい。
 入館したのは(お庭を歩いて平成知新館に)16時57分だったかな?(笑)。
 なんやかんやで、京都駅から京都国立博物館の平成知新館入館まで徒歩で20分以上かかった。(かなり早足でも。)標準時間としては、30分はかかるな。

 今回は京都のみでの開催。会期は 「6/9まで」である。前期での入場だ。この日は、金曜と土曜日の夜間開館日ではないため、18時で閉館。よって、見学可能時間は約1時間である。

 今回は東京、関東地域でのでの開催は無い。なぜ「京都のみで開催」と私が強調するのかというと、2015年の秋に神奈川県の遊行寺宝物館で「国宝 一遍聖絵」の「全巻公開」の展示が開催されたのだ。あのときは、ウチから自転車で見に行った。他にも金沢文庫や神奈川県立歴史博物館でも分散展示開催があった。東京国立博物館では、その所蔵で別途国宝指定されている「第7巻」や関連文化財も展示された。
 よって、国宝 一遍聖絵の全部の場面(「全段」と呼んでいる)はともかく、12巻すべて一度は見たことがあるのだ。 


IMG_5286


  2015年の全巻公開からわずか2年半で、再びの全巻公開となった。国宝の12巻の全巻が公開されるが、一度に全場面、つまり「全段」が同時公開では無い。あと、東京国立博物館の所蔵で別途国宝指定されている「第7巻」も展示される。(前期に。後期展示は12巻のうちの遊行寺所蔵国宝のうちの1巻。)

 当時の私の記事から引用するが新聞の地元版の記事では「・・・・準備は9年前から始められ、(一遍聖絵の)「全巻同時公開」は初めてのことで、「恐らくこれが最初で最後の全巻公開になるであろう。」とのこと。」と書いてあったのだ・・・・。
  しかし、たった2年半での再びの「全巻公開」となった・・・・。あのとき言われていた「最初で最後・・・・」ではなかった・・・・・・・・・、ということは、これからも「全巻公開」は、時折あるでしょう
 自宅から一番近い国宝ですね。次に近いのは川端康成旧蔵(現在は川端康成を記念する財団法人所有)の国宝である。もっとも「鎌倉大仏」の方が、やや手前かな。。。
 「一遍上人絵巻」と以前は、記憶していたが、実際の国宝指定名称は「一遍聖絵」であり、今回の特別展でも「一遍聖絵」となっている。「しょうえ」ではなく「いっぺん ひじりえ」である。

特別展覧会「国宝」 第Ⅲ期 鑑賞2 京都国立博物館

 2017年11月4日 特別展覧会「国宝」 2 京都国立博物館

  特別展覧会「国宝」を見学のため再び京都国立博物館にやって来た。前回の訪問からちょうど1週間(笑)。今回は「第三期」を見学、鑑賞する。

 今回は「金印」が目玉である。館内に入ると、金印を最前列で鑑賞するための行列が出来ていた。しかし「待ち時間10分」はなく、すぐに入館できた。歩いて移動して疲れたので、1階の東側の廊下に設置されている長いすで休憩。長いすのあるところは、、御存じのように広ーい、長ーい廊下なのだが、人は少ない。その裏手の壁の向こうの展示室内の混雑がウソのようだ。よって、しばし休憩する。入館したのは、午後4時半前。(この日の閉館時刻の夜)8時までは、まだまだ時間があるぞ
 

 ↓ 鑑賞前にしばし窓に面した廊下に設置されているイスで休憩。 
   既にこの時点で歩き疲れていた。館内の展示室は混雑しているが、不思議なことに廊下には人がいない・・・。廊下に全く人がいないシーンの画像が撮れた。奥のレストランが営業しているのかは、結局この三回に及んだ特別展覧会「国宝」の鑑賞において確認が出来なかった(苦笑)。 

DSC02228

 イスの傍らに「伝源頼朝像」の看板があった。 

DSC02234

 「金印」についての告知看板もあった。
 「最後尾は2階」と書いてある。展示は3階である。

DSC02235

 イスに座って、「国宝」に関する映像を見る。前回訪問時も少し見たかな。博物館の外の庭園では人でにぎわっている。夕日が思いっきり、当たっている。秋の夕日、眩しいな~。

DSC02227

 さあ、鑑賞開始だ。三回目(くどい・・・笑)の。
 階段で3階へ。「書跡」から鑑賞する。第Ⅰ期や第Ⅱ期の混雑度に比べると随分と「混雑具合」は少しだけ落ち着いていたかな。最初の展示室なので相変わらず人でガラスケース前は一杯だったけど。
 途中、2階には本当に金印を最前列で鑑賞するための行列が出来ていた。階段の上、3階にも行列がつながっている。3階の通路横、2階吹き抜けの柵の横に行列している。行列は奥の展示室に続いている。
 「金印」の威力はすごいな。3年前の「日本国宝展」でも国宝展示期間中は大混雑だったと記憶している。(この期間は東京国立博物館に訪問をしていないが。)

 最初展示は「真草千字分」智永筆。空海の弟子の密教関連の文書と思っていたが、全く違った(苦笑)。説明によると智永は王義之の末裔にあたる人。王義之の最古の写本であるそう。2013年に「王義之」の展覧会で見たことがあったかな?。覚えていないが・・・。
 (「義之」は便宜上、現代漢字に置き換えて表記した。)
 「漢書楊雄伝」の展示がある。開いてある部分にははっきりと「漢書楊雄伝 巻五十七」とかいてある。年号は天暦二年五月廿一日と書いてあったような。漢書の中の伝記のひとつと思う。

 島状に設置されている長い平ガラスケース内、壁のガラスケース側には「日本書紀 巻第二十二」の巻物が広げてある。実は日本国宝展でも見たことがあるのだが、全く覚えていない・・・。
 「日本書紀」と反対の通路側(2階の吹き抜け側)の平ケース内には「御堂関白記」の展示がある。この部分を見たことがあるのかは、覚えていない。世界記憶遺産に登録されたのを契機に私も何回か鑑賞する機会を得た。
 
 「金印」は「考古」の展示室内に展示されていた。「そうか、金印は弥生時代??(日本でいう)の出土品だから考古のカテゴリーだな。」と改めて理解した(笑)。

 「考古」の展示室は、前回「火焔型土器」が展示されていたガラスケースには茅野市の「縄文の女神」の土偶が展示されていた。展示替えではなくガラスケースそのものを移動したのかは知らない。
 金印は更にその奥に展示されていた。最前列はロープが張られて並んだ人のみが鑑賞できる。ロープのうしろからは、自由に観覧できる。後列はすいている。さほど混んでいない。あれ、所蔵する「福岡市博物館では金印の撮影はできたかな?。」と考えた。たしか、撮影は一定条件の下では可能であったような・・・・。(福岡では)広い天井の高い、エントランスのような展示室内に方形のガラスケースに収まって展示されていたと記憶する。当時私はデジカメを所有する前だったので、元々、「金印」の実物を見たことすら忘れていたのだけどね(苦笑)。
 私は後列から「金印」を少しばかり見て、本当に小さい金印の存在を確認し、次の展示室、2階への階段を降りた。
 次は2階最奥の「仏画」の展示室。
 前回から展示はがらりと変わった。注目の文化財も展示されていた。目玉は曼殊院の「不動明王像」(黄不動)であろう。過去に展覧会などで鑑賞、拝観する機会のあった方も多いと思うが私は初めてであった。
 3年前の11月に訪問した「三井寺」の特別公開の拝観券に印刷されていた不動明王のお姿とほぼ同じである。拝観券はカラー印刷ではなかったが、今、私の目の前にある「不動明王像」(黄不動)は三井寺の不動明王像を写したものといわれるゆえんが理解できた。



 ↓ (イメージ画像) 入館し、展示室を鑑賞する前に見た京都国立博物館の庭園と門(画像、右側)


DSC02233



特別展覧会「国宝」 第Ⅲ期 鑑賞1 京都国立博物館

 2017年11月4日 特別展覧会「国宝」 第Ⅲ期 鑑賞1 京都国立博物館

  特別展覧会「国宝」を見学のため再び京都国立博物館にやって来た。前回10月28日の訪問からちょうど1週間(笑)。今回は「第三期」を見学、鑑賞する。11月の三連休の2日目、土曜日の訪問である。
 「何回来れば気が済むのか?。」自分でもあきれているよ・・・・(苦笑)。家の者もあきれているしね・・・・・。よって、(あきれている家族に配慮して!?)なるべく費用をかけないため、飛行機のマイレージを利用して伊丹空港から京都入りした。時間は度外視で(笑)。横浜を起点にするならば京都までの移動は飛行機よりも新幹線の方が圧倒的に速い。 
 言い訳であるが元々は「国宝展の第二期は来ない。一期とせめて三期の2回は来たいな・・・。あとは、後年の機会あるときに・・・・・・・。」と思っていたが、ご周知の通り大徳寺龍光院の「曜変天目茶碗」が展示されたのでイレギュラーで台風の間隙をついて京都国立博物館やって来たのが先週の事(苦笑)。こんなに来て、大丈夫かな?、オレ・・・・・・・

 先週は、台風の迫る中、雨脚の強い時間帯の入館だった。やや冷たい雨の降る中の入館であったが、あれから一週間たち、この日は晴れていた。しかし夕方には雲がやや出てきていたが、穏やかな秋晴れだった。
 「小春日和」かな。この日は七条の駅ではなく、東福寺の方面、東海道線の線路から智積院前を歩いてアプローチした(笑)。東福寺付近から博物館までは私の足で15分くらいかかった。10分くらいで着くかなと思ったが、存外遠かった。東山の斜面の途中なので、夕日に照らされる京都の市街地がビルの合間から見える。

 
 館の敷地の南東の端、つまり妙法院や智積院に近い坂の上近くの柵には大阪・金剛寺所蔵の「仏像」の画像が大きく看板で表示されていた。「一番新しい国宝」のコピーが。同仏像は、特別展「国宝」が始まる前から展示があったと記憶している。昨年私が来たときにも1階の吹き抜けのフロアーで展示があった。今回も同じ場所で展示があった。今年だけでこの日を含めて3回鑑賞したことになる。都合4回目の鑑賞になったのかな(笑)。


DSC02221


 ↓智積院の道路を挟んで西側の歩道を歩いて博物館へ歩く。
 博物館の敷地の柵が見えた。博物館よりも坂の上は「国宝」ののぼりが無い・・・。「のぼり」は七条駅から博物館までの特別な掲揚のようだ。


DSC02220

東側から坂を下ってのアプローチ。駐車場は当然ながら満車。この展覧会の期間中、ここに駐車するのは至難の業であろう。

DSC02222

 坂の上の入口。小さい入口である。今までこの通用口のような入口は気づかなかった。
「待ち時間は10分」と書いてある。


DSC02223

 今回は「金印」が目玉である。館内に入ると、金印を最前列で鑑賞するための行列が出来ていた。しかし「待ち時間10分」はなく、すぐに入館できた。歩いて移動して疲れたので、1階の東側の廊下に設置されている長いすで休憩。長いすのあるところは、、御存じのようにひろーい、長ーい廊下なのだが、人は少ない。その裏手の壁の向こうの展示室内の混雑がウソのようだ。よって、しばし休憩する。入館したのは、午後4時半前。(この日の閉館時刻の夜)8時までは、まだまだ時間があるぞ。
 
 正門の前は人が多かったが、券を買うための列はほとんどなかった。
 雲がはれて、三十三間堂の向こう側から、急に西日が差してきた。眩しい!!。秋の淡い夕日に照らされている。
 
DSC02224

 本館に入る。晴れていると入館が容易だ。チケットを購入した後、傘をさして雨の中、館の入口まで歩く必要がないので。
 第Ⅱ期の目玉、龍光院の「曜変天目茶碗」は展示が終わっていた。あの、喧噪がウソのようだ。1階の茶碗というか、陶磁の展示は国宝「油滴天目茶碗」が展示されていた。第Ⅱ期に龍光院の「曜変天目茶碗」が展示されていたガラスケースにである。
 最前列で鑑賞するための列もあった。ロープを張っていた。最近「油滴天目茶碗、展示されることも多い。大阪市の東洋陶磁美術館所蔵である。ただ、行列の長さは龍光院の「曜変天目茶碗」には及ばない。やはり「公開頻度」が違うためであろう。



特別展覧会「国宝」 第Ⅱ期 鑑賞1 京都国立博物館

 2017年10月28日 特別展覧会「国宝」 第Ⅱ期 鑑賞1 京都国立博物館

  特別展覧会「国宝」を見学のため再び京都国立博物館にやって来た。20日ぶりである。前回の訪問から3週間も経過していない(笑)。今回は「第二期」を見学、鑑賞する。 
 元々は、第二期は来れないかな、と思っていたが、皆さんご周知の通り大徳寺龍光院の「曜変天目茶碗」が展示されるというので、やって来た。
 開催の約1か月前、9月上旬時点で特別展覧会「国宝」のウェブサイトに掲載されている展示品リスト(PDFのデータ)には大徳寺龍光院の「曜変天目茶碗」は記載されていなかった。(私が見たところ。)その後、更新された展示作品リストにはなんと「龍光院 曜変天目茶碗」が掲載されていた。私が今年4月の時点、大阪で聞いていた予言は本当だったのだ。
 前回、第Ⅰ期の見学は三連休の最終日だった。見学後、車で京都東インターから名神道で帰ったのだが、博物館近くの駐車場からインターまで30分かかったし、名神道に入るときから渋滞・・・。更に、その先「いつもの如く」お約束(笑)の亀山JCT手前から~四日市付近までの大渋滞。懲りた・・・。
 今回は新幹線での日帰りであった。新横浜から京都までは「のぞみ」で、たったの2時間。速いなあ、新幹線は。この日は土曜日。20時までの夜間開館を利用して見学する。台風が接近しているというので雨が降ったりやんだりの天気だった。台風接近のピークは翌日の日曜日らしいので、一日前の訪問で助かった。もしかしたら、翌日の日曜日の午後か夕方以降は、新幹線が止まることもあるかと思ったし。日曜日の閉館時刻は18時であるし。
 
 ↓ 冷たい雨の降る博物館入口。館外の発券なので、一旦傘をとじて買う。大人一人1500円。自動券売機で購入した。再び傘をさしてゲートに並ぶぼうとするも、折り畳み傘しか持っていなかったので、カバンにしまいこんでしまっていた。「もういいや。」と思い雨にうたれたまま列に並ぶ。


DSC02014

 半券をちぎってもらって、入場した後は、再び屋外を100メートル??は歩く必要がある・・・・。雨脚が強くなってきた。ノーアンブレラ(笑、つまり傘無しっとこと・・・。)で歩くのは「耐えられない」と思ったときに、入口ゲートと本館との連絡用の傘があった。拝借して本館の入口まで行く。

DSC02017
 
 本館に入る。 館内には龍光院の「曜変天目茶碗 展示中」や「曜変天目茶碗 こちら」と看板が出ていた。第Ⅱ期の目玉展示なのですね。
 最前列で鑑賞するための行列が1階に出来ていた。広い吹き抜けになっている長方形の「仏像」展示室の壁沿いに行列はあった。係員が「最後尾」というプラカードを持って案内をしている。曜変天目茶碗は1階、一番奥の展示室に展示されていることが判った。「こりゃ、30分以上待つかな??。」と感じたので、とにかく後列で鑑賞しようと奥の展示室に歩いた。「偵察」も兼ねているが(笑)。
 展示室の真ん中にガラスケースがあり、曜変天目茶碗が展示されている。「小さい。」が感想。側面は黒くて光っていないため余計に地味で小さな茶碗にしか見えない。行列に並んで進んだひとのみがじっくり、鑑賞できるのだ。かがんで最前列で見ている人の様子はうらやましいな~。並んだ者だけが得られる権利?だから。
 後列にも人だかりが出来ている。見学者は年配の男性が多いと思いきや、若い人も含め女性が多い。茶道を嗜むのは現在では女性の方が多いことも理由のひとつかな。
 後列から背伸びをしてなるべく茶碗の底の方を見る。内側の側面、湾曲の部分はキラキラと光っている。見る方向によって、光る具合が違う。反対に外側は、黒くて光る模様はない。地味だ。女性の見学者が多いためか、後からでもお椀の内側が十分に見える。 
 1階の別の展示室を見る。
 
 「3階の展示室は、混雑しているので2階からご覧くださーい」と係員が案内しているので、2階の展示室から見ていく。
 「六道と地獄」の展示室は、新たな展示があった。ガラスケースの前は、並んでいる。後ろから背伸びして見る。
  「餓鬼草子」東京国立博物館蔵。岡山の河本家に伝来した巻物だそう。
 隣に「餓鬼草子」京都国立博物館蔵 岡山の領主 池田家の菩提寺、曹源寺に伝わったものと説明がある。
 隣の展示作品と河本家は
 街で暮らす人々を描いたような巻物。が、道端に怖い餓鬼が出現している様子。
 別のときに見た書籍では、「排便しているところに」餓鬼がやってきて食べている、と説明があったが、展示作品の前ではそこまで詳しい説明は無かった。
 当時の 飢餓や疫病の流行、身近な死など人々の不安を表現しているのでしょう。当時は、科学的な理由は知る由もなかったでしょうし。ただ、神仏に祈ることしかできなかったのでしょうか?。
  「餓鬼草子」が東京と京都の所蔵、二種類ある。元々は蓮華王院宝蔵庫のもので、分割、分断されて所蔵されたのであろう。
 行列の中でお母さんが小学生くらいの息子に「生きている間にワルイことをすると、死んだあとに地獄に落ちるよって、その地獄を描いた昔の絵だよ・・・・。」と解説している。
 中世絵画の部屋へ。
 近世絵画の部屋へ。等伯の絵は入れ替わり、久蔵の作とされる 「桜図」の展示がある。

 ↓ 館外に設置されていた 特別展覧会「国宝」の看板の拡大。長谷川等伯、その子久蔵筆「桜図壁貼付」
 
DSC02011

↓ 館外に設置されていた 特別展覧会「国宝」の看板の拡大。長谷川等伯、その子久蔵筆「桜図壁貼付」
  桜の幹の部分と花。
 
DSC02010



特別展覧会「国宝」 第Ⅰ期 鑑賞2 京都国立博物館

 2017年10月9日 特別展覧会「国宝」 第Ⅰ期 鑑賞1 京都国立博物館

 照明が暗い。展示リストを確認しようとしても暗いので、判読できない。展示室内の端では、スポットライトが天井から照らされている箇所があるので、ライトが照っている所に行って、確認する。特に考古の展示は、通期展示のところは飛ばして、展示期間の限られている展示品を優先して見る。


 3階の大混雑を抜け、2階に降りる。
 2014年の「平成知新館」リニューアルオープン時に神護寺所蔵「伝頼朝像」なとが展示された部屋だ。
 あのときは、「思ったよりも大きいな」という月並みな感想だった(笑)。
 今回は「仏画」ジャンルの展示である。
 最初は「釈迦金棺出現図」京都国立博物館所蔵 。お釈迦様が金の棺に入っている様子を描いた画像。
 次は「釈迦如来像」神護寺所蔵。先程まで拝観していた神護寺の所蔵。
 赤い衣を見にまとった、お釈迦様の姿だった。タテに長い仏画である。
 「普賢菩薩画像」東博所蔵 は、2014年日本国宝展で画像がウェブサイトに掲載されていた。しかも、サムネイル画像で国宝展イメージ画像として使用されていた。再びの展示である。時間も限られるので軽くスル~。
 
 「千手観音図」東京国立博物館所蔵 上半身裸?で半身を大きく描いているの手のいっぱいある仏像
 「山越阿弥陀図」 京都国立博物館所蔵 以前ここか2014年日本国宝展で見た?、禅林寺の阿弥陀図と違う。
 こちらは山の上に胴体から上に阿弥陀様がニョキっと出ている姿。

 次は、別の横並びの展示室に。「六道と地獄」
 「地獄草紙」 奈良国立博物館所蔵。 2014年日本国宝展で一部を見たので、混雑している列の後ろから眺める。灼熱の河で、人が悪魔?に喰われるなどの地獄の様子。本当に怖いなあ。
 この展示室内は混雑している。皆、地獄や三途の川、閻魔様などのあの世には興味があるのでしょうか?。
 そうだよな、人間いつか皆死ぬんだし。
 皆、ガラスの前に鈴なりになって見ている。地獄の様子を(笑)。

 次は、その横の展示室に。「中世絵画」
 「雪舟」の国宝指定全6点が展示されている。平成29年 京都国立博物館での 特別展覧会「国宝」の最初の目玉展示である。
  東京国立博物館所蔵の国宝指定作品は、特にお正月1月初旬~中旬にかけて展示されることがある。私も何回か見たことがあるので、スルー。
 「山水図 雪舟筆 以参周省・了庵桂悟賛」 初めて見た。文化庁のサイトによると個人所蔵の作品である。誰が所有しているのであろうか。賛文には「大明皇・・・」と達筆で書いてある。
 風景は、山水図で。東博所蔵の国宝と似ているといえるなあ、と思った。(個人の感想です。)

 「四季山水図巻」 毛利博物館所蔵
 今回の特別展パンフレットにも画像が掲載されている。半分のみの公開で、展示替えがされると書いている。巻物の長い作品だ。残念、全部鑑賞できない・・・・、が11月に毛利博物館に行く予定があるので、現地で見ることが出来ると期待している(笑)。ても、同じ場面の展示だったらいやだな・・・。
 現在展示されている場面は左側の、数隻の舟が湖に浮かんで、岸辺には家や人が表現されている場面。右側の山と谷の場面は展示されず巻かれている・・・。きっくりとした輪郭で描いている。大変力強い。あの「清明上河図」の舟の場面に酷似している。模写を当時から知られていて、雪舟も見たことがあるのではないかと感じた。
 この長い巻物は、じっくりと見た。
 
 次は、その横の展示室に。「近世絵画」 安土桃山時代~江戸時代の絵画。
 華やかな絵だ。
 国宝中の国宝「風神雷神図」も展示されているが、以前2回鑑賞したことがあるので割愛。横目に通過する。何とも贅沢だな~。
 智積院の 長谷川等伯筆「楓図」もある。「楓図」は智積院に行ったときは、公開している収蔵庫では展示がなかった。2014年日本国宝展の際に東京で鑑賞したことがある。ょって、割愛し横目に通過する。とっても贅沢だな~。
 

 ↓ 夕景の博物館

 

DSC01830

 


特別展覧会「国宝」 第Ⅰ期 鑑賞1 京都国立博物館

 2017年10月9日 特別展覧会「国宝」 第Ⅰ期 鑑賞1 京都国立博物館

 京都にやって来た。入館は午後4時過ぎだったが、陽射しが強い。10月とは思えない。
 この日の最高気温は29度だった。実際は30度以上であったろう。

 前日は名古屋、その日の宿泊は大津市。名古屋・栄から大津市の宿まで車で2時間で着いた。近いなあ。
 京都市内を観光(旅行記は、かなり後日に記事を書く予定・・・・)して、午後最後の目的地として京都国立博物館にやって来た。
 
 春先の寒い時期に「京都国立博物館」のウェブサイトによると「春は友松」(海北友松の特別展)、「秋は国宝」とのロゴがあった。お約束通り「秋は国宝」にやってきたぞ(笑)。

DSC01829

 待ち時間は無かった。券もすぐに購入できる。私は東博のパスポートで入館した。
 あと1個の特別展に入れるので、最後に残しておいた。

DSC01826

 館内は混雑している。エレベータは待っている人がいたので、3階まで階段を昇る。「書跡」から展示が始まった。第Ⅰ期では展示期間の短い書跡が多数展示されている。
 展示の導入部であるのでガラスケースの前は人だかりであった・・・・。

 
 「考古」の展示は、3階の「書跡」の展示の隣にあった。多くのひとがガラスケースの中を見つめている。
 国宝 火焔土器。渋谷区にある国学院大学博物館で見た。
(※ 本来は旧字体で表記するのが正しいが、ここでは現在字体の漢字で表記することにする。) 

 特別展「火焔型土器の機能とデザイン」で新潟県の十日町市博物館所蔵 笹山遺跡出土 国宝 深鉢型土器(火焔型土器)が展示されていたのだった。

 ↓ 2017年2月に国学院大学博物館で撮影。「写真撮影OK」であった。  


IMG_0339

 
 ↓ 更に隣の展示室「考古」だったか、こちらの国宝の展示もあった。
 撮影禁止の筈なのに何故??。
 佐倉市の「歴博」で展示されていた複製品を撮影したもの。
 2014年、3年前の京都国立博物館平成知新館オープン時の「京(みやこ)へのいざない」でも展示されていた国宝との再会であった(笑)。


DSC06188


龍谷大学 龍谷ミュージアム「浄土真宗と本願寺の名宝Ⅱ」 鑑賞1

  2017年4月15日 龍谷大学 龍谷ミュージアム 「浄土真宗と本願寺の名宝Ⅱ」 鑑賞1
 副題は「-守り伝える美とおしえ-」

 13:30から宮内庁「仙洞御所 一般公開」に入場した後、移動して西本願寺の目の前、道路を挟んで東側にある龍谷大学 龍谷ミュージアムに到着した。
 この日は、天気が目まぐるしく変わる「荒天」であったが、仙洞御所の見学中は青空が見えていた。
 
 ※「仙洞御所 通年の一般公開」については、後日投稿する。

 
 五条駅の先端南の出口で下り、地上に。東本願寺の築地塀が見える、東本願寺の北端の壁沿いを西に歩く。

警備員が東本願寺の北門に建っている。参拝者はここからは入場できないので正門に回るように看板がある。門徒用か、道路の北側には新しいモダンな建物がある。

 碁盤目状の道を歩き、以前見たレンガ造りの建物( 西本願寺 伝道院)を見てから、交差点を西に曲り、参道の門をくぐり、西本願寺の正面に出る。寺に向かって左、南の方向に 龍谷ミュージアムがあった。
 黒っぽい ガラス張りの現代建築だ。大学の新校舎のようだ。展覧会の看板がかかっている「浄土真宗と本願寺の名宝Ⅱ」 」と、展示品の写真がある。

 西本願寺の前の歩道付近から見た 龍谷ミュージアム外観。
 鉄筋コンクリの建物に「すだれ」がかかって「和」を表現している。


DSC09788

 ミュージアム横の参道の門付近の信号から見た西本願寺。

DSC09787


 建物の前には警備員が二人いる。入口はどこかな、と私が立ち止まると、警備員がすぐに声をかけてきて、「ミュージアムの入口は地下」だと分かる。入口付近の壁は、ガラス張りのモダン建築なので、どこが入口なのかわかりにくい。が、建物の前でウロウロしていると警備員からマジで不審者扱いされるかも知れないので注意しないといけないかもしれない(笑)。
 階段を下り、半地下の入口フロアに。地下のエントランス広場になっている。入口もガラス張りの入口で、広いロビーだ。地上を見上げることができるようになっている。地上、歩道のそばにいる警備員の後姿も(笑)


 受付カウンターは広くて立派。いや~、お金をかけている。外国人の来館者もいる。料金は大人一名1200円。大学施設の博物館としては、割高かも。特別展なので特別料金を設定しているようだ。
 エレベータで地下から三階に・・・。 二階は 大学のセミナールーム、会議室などかな。人が出入りしているが、何かの会合があるようだ。関係者以外は入ることは出来ないようだ。
 三階は、展示の導入部。西本願寺の歴代門主(展示目録では「宗主」と表示している。)の肖像と事績の紹介である。
 明治時代、近代以降の歴代門主様は写真の掲示がある。
 明治4年没の 門主までは肖像であり、写真の掲示がない。
 門主の系図の展示がある。見ると、江戸時代には他の寺の住職から養子も入っている。他の寺へも、その前の世代で養子に行っていることもある。よって、養子に出して、その子孫が、再び本願寺の門主となっている場合もある??ようで、ずっと、直系で継承なのか、他家から養子が入っているのかは、直系の系図からは分からない。
 
 ※ この記事で「本願寺」と書いている場合は、一般的に「西本願寺」と呼ばれるお寺のことを指します。
 



相国寺 承天閣美術館 「生誕300年記念 伊藤若沖展 後期」 鑑賞2

  2017年4月15日 相国寺 承天閣美術館 「生誕300年記念 伊藤若沖展 後期」 鑑賞2

 昨年訪問したときとはうって変わって、雨がやや降るお天気の下、相国寺の境内にやって来た。
 第二展示室には、別の初公開の絵も数点ある。初公開は「鸚鵡牡丹図」だけではなかった。

 「岩上鷹図」
 「蕪の図 仙厓義梵賛」
 「布袋軍配図」などが初公開と表示されている。いずれも描け軸の水墨画。
 「鸚鵡牡丹図」のように絹本着色ではない。
  「カラス」を描いたような「ハハ鳥図」(漢字表記不能・・・・)などは公開されたことがあるらしい。

 ↓ 展覧会パンフレットの掲載写真。
    「岩上鷹図」 「蕪の図 仙厓義梵賛」 「布袋軍配図」「ハハ鳥図」など。

DSC00077

  「蕪の図 仙厓義梵賛」は、「野菜涅槃図」を思わせるユニークな構図。見たところ大根なのだが、「蕪」というようだ。
 最近話題の仙厓が賛文を記入しているとは、若沖の交友関係は広いですね。
  「岩上鷹図」 は若沖の水墨画らしい、鷹が画の真ん中にいるオーソドックスな作品。
 「若沖自画像」も展示があった。現在、唯一とされている、あの明治時代に入って描かれた「若沖の肖像画」である。特に注釈はないので、現物と思う。

 第一展示室に話を戻すと、若沖以外にも江戸時代の屏風絵や描け軸画の展示があった。茶室の再現展示でも茶道具 茶碗、茶しゃくなどが展示されていた。
 平ガラスケース内に文書が展示されていた。やや黄色く変色しているが、大きな立派な和紙に「家治」と朱肉で大きな印が押してある。展示目録には「徳川家治公帖」とある。相国寺の住職の任命書とのこと。
 徳川の将軍が任命していた。「徳川家齋公帖」も隣にある。同じく「家齋」と朱肉で大きな印が押してある。
 書いてある内容は、縦書きで「相国寺 住持職事」と大きな文字。「任・・・可・・・」と任ずるべくのように書いてあった。あとは年号と日付が書いてあった。ちょうど、若沖が生きた時代の将軍が住職を任命していた書類。住職は若沖と知り合いであって、その絵の奉納を受けたのであった。永代供養料として奉納されたのだ。が、のちに京の都の大火で大阪に避難したりして、永代供養の約束は、うやむやになってしまった?。
 若沖が没後、実際に葬られた墓は、よく知られるように別のお寺 石峰寺にある。現在、相国寺にも若沖の墓はあるから、永代供養されているということですね。

 思っていた以上に「初公開」の作品が多かった。昨年、「出し惜しみ」したかは分からないが。
  これで「若沖 生誕300周年 記念祭」は、いよいよフィナーレでしょうか!?。

 結局、15分くらいしか見れなかった。受付ロビー付近の映像コーナーでは、ほぼ満席で大勢の入館者が視聴しているが、私は見る時間が無かったので、そのまま靴をはいて退出。
 時に12:53のことであった。とにかく、急いで美術館を出た。
 
 ↓  承天閣美術館の入口遠景。
  ソメイヨシノの桜並木は既に花が散って、葉桜となっていた。


DSC09689

 
 ※ 相国寺の境内を真南に、急いで歩く。
  13:30から 宮内庁の「仙洞御所 通年の一般公開」があるためだ。整理券を入手したときに「20分前には集合してください。」と言われていたので急ぎ足。つまり、13:10までには仙洞御所の受付に到着しないといけないのだ。すると、何と雲がなくなり、青空が見えて来た。
 
 ※「仙洞御所 通年の一般公開」については、後日投稿する。


↓ 昨年(2016年5月5日) 撮影の相国寺の拝観入口。渡り廊下の所から入る。
  右は庫裡だが、拝観場所となっていなかった。
  庫裡の更に右から承天閣美術館に続く通路がある。
  昨年は「これ以上ない」くらいの好天だったが、今回は天気が目まぐるしく変わる「荒天」だったかな・・・。

DSC07142



相国寺 承天閣美術館 「生誕300年記念 伊藤若沖展 後期」 鑑賞1

  2017年4月15日 相国寺 承天閣美術館 「生誕300年記念 伊藤若沖展 後期」 鑑賞1

 昨年、「春の禅寺一斉拝観」で相国寺の公開時に訪問したときとはうって変わって、雨がやや降るお天気の下、相国寺の境内にやって来た。
 昨年は、相国寺の方丈と法堂を拝観した。「浴場」は公開されていなかった。
 
 今回訪れたとき、相国寺が公開期間中であったかは承知していない。時間がないので、とにかくまっすぐ承天閣美術館に向かった(笑)。同志社大学の校舎を横に見ながら歩道を北上し、お寺の西門から入った。西門から方丈や、美術館までは更に距離がある。あー、足が痛い(笑)。
 やっとのことで、承天閣美術館に辿り着いた。靴を脱いで玄関をあがり、受付カウンターでチケットを買う。大人一人800円だ。靴を脱ぐのも惜しいくらい時間が迫っている・・・・。

 西門にあった「生誕300年記念 伊藤若沖展 後期」の告知看板 ↓
 

DSC09688

 承天閣美術館の展示室を見ていく。昨年、5月に来たときには、この美術館には若沖の作品は、ほとんど展示がなく、二点の水墨画(常設の鹿苑寺大書院の旧障壁画の床貼付、「葡萄小禽図床貼付」と「月夜芭蕉図床貼付」)のみが第二展示室に展示されていた。
 今年の「伊藤若沖展 後期」は、昨年12月から今年5月まで約半年間の会期と比較的長い。しかも、初公開の「鸚鵡牡丹図」がされるのだ。といっても、その絵の存在は元々知りまへーん(笑)。
 第一展示から見る。 昨年来た時は森田女史の特別展で、作品展示があった。今年は若沖などの作品の展示がある。

 
 続いて、第二展示室へ廊下を歩く。 
 第二展示室の奥の左の壁に初公開の「鸚鵡牡丹図」があった。
 どうしてこの絵が今まで非公開だったのかは、分からない。動植綵絵シリーズの作品ではないが、サイズは同じではないか。描き方も似ているし。何等かの理由で動植綵絵シリーズに入らなかったのか。
 白いオウムがじっと、前を凝視している様子。牡丹の花が赤と白のコントラストをなしている。オウムの白が牡丹の白とかぶって、オウムはかえって目立たない。
 「対」になる絵として「紅鸚鵡図」か別バージョンがあるのではないかと思った。

 ↓ 展覧会のチラシ。「鸚鵡牡丹図」の写真が掲載されている。

DSC00076

 「鸚鵡図」は、昨年見たにように「版画」が有名だが、これは肉筆画。

 第二展示室には、重文指定の 水墨画50面が表裏で展示されている。一応、「1、2、3・・・・」と50枚あるか、数えた。ほぼ50あった。「葡萄小禽図床貼付」と「月夜芭蕉図床貼付」は何枚と数えるのかが、分からない・・・・(苦笑)。
 障壁画は、奥の部屋と手前の部屋の仕切りの部分の壁に、「両面」が見えるように、連続して展示されている。つまり、和室のふすまのレール上に一直線にならぺられて、末尾だけ「L」の字の展示になっている。裏面がない障壁画は片面だけの展示。

 昨年見て、覚えている絵もある。ほとんど忘れてしまったが・・・・(笑)。

 展示の末尾近くには「竹図」もあった。昨年は京都国立博物館の特別展「禅」でで公開され、なぜか都美(東京都美術館の「若沖展」)では公開がなかったが、今回はここ承天閣美術館でまとめて全部の公開であった。
 「竹図」には裏面が無い(両面の障壁画ではない)ようで、展示ケースの末尾に展示してあった。
 
 なんだ、昨年東京都美術館の「若沖展」であの大混雑の中、見ることは無かったではないかと苦笑せずにはいられなかった。もっともあのとき、会場入口近くに展示されていた水墨画は、混雑していなかったのだが・・・。もっとも、あのときは彩色の「細密画」が人気であった・・・・。
 かつての鹿苑寺大書院の、どこの壁にあったか、場面の解説付きだ。昨年の東京都美術館の「若沖展」と同じ解説らしい。
 ↓ 重要文化財 鹿苑寺大書院旧障壁画50面のうち 「松鶴図襖絵」 右側
  (展覧会パンフレットより)


DSC00079

↓ 重要文化財 鹿苑寺大書院旧障壁画50面のうち 「松鶴図襖絵」 左側
  松の絵の襖 右側の一枚以上が欠落しているようだ。昔はもっとあったのだろう。

DSC00078

 鹿苑寺大書院旧障壁画は
 「一之間」は「葡萄小禽図」で「葡萄と小鳥の絵」。
 「二之間」は「松鶴図」。一之間の裏側にある襖絵。
 「三之間」は「芭蕉とハハ鳥」(漢字が・・・・)。「月夜芭蕉図床貼付」と似ている。
          (当たり前だが)芭蕉とカラスのような鳥の絵だ。
 「四之間」は「菊鶏図」。水墨でニワトリを描いている絵。ニワトリの正面の顔を描いたところ。トリの面玉(めんたま。あるいは「目玉」か?。)がギロリとしてこちらを見ている。リアルな作品だ。
 この「菊鶏図」を一番覚えている。今回も展示があった。どこか、滑稽な表情のトリさんの絵。
 11か月ぶり、今度は京の都で再会できました(笑)。


 


仁和寺 霊宝館 春季名宝展「色とりどり絵画の魅力」 (平成29年) 見学2

 2017.4.15 京都  仁和寺 霊宝館 春季名宝展「色とりどり絵画の魅力」 (平成29年) 見学2

 仁和寺の霊宝館は通年開館をしていない。前回は、2013年1月に「京都冬のたび」の金堂内部公開などで来たが、開館していなかった。その前は、東日本大震災の直後の4月に訪問したが、見学はしなかった。今から思うと勿体ないことをした。今回が、初めての見学となった。

 
 ↓ 「色とりどり絵画の魅力」のパンフレット 抜粋

DSC00069

 国宝 阿弥陀如来像などの展示通路を過ぎて、角を曲がると、今回のメインテーマの絵画、絵巻の展示だった。
 三十六歌仙図 狩野山楽筆、
 藤原定家像   狩野永納筆 など江戸時代の絵画である。「石山寺縁起絵巻」は彩色の鮮やかな絵巻物である。江戸時代の作なのでカラフルだ。あまり古い絵巻物という感じがしないくらい保存状態がよい。

  ↓ 「色とりどり絵画の魅力」のパンフレット 抜粋
   新指定 重要文化財 「密要鈔目録」の画像がある。

DSC00068

 今年、平成29年に新規に重要文化財に指定されたばかりの「密要鈔」の展示がある。
 「密要鈔目録」は、江戸時代に作成された目録とのこと。国宝と通路を挟んで反対側の壁側に展示があった。「密要鈔」は今回が初公開だそうで、展覧会の目玉のようだ。「密要鈔目録」も同時に指定された?。
 「密要鈔」は「聖教(しょうぎょう)」と呼ばれる、釈迦の教えを記した経典のひとつのことだそう。
 「密要鈔目録」は「目録」なので 経典と思われる品名と数が記載してある。
 「灌頂・・・・ ×帖」
 「伝法灌頂三昧那戒作・・・・ 一帖」
 「胎蔵昇・・伝法灌頂・・・・ 一帖」

 密教の重要儀式である「伝法灌頂」に関する経典らしい。
 守覚法親王自筆の儀式?の差指図があるそうだ。儀式の図面に法親王が書きこみをしていた。
 目録に「法親王の直筆である」と書いてある。
 守覚法親王の肖像画の展示もあった。後白河法皇の第二皇子で、7歳で仁和寺南院に入り、「仁和寺第六世」になった。西暦1202年に薨去されている。展覧会の小冊子にも肖像画の写真と法親王の紹介が掲載されている。

 順路の最後近くの平ガラスケースに国宝の展示があった。
 「御室相承記」 おむろそうしょうき 巻物になっている。
 宇多法皇から道法 法親王までに至るお寺の内務の記録とのことだ。
 鎌倉時代のもの。道法 法親王は、後白河法皇の皇子とある。守覚法親王の弟にあたるお方。この時代は、法皇の皇子をお寺に迎え、源平合戦などの戦も一段落し、お寺の権威向上が図られたのであろうか。
 内容を見ると「~ 事  建久二年十二月廿十六日 百六十僧 御室 御開帳 」と書いてある。
 更に「大阿関   皇后   喜多院   ××年十一月廿十×日 大阿関条・・・・」
 私がざっと見た内容を書いているので、もちろん誤字記載があるが。
 鎌倉時代の年号と月日が書いてある。~について、僧が来て、何かの仏像の公開をしたというような記事だ。 
 喜多院の「喜」は七が三つの崩し字だ。「北院」を意味しているらしい?。 

 ウェブでの表示上、横書きに直しているが勿論原文は毛筆の縦書き・・・・。
  国宝「御室相承記」には、守覚法親王の巻は無いらしい。
 
 重要文化財指定「御室御記」 江戸時代 の展示もあった。国宝の「御室相承記」 とは異なり、時代は下がって「江戸時代のもの」と解説文にあった。内容は、仁清が仁和寺に来たときの日付で、××をしたというような部分の展示であった。仁清は、あの国宝指定作品もある「野々村仁清」のことである。
 そういえば、先ごろ見東京国立博物館で見た重要文化財指定作品の展示の説明文には「仁清は・・・・御室の仁和寺の付近で・・・・」という箇所があった。
 仁清はしっかりと、仁和寺の記録に載っていたのでした。

 国宝「御室相承記」や新指定の重要文化財「密要鈔」を見ていたため、絵巻の鑑賞があまりできなかった。反省点とします。

 見学を終えて、退出し、入口の階段を下った。
 と、雨がパラついてきた。御室桜は、見ごろを迎えたが、桜の季節はまだまだ天気が安定しない。「花曇り」であろうか。






.

仁和寺霊宝館 春季名宝展「色とりどり絵画の魅力」 (平成29年) 見学1

 2017.4.15 京都  仁和寺 霊宝館 春季名宝展「色とりどり絵画の魅力」 (平成29年) 見学1

 京都に旅した。ますば、御室桜の見ごろをむかえた仁和寺にやってきた。
 御室桜の満開の時期はソメイヨシノよりも7日~10日くらい遅いのだろうか。たまたま今回の旅程と見ごろの時期が重なったのでやてきた次第。

 ※まさに満開の盛りであった御室桜の見学記(観桜記)は、後日書くことにして先に、霊宝館の見学記を先に投稿することにする。

 仁和寺の霊宝館は通年は開館していない。春と秋の二か月弱ずつくらいであろうか。年間で4か月くらいの開館のようだ。春と秋の「季節開館」は同じ真言宗 密教系の寺院(現在流派は違うのであるが)である醍醐寺と似ている。通算の年間開館期間でいいうと、醍醐寺の方が長いかも。

DSC09633

 ↓ 御室桜の拝観券販売所付近の様子。

DSC09642

 境内の案内。「名宝展開催中」と看板が出ていた。霊宝館に向かった。

DSC09641

 ↓ 霊宝館 入口。係員の女性が立っている。

DSC09643



 境内と異なり、霊宝館の周囲は静かだった。もう一人、現金受付の係員の女性が座っている。拝観料の500円を支払い入館する。御室桜と異なり、見学している人は、受付から見える範囲では数名で、すいている。
 入口近くにはまず、仏像や経典などの展示がある。
 霊宝館は「回」の字の構造になっている。順路は時計と反対まわりに建物内部を進む。
 宇多法皇の画像の描け軸の展示があったと記憶する。仁和寺は宇多法皇にゆかりが深いからであろう。
 最初のコーナー(建物の曲がり角)付近の展示には、徳川家光や江戸時代の仏像が展示されていた。束帯姿の家光の木像だ。江戸時代、特に家光の時代に再興されたため、家光像が安置されているようだ。
 現在、仁和寺の金堂となってい紫宸殿が移築されたのは家光の時代だったかな。

 国宝「阿弥陀如来像及び両脇侍像」は展示室の裏手、正面にあった。展示というよりも霊宝館(つまり宝物館)の開館以来、ここに安置して保管しているのだろう。
 かなり古びて、退色して黒ずんでいるが金色の阿弥陀如来像が中央に安置され、両脇に仏像がある。両方の脇の仏像は立っている姿である。長イスがあったのでしばし鑑賞する。
 阿弥陀如来像は、仏像そのものの高さは1メートルと少しくらいかな。後背を含めると高い。飛雲の模様?の金色の模様の刻まれた後背だ。両脇の金色の仏像はこぶりなので、立像であるが阿弥陀如来像より、少し高いくらい。
 春季名宝展「色とりどり絵画の魅力」の案内冊子の一ページ。 ↓

DSC00067

 入館者は私のような男(野郎)の単独行が三人くらいいた。熟年の夫婦もいた。が、おっさん、あんちゃん(野郎)の単独行は、平均と比べて(おっさんの)私も含めて観覧時間が長い(笑)。

京都国立博物館 特別展覧会「国宝」 平成29年秋 開催[予告]

 2017年2月

  寒い冬のある日のこと。渋谷区にある国学院大学博物館を見学した。
(※ 本来は旧字体で表記するのが正しいが、ここでは現在字体の漢字で表記することにする。) 

 
 特別展「火焔型土器の機能とデザイン」
 新潟県の十日町市博物館所蔵 笹山遺跡出土 国宝 深鉢型土器(火焔型土器)が展示されていた。

 ↓ 国学院大学博物館で撮影。「写真撮影OK」であった。
  


IMG_0339

 その日の夜、自宅に帰ってから見学記録を書くついでに「京都国立博物館」のウェブサイトを何気なく閲覧した。すると、この(平成29年)秋に同館で「国宝展」が開催されると告知があった。
 特別展覧会「国宝」である。

 サイトには展示予定の国宝の写真が掲載されていた。まだ、ほとんど内容は固まっていない(というよりも、公表を控えている)ようで四点のみの告知だった。
 等伯の「松林図屏風」と等伯の子、久蔵筆の智積院蔵「桜図壁貼付」。福岡市博物館所蔵の「金印」と、この十日町市博物館所蔵 笹山遺跡出土 国宝 深鉢型土器がの写真がサイトに掲載されいるではないか!!!。

 ↓ 2017年1月撮影。東京国立博物館所蔵「松林図屏風」。

DSC09189


DSC09191

  「京都国立博物館」のウェブサイトによると「春は友松」(海北友松の特別展)、「秋は国宝」とのロゴがありました。さて、「秋は国宝」なのですが、今のところ4点のみ決まっている(というよりも、公表を控えている)「国宝展」の出品作品のうち、2017年になってからまだ日も浅いのに「半数」の画像を撮影することに成功しました(笑)。

 過去、
 東京国立博物館での国宝展の「金印」展示期間は相当混雑したようです。
 等伯の子、久蔵筆の「桜図壁貼付」が所蔵、展示されているのは京都国立博物館から徒歩4分くらいの(笑)、智積院の収蔵庫。私が行ったときは、等伯作品のうちの一つが東京国立博物館での国宝展に出品されていて、展示が無かった。
 京都の「国宝展」(特別展覧会「国宝」)は平成29年10月の開催。まだまだ先のこと・・・・。恐らく会場内の写真撮影は禁止でしょうから、開催前に写真撮影できたことは貴重ですね。

 

平成27年 初秋の京都のたび 帰路

(2015年10月11日)

 平成27年 初秋の京都のたび(日帰りだけど)を振り返る。

 ・北山の京都府総合資料館で「東寺百合文書展」を見学し、図書室も少し見る。(11時30分頃まで)
 ・大徳寺本坊の曝涼展、大徳寺塔頭高桐院の曝涼展を見学。(年に一回のむしぼし)
  バスと地下鉄で移動し、30分入館待ちで並び、
 ・岡崎の京都市美術館で開催中の「ルネ・マグリット展」鑑賞(16時10分頃まで)
  京阪の地下路線で移動し、
 ・京都国立博物館で開催中の「尾形琳派展」鑑賞 (18時の閉館まで)
  再び、京阪の地下路線で三条まで移動し、三条大橋を徒歩で渡り、

  ↓ 今ココ。
 ・京都文化博物館で開催中の企画展「陽明文庫の宝物」と常設展を鑑賞(19時20分頃まで) 

 

 展示室を19時20分頃に出た。他に見学者は、あまりいない。すいている。閉館は19時30分。そろそろだった。

IMG_2894

 展示室のある二階にも文化博物館(「京都文化博物館」のこと。以下、同じ。)の黄色い制服を来た人がいる。閉館の用意をしている。一階にエスカレータで下りると、受付内では黄色い制服を来た女の子が二人いる。多分大学生のアルバイトの子でしょう(笑)。そろそろ閉館です。
 一階の入口ロビー付近は、人もいなくてガラン、シーンとしている。ワタシと同時に入場したおじさんは、まだ展示室を見ている。まだ降りて来ていない。その他、三人くらいが展示室にいたかな。
 館外に出る。

 ↓ 黄色い制服の文化博物館の係員。とても黄色が目立つ制服。
 ヒマな係員、(お店の場合は店員)にありがちなパターンだが、閉館時刻近くでカウンター内では私語が多いのが気になる・・・・・。


IMG_2895


 スマホカメラで外観を撮影したが、カシャァと音が結構響く。と、私の近くの路上でスマホをいじっていた自転車の女の子がチラッと私を見る。音が気になるのかな。彼女も博物館の建物横に自転車を停めてスマホを見ています。ラインが来たのでしょうかね。大学生ですね。


 寺社が閉まった後も、京都文化博物館の特別展は18時まで開いている。文化博の常設展示は、19時半まで開いているので、夜間見学には非常に便利だ。特別展 
 前回の訪問時、つまり昨年(2014)10月は、文化博物館では(私が)興味のある企画展は無かったので、文化博物館には、移動せず、17時前に国立博を出て、京都駅まで歩き、そのまま新幹線に乗って帰った。
 いつぞや1月の寒い時期の京都文化博物館の初訪問時は、当時の「スタンプラリー」のスタンプ設置場所でなおかつ、遅い時間まで開館していたから行ってみた。寒い日の夜のことであったと記憶する。
 今回も夜間、19時半まで企画展(特別展とは別の展示)が見れるたでありがたい。

 興味がある企画展などが開催していれば、時間を有効に使って、夜間にここ京都文化博物館に来て見学することも有用だ。

 文化博物館から、近くの烏丸御池駅へ三条通りを歩く。大通りではなく、小さい通りだ。大通りとの交差点に出る。南北にし市内を走る烏丸通りだ。京都駅にまっすぐ行く、メインの通りだ。烏丸御池駅から京都駅までは210円初乗り料金だ。
 ↓ 南の入口より地下に潜る。

IMG_2896


 新幹線に乗るためには、地下鉄の一番先の車輌に乗った方がよい。ちょうど先端車輌に乗れるように 地下鉄駅入りした(笑)。京都市営地下鉄の時刻表、日曜祝日は八分に一本くらいの運行。
 最大で空いて8分待ちなので、昨年、来た時に15分くらい列車を待ったのは遅れていたのか??。本数的には 横浜市営地下鉄と同じくらいの間隔だ。

 ↓ 京都駅。地下鉄の改札から八条新幹線口へ。

IMG_2897

 京都駅に着き、一番先頭の階段を登る。そのまま、新幹線の方へ。八条新幹線口への階段を登る。と、「マクド」の店舗がある。北大路といい最近目立つところに「マクド」は出店しています。が、車内でマックを食べるとにおいが強いので、買わない。
 何か弁当の売店がないかと見るが、マクドの向いに「ベルマート」という売店あるが品揃えはイマイチ。
 その近く、手前に在来線の改札入口がある。奥のホームには、奈良線らしき緑の車体が見える。結構、ホームが改札から近くにある。その先に 新幹線の入口がある。朝も利用した八条新幹線口だ。小さいので、わかりにくい。新幹線と地下鉄の連絡通路が、以前と異なり、八条口の大津側となってしまった・・・。八条口の(脇の)ミニ出口の扱いになってしまった・・・。分かりにくく、今まで気づかったわけだ。
 もっと以前は、地下鉄のそばに新幹線から出ることが出来たはずだが・・・・。数年前にしはせらくの間、工事していた。工事後、新幹線から地下鉄への通路は、変更になったようだ。

 電光表示を見ると東京方面の上りは19時45分と53分発の「のぞみ」がある。さて、他に弁当を買える店はないかと、八条口の外に出る。駅前広場を見渡す・・・。と、一部工事をしていて見にくいが、大津方面へ歩くと遠くにセブンが見えた。が、遠い。横断歩道を渡って歩く必要がある。往復で時間がかかりそうなので、行くのはやめて 改札近くの「ベルマート」でおにぎりのみ買う・・・・。
 京都駅、八条口側の「ベルマート」でおにぎり三個を購入しました。

 改札の横には、新幹線用のキップ自販機が二台ある。中央口に比べると数が少ない・・・・。混雑はしていなかったが。人通りの多いところに、そのまま機械が面しているので、あまり大金を入れたり出来ないような・・・・。 カードを入れて暗証番号を入れるのには、後ろから通行人に見られて不向きかも・・・・、というのは考え過ぎか・・・。ここは治安のよい日本だし・・・・。

 改めて電光表示を見ると、東京方面 上りは53分の「のぞみ」がある。がある。この列車の指定券を自販機で買う。カードで決済。そして、改札内部に入る。
 ↓ なぜか逆さまの写真。


IMG_2899


 京都駅、新幹線改札内のコンコース構内は大混雑だ。ラッシュで人がいっぱい。レストラン、売店も客が多い。
お弁当の販売も充実している。 「あれ、外で無理に買わずここで買えばよかった。」と思った。なぜ買わなかったかというと、新横浜駅の(例でいうと)新幹線改札内は、弁当などの中食類が意外と充実していないから・・・・・。東京駅も改札の内側に入ると意外にも売店が無いのだ。
 新横浜の場合、在来線改札内の売店は皆無だし。一旦、改札外の駅ビルに出てら、買うほうがよい。しかし、京都駅では、店舗、レストランが充実していることを忘れていた・・・・。新大阪も充実していますね。
 上り、下り線とも往来が多いので。京都駅では駅ビル内、地下街で買わなくても(新幹線改札内の)品揃えは十分。たとえば、上り線のホーム、階段下にある売店もお土産、おにぎり、サンドイッチ、お茶、酒など充実している。が、レジは行列だった・・・・。レジに並んでいたら間に合わない。「ベルマート」で買っておいて、よかったかも、と安堵。別の、レジに人が並んでいない売店でお弁当を買うという方法もあったが・・・。まあ、いいか。
 19時49分頃にホームに上がる。
 やはり、車内販売でお弁当、ビール、お茶、コーヒーなどの飲み物類は購入して、販売員の売り上げに貢献した方がよいですね。
 ↓ 往来の多い、京都駅 新幹線コンコース。

IMG_2898


 指定の座席は、五号車なので、新大阪寄りにホームを歩く。新幹線が入線してきた。時刻通り出発。三人掛けシートの通路側を指定していた。隣の二席は、若いカップルだった・・・・・。茶髪だし、荷物も散らかっていて、男の服はダボタボだし、ジーンズだし。が、指輪をしているので夫婦でしょうか。マイルドヤンキーの感じかな・・・(笑)。
 車内を見たところ、ほぼ満席だ。私の隣の男女は名古屋で下りていった。次は真ん中の席は空いて、若い女の子がカートを転がして乗ってキタ。今どきの若者らしく、今はやりの丸い頭の形の帽子をかぶっている。
 通路を挟んだ、二人用席も、片方は空いて、1人のみ座る。若い太目の女の子がいる。オシャレな茶色のコートをきている。下は、白のウールの(この涼しいに)半そでだ。
 1955に新横浜着。すぐに横浜線へ。東神奈川で乗り換え。東海道線に乗ったが、これは遅れていたそうだ。
乗り越し料金を下車駅で支払う。
 帰宅。関東エリアでも、雨はすでに、やんでいた。停めておいた自転車に乗り、自宅まで帰る。

 「京都日帰りのたび」旅行記はこれでおしまい。




































大徳寺高桐院 曝涼展 見学2

(2015年10月11日) 平成27年秋 大徳寺曝涼展 見学2

 大徳寺の高桐院


はいた小柄なショートヘアの女の子。まじめそうな感じ。先に 方丈にもいた。
朱印を預けていたよう。
待っている間 玄関をふと見ると 永青文庫の起請文の世界のポスターが
すでに終了しています。

若い子がお盆で
お茶を運んだり、とあたあたしている。
看視の座布団に座ったり、立ったりと。

先に 茶室から見てしまった。探幽かの図や指定のない図画を一室で見る。
続いて 書院になっている。 更に進むと 別の茶室。 利休の茶室のような古いもの。
暗くてよく見えないが、忠興が作ったものか。

DSC05358


DSC05359


DSC05360


DSC05363



次いで 本堂へ。
庭に出る。スリツパをはいて庭園に下りることが゜てきる。

DSC05369

DSC05368



DSC05361


 庭の先に 幽齋の墓所があった。独立した石塔がある。次いで別の石で囲まれた
一角が 細川家当主の墓所。奥に 幽齋。江戸末期の当主まで石塔がある。

DSC05371

DSC05372


DSC05373



先は庭から 茶室を撮影している女性もいたが。


本堂に戻る。

DSC05378


本尊の仏壇の手前に 国宝が掛けてある。三つある。
そのうち二つが国宝の山水図。 指定ではない観音図が真ん中。
そのままつるしている。

看視のおじさんかが 若い女子に説明する。
便乗をして聞く。しかし 説明がないとわからない。
北宋時代の絵だそう。
左の山と川の絵には
李唐と 署名か隠れていたそうだ。

 「山水図」がかかっている室中の先には、庭園がある。
 ↓ 正面の燈籠。

DSC05365

↓ 正面から庭に向かって、右方向。
  実は写真には、写っていないのだが、縁側には、たくさんの参拝者が座って、お庭を眺めている。

DSC05366


DSC05367





DSC05364
























大徳寺高桐院 曝涼展 見学1

(2015年10月11日) 平成27年秋 大徳寺曝涼展 見学1

 本坊(方丈)を出て、今度は同じ大徳寺の境内地にある塔頭の高桐院の曝涼展に向かう。

 ↓ 高桐院(こうとういん)の門の内側から。壁の向こう側が、境内内の砂利道の通路。


DSC05351

 大徳寺の敷地内を歩く。「近衛家墓所」の前を過ぎる。以前、芳春院の見学記事にも書いたが、戦前の元首相・近衛文麿の墓もここにある。近代日本で活躍した、古代から続く稀代の名門貴族出の名宰相か、近代日本の敗戦、亡国の契機を造った愚宰相か、評価はかなり分かれるだろう・・・・・・・。
 高桐院は、言うまでも無く、江戸時代の大名、細川家の菩提所。文麿は、現代の細川家当主のご先祖でもあるし、密接な関係にある。

 ↓ 高桐院に向かう途中、少し先に歩いて、「龍翔寺」の前で。「専門道場」とあるので、特に拝観寺院ではなく、修行道場として使用されているよう。研修施設みたいな場所かな。


DSC05348

↓ 高桐院の敷地の周囲の竹垣。昔からそうだが、この一角だけ竹に囲まれている。深い緑の奥に高桐院があるイメージ。

DSC05349


↓ 高桐院の敷地の角地にある石碑。南の道路方向に向けて、搭頭の並び順番に院名が刻まれている。
 大光院が、一番南、現在でいう自動車道路に近い場所にある。
 

DSC05350

 門を入り、更に、曲がった先に延びる通路。このアングルは、京都でも非常に有名だ。通路で撮影待ちの人もいる。カメラを構えている人が多数。
私もここに入るのは、10年ぶりだ。
 昨年の秋にも、この前の通路を通った(入場せず)が、紅葉の一番美しい時期であった。あのときは、撮影の人が門の外まであふれて、たくさんいた。
 この日は、10月の上旬なので、紅葉には、かなり早い。まだ緑色の苔と木々の緑の葉。「晩夏」の如く緑色だ。

DSC05352

 曲がった先にある門。外の門から、ここまで二回、直角に曲がり、石畳を歩く必要がある。
 10年ぶりなので、すっかり忘れていた。

DSC05353

 石畳の道を振り返る。数名カメラを構えている。両側の苔の緑が映える。

DSC05354

  誰も歩いていない状況で撮影するのは、曝涼展が開催されるこの日ではほぼ不可能だ。


DSC05355

 入り口までやって来た。券を売るのは、1人のみ・・・・。販売窓口が小さい・・・・。女の子が一人で対応している。狭い玄関、靴を脱いで上がるのだが、下駄箱の脇に、数名の列が出来ている。朱印を依頼する人もいる・・・。その人達には名前を聞いて、帳面を預かっている。朱印帳を預かるのに、時間がかかるし、また、ワタシの前のカップルは、お茶券はあとで払うことが出来るのか、今だけなのか、とくどくど窓口の女の子に聞いたりして、なかなか列が進まない。要は、今買わずに、あとで気が変わったら、お茶券を買うことができるのか、と聞きたいのだ。結局、女が「じゃ、今ここでお茶もお支払します」と・・・・。「お支払い・・・」といかにも勿体ぶった言い方・・・。ワタシの頭に残って、今でも離れない・・・・。お茶なぞ、ナンボでもええやんけ、はよ男が払えや、男見せ~や、後ろの人の列のこと考え~や(間違っている京都弁)、とは言えまへんな~(笑)。

 ↓ あとから、庭におりて撮影した、入口付近の様子。
   左に茶室などがある書院。右の廊下を伝うと本堂がある。解説のパンフには「客殿」とある。

DSC05377

 書院の展示室の縁側。茶室に続いている。

DSC05356

 縁側から見た、お庭の様子。


DSC05357


私のうろしには 黒いリクスとパンツを
はいた小柄なショートヘアの女の子。まじめそうな感じ。先に 方丈にもいた。
朱印を預けていたよう。
待っている間 玄関をふと見ると 永青文庫の起請文の世界のポスターが
すでに終了しています。

若い子がお盆で
お茶を運んだり、とあたあたしている。
看視の座布団に座ったり、立ったりと。

先に 茶室から見てしまった。探幽かの図や指定のない図画を一室で見る。
続いて 書院になっている。 更に進むと 別の茶室。 利休の茶室のような古いもの。黒い壁が印象的。


DSC05358


DSC05359


DSC05360


暗くてよく見えないが、忠興が作ったものか。



DSC05363



DSC05362


 庭から見た書院。


DSC05374



DSC05375

 ↓ 書院の展示室の様子。

DSC05376
















平成27年秋 大徳寺曝涼展 見学1

(2015年10月11日) 平成27年秋 大徳寺曝涼展 見学1

 

DSC05340


DSC05341


本坊に入る。入口で1300円支払う。

DSC05342


お菓子のアルミ箱にお金を入れている。
おつり用に 小銭を 200 700 400
つんで と用意している。 



DSC05344


入口で靴を脱ぐ 改めて見ると 庫裏、つまり大所で靴をぬぐ場所にかまどの穴が開いている。
黒くすすけている。崩れるので壁には触れないでくださいと張り紙がある。



続いて 木の板の部屋。 ソファもおいてある。
壁の上に前にも見た。 寄進者の木の札。高いところにあり、暗くてよく見えない。
その右にトイレがある。
写真は禁止。
続いて 本坊前の廊下に。庭園が広がっている。
庭園に面した縁側の 上に 同じ派の寺が掲示してある。
別格
一等地 などとランクがついている。
塔頭がすべて別格ではない。
小田原の早雲時は格の高い寺のよう。

荷物を預ける。
文化財に触れないようにきわつけて下さいと盛んに注意している。

本坊は学生の係は今回
はいない。
お寺の人と企画会社の人が案内看視をしている。
真ん中のふすまは外してある。

天井からつるしているのみ。
しかし、触ってはいけない。

パウチをした説明が畳の上においていある。
図録わもっていたので、見ながら見学。
図録とパウチの説明は同じ。毎年同じ 説明文を使用しているよう。

若い人も多い。カプルも多い。先のカップルとはほとんどずっと同じスピートで
回っていた。年配の人も多い。
部屋の中には常に数十人いる感じ。
庭に面して四室ある。 すべて 上から掛け軸わつるしている。
ならびはほぼ 図録通り。最初 
は武将の肖像画。


































北山 京都府総合資料館~北大路~大徳寺 移動

(2015年10月11日) 平成27年秋 大徳寺曝涼展 見学1

 大徳寺に向かうよりも先に、京都府総合資料館を見学した。

 同資料館の敷地を出て、北山の駅へ歩く。と、雨がぽつりと降ってきた。これは 大徳寺の曝涼展は、どうかなぁ、と心配になる・・・・。
 空は曇っているが、西の空はうっすらと明るい。が、青空は見えない。天候は回復するとよんでいたが、うーん違うな~。
 ともかく、「来た以上、行かなきゃ仕方ない」ということで、北大路駅へ地下鉄で一駅だけ移動する。

 北大路は南の出口がバスターミナルに近いので、北山駅も 端の入口から乗ることにする。道に沿って、北山駅の地上出入り口まで歩く。地上の道路は並木道で、「どこかで見たことがあるなぁ~」と思う。そうだ、京都の駅伝で見たことのあるような沿道の風景・・・・。
 総合資料館の裏手には、陶器博物館がある。歩道に面して、入場券売り場がある。また、敷地内には、府立植物園もある。府立大といい、府立施設がここに集中していることが分かった。京都府の土地なので、府立大もあれば、府立総合資料館、府立植物園がある訳で。

 ↓ 総合資料館の北側の道路。格子状の街並みであることが分かる。北、写真の道の先には、上賀茂神社などがある方向なのだが、判別できない。どこまでも閑静な住宅、ビル街が続いている感じ。

IMG_2871


 地下鉄駅の付近の地図を見ると、ここから洛北高校も近い。地下鉄は、北山駅から北大路駅へは、大きくカーブして線路が通っている。すると、カーブの曲線をまっすぐに直線で進めば、歩いても北大路駅に行くことは可能だ。よって、ここ北山駅から直線距離では、遠くはないのだとわかる。
 先に見た、地下鉄を降りて歩いてどこかに向かっていた学生(らしき若い人)は、府立大の学生なのだろうか。
歩道を自転車で通る子も学生のようだ。学生の街ですね。


 11:35に北大路駅に着く。改札を出ると、早速食事場所を探すことにする。北大路周辺で簡単に食べる所を私は知らないのだ・・・・・。ターミナル上のビルのテナントにはファミレスがあるが・・・・。 

 ↓ 交差点の反対から見た「北大路ターミナルのビル」
  実はこの写真でいうと、左の方向に「大谷大学博物館」のロゴのある新しい建物が目に入った。
  以前は無かった筈だが・・・。新しく建てたようだ。ここに博物館があるとは知らなかった。

IMG_2872


 と「マクド」の看板を見つける。 地下鉄の通路を登って地上に出て、すぐとある。 長い地下通路を通り、交差点の反対に出た。と、マクドのにおいがする・・・。と、隣に王将の店があった。そこで「マクド」はやめて王将に入る。
 ↓ 地下通路。

IMG_2874

 正午前なので、まだ店内はすいている。私は単独なので、カウンター席に座る。何にしようかとメニューを見る。ここの店の独自メニューがあるのではないかな、店内の壁の張り紙などを見る。と、メニューに「北大路セット」があったので注文する。
 北大路定食890円は税別、消費税込みで961円だった。料理は、比較的早くでてきた。モチロン、食事の写真は撮影していない。内容としては、天津飯(たまごあんかけ)、エビチリ、スープ、千切り生キャベツと鳥から揚げ二個がある。デザートとしてみつまめも量はさほど多くないがついている。
 結構食べた。が、この日夕方六時頃には再び空腹となったのだが・・・・・・。
 


IMG_2873

 店内も正午を過ぎて、だんだん混雑してきた。バイトもシフト時間か正午前にやってくる。あんかけのたれ、エゾチリのタレまで食べるというか、残さずきれいに吸った(笑)。
 店を出る。商店街のアーケードの外へ手を出して、雨を確認。雨は降っていない。どうやら、お天気はもちそうだ。空を見ると、雲も薄くなっている。薄日だ。きっと、曝涼展は開催されているな、と思い、バスターミナルへ行く。

IMG_2875

 地下に入り。また、バスのホームへ上がる。北大路バスターミナルは、その構造がわかりにくい。

IMG_2876


 大徳寺方面へりバスは、すくせに来た。12:09に大徳寺前のバス停で下りる。昨年の10月に来てから、ほぼ一年ぶりだ。
 道路を渡り、山門まで歩く。駐車場は入庫待ちの車が並んでいる。京都ではなく、多摩ナンバーの車もあった。
泉仙は行列はしていないが、中に人がいる。
 大徳寺納豆の店の前では、前買った店のおばあさんが店頭に建って、この日も盛んに商品の説明をしている。


DSC05337

 門前のお店の様子。駐車場前には入庫待ちの車が。

DSC05338

 大徳寺の正門から入る。(実際には、正門と呼ぶのかは知らないが・・・・・。)本日の大徳寺は、人が多い。曝涼展は開催している。門にも「大徳寺 什宝(国宝 重文)」「曝涼 むしぼし」と看板が出ていた。「什宝(ジュウホウ)」という呼称は知らなかった。
 門を入り、境内の石畳の道を歩く。観光ツアーのシールを張った人たちが歩いていたりする。一年に一度の行事(公開)を見るため賑わっている。「クラブツーリズム」のシールを貼った人も。このツアーは半月前に行った、「知床」でも見た。ここ、京都でも遭遇です。全国各地でツアーを実施していますね(笑)。


DSC05339














平成27年秋の京都 世界記憶遺産「東寺百合文書展」、大徳寺本坊、高桐院 曝涼展

(2015年10月11日)

 初秋の北海道、「道東ひとふで書きの旅」から戻って、二週間余りが経った。早くも10月に入った。この日は、連休の中日だ。前日は、子供の運動会があり、この日はどこも出かけたくないらしい。

 私は一人で出かけることにした。朝から雨だ。しかし、天気予報では午後には晴れるとのこと。
 目的地は、一年に一回しかない「大徳寺本坊の曝涼展」と大徳寺の塔頭「高桐院の曝涼展」の見学。雨天の場合は、年に一回の曝涼も中止になるようだ。
 天気予報では、関東地方で午後に晴れるということなので、西の京都では雨はやむだろう。ネットで認めると、朝の時点で京都付近の雨は、やんでいる。しかし、ギリギリ(気象庁の雨の)レーダーには、かかって雨の表示が出ていないくらい。


 まずは、京都への道のりから記すことにしよう。

 雨の中、自宅を出た。東海道線に乗り、朝の0732頃 横浜駅着。乗り換えし、東神奈川からの横浜線は0746発だったので少し待つ。
 0757頃新横浜駅に着く。どっと乗客が降りる。私は、速足で一旦、新横浜駅の改札の外へ出る。
 みどりの窓口の上の電光表示で新幹線の時刻を確認。
 下りの新幹線は、昨年(も同時期に京都に行ったとき)と同時刻の809発とその三分前の06分発がある。
 乗車まで10分弱なのだが、06発を自動券売機でカード支払いにて買う。
 09発は博多行き。その前の06分発は、新大阪行き。新大阪より先の乗客は、乗らないので、二本の「のぞみ号」のうち、すいているのは、先発の新大阪行きだ、と思った。

 急いで、おにぎりを売店で買う。発車まで5分前を切っている・・・・。新幹線の改札内へ入る。そのまま下りのホームへ。14号車なので、改札から乗車位置が近い。


IMG_2846


 0806発。指定席に座る。しかし、私の席の隣には、乗客がいない。通路を挟んで反対側の三人席は、すいている。発券時、まとめて、着席させるので、私の座席の前は子連れの夫婦、うしろは外国人の男二人。浅黒い 丸顔。名古屋まで、私のとなりに誰も乗ってこない。

IMG_2847


 名古屋で子連れ夫婦は下りる。男はジーンスでちょっとコワイ系の顔立ちで、すいている車内、ビビル(笑)。
その後、前の席は誰も京都まで乗ってこなかった。三人席も乗ってこない。名古屋を出るとき、隣のホームには 博多行きの三分送れののぞみが入ってきた。
 窓の外を見ると、名古屋付近は雨がやんでいる。曇っている・・・・。浜松付近以降の西は、路面はあまり濡れていない。乾いてきている。雨は降っていない。
 その先、滋賀は曇っているが雨は降っていない。

 新幹線の車窓から。↓


IMG_2848


 車内ではワゴン販売もある。が、連休中とはいえ、朝の時間帯はお客も少ない。ワゴンのカートの販売も売れないと思うが・・・・。
 1005着時間通りに、京都駅に到着。新幹線を降りて、東京寄りの出口へ向かう。ココがホイントだ。中央口で降りてはいけない・・・・(教訓)。地下鉄への通路はやっと分かった。八条新幹線口へ階段を下りる。
 八条新幹線口から改札の外に出た。ここには、自動改札機が二個しかない、小さい改札だ。南側の駅前広場に面しているので、今までは分かりずらく、誤解していた・・・・。更に、地下に階段を下りる。地下鉄の改札へ。
 地下鉄用に自分が普段しているパスモは持ってこなかった。紛失防止のためか、単に忘れただけか・・・(笑)。地下鉄のキップは、小銭を券売機に入れて買う。一日乗車券は買わなかった。本日は、京阪電車にも乗る予定なので微妙だから・・・・。


IMG_2849


 地下鉄の一番うしろ(南端)に出た。切符を買い、ホームへ階段を下りる。今回は、3分くいらホームで待って電車が来た。1013京都駅発。

IMG_2850


 いつもそうだが、四条で地下鉄の乗客はどっと降りる。反対に、同数の乗客は乗ってこない・・・。つまり、すくってコト。その先、烏丸御池でまた下りる。その先は乗客は更に少なくなるのだ。

 と、車内で結婚式の服装の女性を見た。「お日にち」がよいのか、今日は結婚式姿の人が多い。新横浜でも見たし。京都駅でも他に見た。
 この時間、地下鉄に乗って移動しているということは、披露宴の開始時刻は、11時くらいからでしょうか?。
その若い女性は、封筒に入った招待状を何回も「寿」の切手を貼った封筒から出して確認をしている。
 反対の座席に座っている私にも、封筒の宛名が見えてしまうくらい、何回も、そしてずっと見ていた・・・・・・。 「×× 有希」(仮名)様で、住所は「京都市伏見区桃山××町6××-3×。」だったような・・・・。この方の氏名、住所でしょうか。関東には無い、珍しい苗字でした。いかにも京都らしい、お目出たい意味を持つ漢字の組み合わせの苗字だ。ああ、ここは確かに京都なのだな。


 地下鉄は、鞍馬口駅にやって来た。この駅は、勘違いしやすいのだ。「鞍馬口通り」の名前から駅名をとったが、関東人にとっては、義経伝説の「鞍馬山」のイメージがあり(小さい頃、義経と弁慶のお話の絵本を何回も読んだような記憶が・・・・・・・・(笑)。)、地下鉄の北の終点の京都国際会館の更にある、北の本当の終着の駅のイメージがある・・・・。

 駅の案内アナウンスは「  ・・・皆様の健康を守る 健康診断の 京都鞍馬口医療センター、アークレイ京都研究所はこちらでお下りください。」のようなコメント。地下鉄でも広告料をとってアナウンスしているのだ。この点バスと似ている。が、医療センターはともかく、医療機器メーカーの研究所のアナウンスを流したところで、ここにに行く乗客が何人いるのだろうか。あくまで社会貢献の広告なのかも知れないが。ある意味現在の京都を表しているような。京都は寺院社殿が多いのは、周知のとおりで、近代以降は学校が多い。学問の自由を唱えて、自由な学習、研究環境の土壌が醸成された地でもある。同時に病院も多い。医科学校は高等教育機関のひとつであるし、基本的に病院が附属する。学校と病院は関係が深い。言い換えると、京都の経済を支えるのは、教育と医療という一面がある。医療は特に診療報酬という巨大な利権があり、経済を下支えする要素が多分にある。常々、各地を旅行する際に見る立派な診療所、病院を見てそう思うことが多々あるし。
 前年の秋、清水寺の夜間拝観でそまつに扱われる「千円札の山」を見て、考えさせられることがあった。あのシーンをなぜか、思い出してしまった・・・・・。余計な感想かな(笑)。

 さて、北大路駅の先、北山駅で市営地下鉄を下りる。10:27頃に着であった。

 以前の記事にも書いた通り、京都府総合資料館の「東寺百合文書展」に向かったのでした。




































「春の京都 禅寺 一斉拝観」 スタンプラリー 記念品

 平成28年の4月から5月にかけて実施された「春の京都 禅寺 一斉拝観」。
 同時にスタンプラリーも開催されました。
 スタンプラリーの台紙を拝観場所などでゲット、8個以内のスタンプを集めて応募すると、抽せんで記念品が当たるという企画であった。
 おさらいすると、スタンプの数に応じた応募コースは
 ア、 3個
 イ、 5個
 ウ、 8個
 の三コースだった。
 私は、一日のみ京都を訪れて「春の京都 禅寺 一斉拝観」スタンプラリーに参加しただけであった。よって「五か所」のスタンプしかゲットできずに「5個コース」への応募となった。
 時間が無くタイムアップとなった原因は「京都迎賓館」の試験公開(の整理券入手の行列)に並んだためであるのだが・・・・(苦笑)。

  以前、このスタンプラリーの記事で「期限ギリギリの5月中の消印にて応募する。」と書いたが、少し余裕をもって、5月の下旬には切手を貼ってハガキを出した。すると奏功したのか、7月のある日突然「禅文化研究所」から深緑色の厚紙の封筒が届いた。
 封筒の中には「相国寺 御朱印帳」では無かったが、「栄西」に関する書籍が入っていた
 当選していたのだ。改めて、保管しておいた(スタンプラリー)のパンフレットを見て(確認して)みると、書籍の「当選者は20名」とあった。書籍の提供は建仁寺である。
 「ギリギリ」ではなく、締め切り前だが少し余裕を持って出すと抽せんで当選するらしい!?。
   
↓ 書籍と当選案内の文章

IMG_4083



 同封されていた案内文によると、今年の秋には東京国立博物館では「禅」が開催されるとある。更に10月の下旬には、鎌倉の建長寺、円覚寺で座禅体験などの行事が開催されるそうだ。
 鎌倉ならば、近い。すぐに行くことも可能だ。しかし、私が神奈川在住だから鎌倉での行事案内をしてくれたのかも!?。
 「春」の次は「秋」や!!、ということで、「秋の京都 禅寺 一斉拝観」はあるのか??、と思ったが、案内文によると無いようだ。秋の京都は、春以上に観光客が来るので、特別な拝観、公開企画を開催する必要が無いのかも!?。 

 今回のスタンプラリーの開催は京都市観光協会などの主催。つまり、当選者20名のうちで神奈川某市在住だと、応募ハガキに書いてあるので、私の氏名、年齢、住所はバレバレだ(笑)。協会の方々、どうか私の住所、氏名、年齢は秘密厳守でお願いします。
 京都市観光協会のウェブサイトを見ると、今回の応募者総数は三コース合計で1900人くらい。そのうち無効の応募が80通以上もあったそうだ。押したスタンプ数が足りなかったのか応募に関する必要事項(氏名、連絡先など)が書いていなかったのか?。せっかく応募したのに勿体無いな・・・・。
 


 
プロフィール

りょうげつ

カテゴリー
  • ライブドアブログ