良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

大阪府

 

奈良・京都のたび(羽田発~伊丹空港~大阪へ3) 2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

 奈良・京都のたび(羽田発~伊丹空港~大阪へ3)  2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

 7月22日 祝日、4連休の初日のこと。
 
↓ 「大阪国際空港」 伊丹空港のビル。モノレールの駅より。
 

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 機体の外に出ると、伊丹空港のロビー、搭乗ゲート付近は人が全然いない。出発する飛行機がないためか、乗客が少ないからなのか、いつになく、すいているぞ。 
 出口に急いだ。昨年の11月に来たときと同様に、ビル真ん中まで歩く。遠い~。手荷物は預けていないので、すぐに外に出る。

 
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 ↓ 到着出口のところ。工事の結果、一か所に集約された。
  せっかく、工事して新しくなったのだが、北(主にJAL)と南(主にANA)、二か所に分けてほしいな・・・・。

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 7:44頃、空港ビルの外に出る。自動ドアがウィーンと開いて、外に出るとセミの音が突如として耳に入って来る。凄くうるさいぞ!!。「ミンミン・・・」ではない、「ほえほえ」でもない、「シャンシャンシャンシャン・・・シャカシャカシャカシャカ・・・。」ような音だ。
 神奈川県所在の自宅付近、都内でもこんなにうるさくない・・・。伊丹、豊中付近は、住宅も多いのだろうが、朝からこんなにもセミの音がすごいのか。今、聞こえているセミの音は「ジジジジ・・・・」という、アブラセミの音ではない。関西は、クマゼミのようだ。 
 で、蒸し暑い

 ※数日後のこと。何気なくラジオをきいていると、某コメンテーターがこの季節、東京と関西を行き来していて感じることは「・・・関西と関東はセミの声が違う。大阪のセミは、うるさい。」であるという。「東京のセミは、大阪よりも静かだ・・・・。大阪はクマゼミでうるさい・・・・。」という、そのコメンテーターのコメントによると「温暖化の影響で、クマゼミが関東にも来る。」という。)

 7:52発のモノレールに乗る。おなじみの時刻だが、降機が遅れたり、モタモタしていると間に合わない。普通に歩いて移動していたのでは、間に合わない場合もある。
 現に、同じ飛行機でこの時刻のモノレールに間に合った人は、20-30人くらいではないか?(と、勝手な推測だが、見たところモノレールに乗り込んできたのは、それくらいの人数だった。勿論他の便の乗客もいるであろうが。)。次は、10分後なので、急ぐ場合は、時間をロスしてしまう。
 1駅だけ乗り、改札を出て、乗り換え。阪急線に。
  8:00発 蛍池駅から阪急線の梅田駅行きの急行に乗る。車内の乗客数は、新型コロナ感染症流行下で、外出が少なくなっているとはいえ、いつもの土曜日の朝(この日は、土曜日ではないが、4連休の初日なので土曜日みたいなものだ。)より、やや少ないくらいではないか。座れないので、立っている。
  8:15 阪急梅田駅に到着。
  新幹線で移動した場合、新横浜発6:00の列車は、8:12に新大阪駅に到着。梅田、大阪駅までと考えると、「飛行機の方が、10分くらい早いのかなぁ?。」と来る度に考える。でも「眠いなあ。」。料金的には、早く予約して割引運賃が適用されれば、飛行機の方が(出張・宿泊プランなどパッケージツアーのケースを除く。)安いかな。
  阪急の駅を出て、地下に入るが、間違って御堂筋線の南改札まで、遠回りして歩いてしまった・・・・。久しぶりなので、間違った
 8:22御堂筋線 梅田駅発。なんば駅で降りる。地下鉄の駅から、近鉄の地下駅に、さらに階段を下る。

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 奈良に向かうことにする。

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百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ⑥ 誉田八幡宮 国宝 拝観続編 2018年春 大阪・京都桜のたび11

百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ⑥ 誉田八幡宮 国宝 拝観続編 2018年春 大阪・京都桜のたび11

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。
 
 応神天皇陵古墳の南に鎮座している誉田八幡宮(こんだはちまんぐう)にやって来た。土曜日午後。境内にある拝観庫の鍵を開けて頂き、国宝などの収蔵文化財を拝観する。
 (「誉」は本来旧字体であるが、便宜上「誉」を使用する。)


   国宝の神輿の画像。「放生橋」の横にあった告知版の写真を拡大撮影した。
宝物の画像は、同八幡宮のサイトに掲載されている。(リンクは貼らない。)

  塵地螺鈿金銅装神輿(ちり じらでん こんどう そう しんよ) 1基 


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 壁に寄せて安置してあるので、正面と横面は見えるが、反対面は見えない。屋根やその上の鳳凰は金属製である。神輿の布のうえには、円形(実際は八角形)の鏡の装飾が吊り下げられている。神輿の屋根の四隅にも装飾を吊り下げている。
 螺鈿細工がなさめている。本当に細かい装飾というか、金工細工がされている。文化財の指定名称のように金銅製なので、やや黒ずんでくすんで見えるのであろうか。

 入り口のところに待機してる若い職員氏に聞く。「9月15日の大祭では、この神輿が応神天皇陵古墳の橋を渡って、敷地内に入るのですか?。」と。さすがに国宝の神輿は、使用せず、今は別の神輿を使用しているそう。現在使用する「橋を渡御する神輿」は、別の保管庫に保管しているそうだ。
が渡ることを「渡御」と書いてある。国宝の神輿を実際に使用していたのは「江戸時代かそれよりも前?」かずっと 「源頼朝が奉納した神輿」ということだった。八幡宮のパンフにも書いてあるが、この付近はかつての河内国(かわちのくに)で、河内源氏が拠点とした場所。よって、河内源氏に連なる(多田源氏だったかな?。)頼朝が奉納したのだろう。とにかく、源氏の故地ということで。

 重文の螺鈿の鞍もあった。昨年、京都の国立博物館の特別展「国宝」で見た、永青文庫の国宝 鞍に似ているような。
 入口に近いガラスケース内にもう一つの国宝の展示があった。金銅透彫鞍金具(こんどうすかしぼりくらかなぐ) 2具。
 うち、ひとつは京都の国立博物館の特別展「国宝」で展示されていたので、見た。普段は、このガラスケース内に保管されているのね。と妙に納得。ガラスケースは、博物館のように大がかりで頑丈そうなものではなく、ここでは簡単に持ち運びできそうな、ショーケースのようなもの。神社などが自力で国宝、重文など指定文化財を保管していくのは、大変なのだなと思った。国宝といえども神社の所有物だし、それを永年にわたって保管、維持していくのは並大抵では無い。火災や盗難の恐れもあるし。

  金銅透彫鞍金具などは、隣接する応神天皇陵 陪塚丸山古墳から発掘されたものであった。錆びたような鉄製の出土品の展示もあった。説明によると「鹿角装刀残闕、鉄鏃、鎧等残闕」というらしい。じっと見入っていると職員氏は「これは、隣の応神天皇陵から発掘されたもの(で、誉田八幡宮に伝わっているもの)です。」と説明をしてくださった。
 「きぬがさ形 木製品」もいくつか展示してあった。「応神天皇陵周濠出土 古墳時代」である。
 貸切状態で、一通りの拝観を終えた。靴をはいて外に出て、階段を下る。

 誉田八幡宮の拝観庫の様子。
(付き添いの職員の許可を得て撮影。)
↓ 

 
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見学を終えて、退出。扉を閉める前に、「撮影してもいいですか。」と確認し、開いているところを撮影。
扉の内側には、ちゃんと「宝物拝観 拝観料400円」と書いてある。扉の外側には一切表示は無いので、わからなかった・・・・。
「ありがとうございました。」とお礼を述べて、辞去する。お陰様で貸切拝観できました
職員氏は、扉を閉めて、鍵をガチヤガチャとかける。次の団体客が来たときに、再び開扉するのであろう。


↓ 誉田八幡宮の南門をくぐって、退出した。


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 境内の南側。壁の内側に拝観庫があった。
 舗装されていない、道路のような空地が門の外、壁に沿ってあった。地面が白っぽい土なので「西日本」とわかる。関東と関西や西日本は土の色が違うのだ。ドス茶色や黒っぽい、関東土(このような言葉があるか不明だが)を見慣れた人は違和感があるかもしれない。
 よって、春から夏にかけての晴れた日は、土が反射して明るく、時には反射して眩しく見えるのだ。
 
 

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近鉄古市駅に向かって歩いた。
(おしまい。)

百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ⑤ 誉田八幡宮 国宝 拝観 2018年春 大阪・京都桜のたび10

百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ⑤ 誉田八幡宮 国宝 拝観 2018年春 大阪・京都桜のたび10

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。
  (「誉」は本来旧字体であるが、便宜上「誉」を使用する。)


 「応神天皇陵古墳」と誉田八幡宮は、丸い石橋、放生橋で繋がっいた。応神天皇陵古墳の南に誉田八幡宮は鎮座しているのだ。境内は、ほぼ東西に細長く伸びており、ほぼ南北にある前方後円墳の形式の同古墳の南の一角を占めている。周囲は宅地化が著しい。

 国宝の拝観情報は、ウェブサイトで事前に調べた。しかし、個人の作成と思われるサイトには、拝観時間帯が土曜日の13時から16時と書いてあったりする。八幡宮の運営するサイトや羽曳野市の観光サイトには、一切時間については書いていないので、詳細は分からない。
 (いずれも、私がも見た限りであるが。)
 八幡宮の拝殿にお札所というか、お守りを販売している窓口があった。「国宝は拝観できるのですか?。」と聞いてみた。すると、窓口にいた人は「はい。えー、今日は出来ますよ。」と言った。やはり、土曜日のみのようだ。その旨は、書いてないので、わからない・・・・。
 「このあと、団体が来ることになっているので、少し待っていただければ一緒に案内しますけど大丈夫ですか?。」と聞かれ私は「はい。」と答える。「案内は出していないが、やはり見に来る人はいるんだ。」と思った。
 しかし、すぐに「やっぱり、先に案内しましょう。いいですよ。」と言われる。先に案内していただけることになった。
 400円の料金を支払い、神社の案内パンフレットを貰う。すると、「今、鍵をとってくるので待っていて下さい。」と言われて、拝殿の近くで待機。待っているあいだ、お札所付近の掲示物などを見たが(拝観庫の国宝の拝観案内は)書いていなかったと思う。
 カギを持って、その方が戻って来た。大きな鉄製のカギである。私服姿の若い男性。学生くらいの年齢。神職の息子さんではないかな、と思った。
 こちらですと、男性のあとについて境内を歩く。「どちらから、いらしたのですか?。」と聞かれる。私は「神奈川県からです。」と答える。言葉のアクセントで関西人ではないことは、すぐに分かるのであろう。
 完全な「関東弁」なので。ボクは。
 すると、案内されたのは、先程見たトイレのそばの拝観庫であった。鍵を開けている間、外で待つ。


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 鉄の頑丈な扉が開いた。内部には、収蔵品がある。
 てっきり、高床式の納蔵庫かと思ったが、違った。くつを脱いであがるようになっている。拝観する人は他にはいない。しかし、時折拝観に人が来るようだ。この日も団体がもうすぐ来ると言っていたし。申し出すれば、決まった日に拝観は可能なようだ。看視用のイスも内部に設置してある。
 拝観庫内は、1室のみで天井が高い。入って、目の前に大きな、山車のような車がある。「だんじり」でそう。昔は、使用していたが、今は使用していなくて、ここに保管しているのだそう。
 だんじりの装飾はほとんど外してあるようだ。車輪と持ち手と台がある。だんじり、そのものは特に文化財指定は無い。
 室内を反時計まわりに見ていく。入って、向かって右手の壁から見る。ガラスケース内には重要文化財「誉田宗廟縁起」が展示してあった。複製と書いてあったと思う・・・・・。解説によると年代は「室町時代」と書いてあった。神社(八幡宮)のお祭りの場面などのページが開いてあった。展示品がオリジナルであったか、複製であったかは、忘れた。壁には、パネル複製で縁起絵巻の場面が展示してあり、パネル解説があったかな?。 壁には八幡宮の解説の年表も展示されていた。たしか、この重文の現物は、2013年の東博「大神社展」では、展示されたと思う。
 ここから、持ちだして、貸し出しして、東京に輸送して、博物館に展示されたと思うと、感無量です。
 次いで見て行く。壁面には、重要文化財のお面の展示がある。「舞楽面」の陵王、陵王。男性職員のお話では、祭礼のときにお面(重文指定の面をつけるのかは、聞かなかったが)をつけて舞楽を奉納するそう。
 拝観庫の左端に国宝の神輿があった。
 見ている間は、シーンとしている。職員の若い男性は入口のところに立って待機している。扉は開け放したままである。外気に触れている。
 

 
  国宝の神輿の画像。「放生橋」の横にあった告知版の写真を拡大撮影した。

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 告知板。(前掲) 「放生橋」と国宝の神輿と秋季大祭の説明が書いてある。
 
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 「9月15日の大祭では、神輿が応神天皇陵古墳の橋を渡って、古墳の敷地内に入る・・・・。」と先に見た説明には書いてあった。」橋を神輿が渡ることを「渡御」と書いていた。待機している若い職員氏には、さすがに「とぎょは・・・・。」と知ったかぶっては聞いていない。・・・・・

誉田八幡宮の拝観庫の様子。
(付き添いの職員の許可を得て撮影。)
↓ 
 
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百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ④ 誉田八幡宮 参拝 2018年春 大阪・京都桜のたび9

百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ④ 誉田八幡宮 参拝 2018年春 大阪・京都桜のたび9

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。
 
 2019年5月 百舌鳥・古市(もず・ふるいち)古墳群が、世界遺産に登録されることが、確実なった。

 その「古市エリア」にある、応神天皇陵古墳に行った。同古墳の周囲をぐるりと歩いて誉田八幡宮(こんだはちまんぐう)の敷地に入った。
  (「誉」は本来旧字体であるが、便宜上「誉」を使用する。)

 同古墳と八幡宮との間には、「放生橋」の説明板が設置してあるった。放生川という川が陵墓と八幡宮の間にあり。古来からは同古墳と八幡宮が密接な関係にあったことがわかった。
 毎年、9月15日には八幡宮の大祭が行われ、八幡宮の神輿が応神天皇陵古墳の橋を渡って、敷地内に入るのだそうだ。橋を神輿が渡ることを「渡御」(とぎょ)と説明板には書いてあった。

 誉田八幡宮の境内地を歩いて、国宝の公開場所を探す。特に告知は出ていないし、案内看板も無いようだ。
 境内から一般道に出たところ、道路を挟んで別の場所には、高床式のコンクリート造の収蔵庫がある。鍵は固く閉ざされていて人はいない。周囲は、鉄柵が設置されていて、厳重である。というか、草刈などの掃除をしている人はいる。「ここに国宝があるのかな。」と思ったが、公開している様子は無かった。
 現在では、境内は細いながらも公道が通っていて、いくつか敷地が分かれていることを知った。普通に一般の車が通っている。


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↓誉田八幡宮の門の前。境内図では「南大門」とあった。
来たときは、この門を入らず、向かって左に歩いて時計回りに応神天皇陵古墳の周囲を歩いた。



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国宝の公開場所を探して歩く。
と「誉田八幡宮の層搭」という看板があった。

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更に「拝殿」があった。人は出入りしていない。袴姿の神職の男性が境内地を竹ぼうきで掃いている。


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どこかな、と一旦門の外に出たり。ぐるぐると歩きまわった。
↓ 門の外側から境内を見る。

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本殿の手前の参拝殿というのだろうか、左近の桜があった。桜は既に散ってしまっている。
4月中旬では、既に葉桜である。

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対して、右近の橘もあった。

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 境内においては、あまり撮影をしなかったのであるが、駐車場の付近には、公園もあって、遊具が設置されている。近所の子ども達が親に連れられて、遊びに来ている。平和な「土曜日の午後」の風景だ。
「境内案内図」の大きなスチールの看板もあるが、特に国宝の公開については、触れていない。
 先程外観のみ見た、高床式の収蔵庫は納蔵庫と看板に書いてある。もうひとつ、境内地には、子供達が遊んでいる公園に近い場所にも収蔵庫のような鉄筋コンクリート造のやや床の高い建物があった。「拝観庫」と看板には書いてある。ただ、床高が納蔵庫よも低い。「ここかな?。でも違うなあ。」と感じた。拝観している人が出れもいない。扉は鉄製で頑丈そうである。固く扉は閉ざされている。拝観庫に隣接して別棟のトイレもあって、自由に利用できるようになっている。

 時折、飛行機が飛ぶ音が聞こえる。
 伊丹空港への進入路である。八尾付近から、大阪城の東方上空、新大阪駅のど真上を結ぶルートで飛行機は、高度を下げて伊丹空港に着陸するのである。羽田から伊丹空港へ飛行でも機内の窓から見える風景は、このルートであった。

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百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ③ 応神天皇陵~誉田八幡宮 2018年春 大阪・京都桜のたび8

百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ③ 応神天皇陵~誉田八幡宮 訪問 見学 2018年春 大阪・京都桜のたび8

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。
 2019年5月 百舌鳥・古市(もず・ふるいち)古墳群が、世界遺産に登録されることが、確実になったというニュースが飛び込んできました!!!!!。 「祝 世界遺産登録 確実」
 「ユネスコの諮問機関のイコモス(国際記念物遺跡会議)が「百舌鳥・古市古墳群」を世界遺産一覧表に記載するよう勧告した・・・・。」

 世界遺産の構成資産は、応神天皇陵古墳のみではなく、小さい古墳(まさに古墳群である。)も含まれているとの報道であるが、訪問した当時、私は応神天皇陵古墳以外の古墳には、全く注目しなかった・・・・。よって、撮影もしていないので、画像も無い・・・・。

 宮内庁書陵部古市陵墓監区事務所の近くの道路に面して、「応神天皇陵古墳」と付近の古墳についての解説板が設置してあった。 誉田八幡宮所蔵の出土品についての解説と写真もあった。(前日の記事に掲載済み)


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 宮内庁書陵部古市陵墓監区事務所の敷地内にある応神天皇陵古墳の遥拝所には、入らなかった。惜しまれることをした・・・・。登録1年前の段階では、観光客は皆無であった・・・・・(言い訳)。
ただし、本当に宮内庁書陵部古市陵墓監区事務所の敷地内に入ることが出来るのか、確認したことは無いので、要確認である。世界遺産に登録勧告後は、入場制限が設けられているかも知れないし。最新の規制は、わからない。
 
 古墳の周囲をぐるりと、歩く。他に拝観できる場所があるかも知れないと推測したからだ。しかし、結局そのような場所は無かった。宮内庁書陵部古市陵墓監区事務所の管理する応神天皇陵古墳の濠の周囲のすべてに道路がある訳ではない。むしろ、濠に面しては一般住宅もかなりある。応神天皇陵古墳の濠のそばに近づく箇所も無い。
 時計周りに、西から東に歩く。近くには、高速道路の高架もあり、防音壁があるのだが、ゴーとひっきりなしに車の音が響いてくる。 よって、高速道路から古墳を確認すること出来ない。
 古墳の周囲を、ほとんど道明寺駅に近い方まで歩く。観光で歩いている人はいない。住民が普通の日常生活をしている。住宅の前では、子供達が遊んでいたりする。土曜日なので学校が休みなのである。お父ちゃんは、軒先で車の洗車をしていたり・・・・。
 誉田八幡宮近くまで歩いて戻ってくる。と、応神天皇陵古墳の東側に、視界が開けている土地があった。グラウンドか駐車場??のようだ。墳丘が見えるが、普通の丘のように見える。古墳の濠はあったのか、途切れているのかは、忘れた。

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やがて、道路を歩いて誉田八幡宮の壁沿いまでやって来た。古墳はもはや、視認することは出来ない。神社の壁に隠れてしまう。道路を挟んで東側、近鉄の線路側は住宅地である。



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 誉田八幡宮(こんだはちまんぐう)の敷地に入った。先程は八幡宮の門をくぐらず、古墳沿いに歩いて一周(ただし、古墳を周回する道路は無い。)してきたので、戻って来た恰好だ。
 敷地内の一角には、丸い石橋があった。応神天皇陵古墳を拝むことが出来る。ここは、宮内庁の敷地ではなく、八幡宮の敷地。応神天皇陵古墳は前方後円墳であるので、八幡宮は「後円」、つまり丸「〇」の部分の頂点、端にあたる。「後円」なので、円の部分のがうしろというのは、不思議だ。「方」の部分が前とは分からない。パッと見、円の頂点が正面のように思える。
 誉田八幡宮は、応神天皇陵古墳の祭祀のため、古代に創建されたのではないかと思った。(詳しい由緒は知らないが。)以来、現代に至るまで、古墳に隣接して、鎮座しているのだ。


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 すると、宮内庁書陵部古市陵墓監区事務所の敷地と対極にあることになる。応神天皇陵古墳の遥拝所が、「前方」の場所にある意味が理解できた。仁徳天皇陵も同様ですね。

 橋の傍らには、告知板がある。「放生橋」の説明が書いてある。
 濠ではなく、放生川という川が陵墓と八幡宮の間にあるそうだ。

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9月15日の大祭では、神輿が応神天皇陵古墳の橋を渡って、敷地内に入ると書いてある。橋を神輿が渡ることを「渡御」と書いてある。「とぎょ」と読むのであろう。

誉田八幡宮の門の前の敷地。
↓ 
 
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 誉田八幡宮の南門の前。
先程は、この門は、入らず、向かって左に歩いて、時計回りに古墳の周囲を歩いた。
神社の門のような朱色塗りではない。瓦屋根の立派な門。元々は、お寺の門であったと説明に書いてあったと記憶する。



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百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ② 応神天皇陵古墳 2018年春 大阪・京都桜のたび7

百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ② 応神天皇陵 訪問 見学 2018年春 大阪・京都桜のたび7

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。
 2019年5月 百舌鳥・古市(もず・ふるいち)古墳群が、世界遺産に登録されることが、確実になったというニュースが飛び込んできました!!!!!。 「祝 世界遺産登録 確実」
 「ユネスコの諮問機関のイコモス(国際記念物遺跡会議)が「百舌鳥・古市古墳群」を世界遺産一覧表に記載するよう勧告した・・・・。」
 登録勧告の一年前に訪れていた私は「先見の明」があった!?。

 道路に沿って、普通の街を歩く。「誉田八幡宮」の見学は14時から?のようなので、まだ時間があるため、歩いて応神天皇陵の方面へ。
 応神天皇陵は、観光地ではない。宮内庁管理の天皇陵である。よって、私が現地を歩いたところ、案内看板のような標識は道路沿いにはなかった。
 誉田八幡宮の付近の住宅地を歩いて、天皇陵と思われる方向へ。と、自動車が頻繁に通行する道路に再び出た。羽曳野市役所の庁舎もあった。天皇陵と市役所は近くであった。
 道路の視界が開けて、天皇陵と思われる木に覆われた丘とかつての古墳の濠らしき、空地というか、田というか、窪地のような土地が見える。
 ここで撮影すべきだったのだが、特に撮影はしなかった。あとから、わかったが、古墳を側面から眺めるのには、この市役所沿いの道路の歩道付近が最適だった。
 このときは、別に見るところがあると思っていたので・・・・。観光でやって来ている人は、ボク以外に出れもいない。量販店はあるし、部活帰りの高校生が自転車で通ったり、普段と変わらぬ日常である。
 
 

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  応神天皇陵に向かって歩く。本当に世界遺産候補があるのか、と思ってしまう。
 と、川沿いの住宅地の中の道をあるくとフェンスで囲まれた事務所のような建物があった。
 

↓ 「宮内庁書陵部 古市陵墓監区事務所」の表示が出ている。

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 歩いて来た遊歩道から「宮内庁書陵部 古市陵墓監区事務所」の敷地を見上げる。


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自動車道路から更に曲がり、川沿いの歩道を歩く。古市駅からこの付近まで、15分-20くらいだったかな。遠い。何の変哲もない、日本のどこにでもあるような住宅地。

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 「宮内庁書陵部 古市陵墓監区事務所」に至る前、
川沿いの遊歩道においてある、プランターに「世界文化遺産を大阪に」「百舌鳥・古市古墳群」の表示があった。
「応神天皇陵まで0.3km」と距離も示している。
 やっと「やはり、ここでよかったのだ。」と確信した。これ以外に、古市駅からの道中、世界遺産に関する表示は見なかった。
(あくまで、私が歩いてみた限りの範囲で。羽曳野市役所内に行けば、何らかの世界文化遺産指定に向けた情報は得られたかもしれないが。)

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 プランターの花はポピーですかね。ケシ科の花だったかな。
 4月から6月にかけて咲いたと記憶する。
 宮内庁書陵部 古市陵墓監区事務所の敷地内には、入らなかった。「立入禁止」とは書いていないので、入ることは出来たかもしれない。遥拝所が敷地の中にある筈なのだが、だれも人がいないし、不審者扱いされても嫌なので、入らず。別のところから、陵墓、古墳を見ることができないか、と更に歩いた。

 宮内庁書陵部 古市陵墓監区事務所の近く、道路に面して、「応神天皇陵古墳」と付近の古墳についての解説板が設置してあった。
 誉田八幡宮所蔵の出土品についての解説と写真もあった。

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百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ① 2018年春 大阪・京都桜のたび6

百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ① 2018年春 大阪・京都桜のたび6

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。

 そして、2019年5月 百舌鳥・古市古墳群が、世界遺産に登録されることが、確実になったというニュースが飛び込んできました!!!!!。
 「ユネスコの諮問機関のイコモス(国際記念物遺跡会議)が「百舌鳥・古市古墳群」を世界遺産一覧表に記載するよう勧告した・・・・。」
 登録の勧告の一年前に、たまたま訪れていた。「先見の明」があったのか!?。
 2018春の旅行では、特別公開、特別拝観をメインに見学したのであるが、「目玉」となるような公開は限られる。よって、どこか行くところは無いかなあと探した。(モチロン、ネットで・・・・。)
 「世界遺産登録暫定リスト」に登録(今もこの呼称が使用されているかは、確認していない。記憶の範囲で記載する。)されている古墳群が大阪にあることは知っていたし、「誉田八幡宮」所蔵の国宝は土曜日の午後に一般公開があるというので、両方の見学を兼ねて訪問することにしたのだ。
 誉田八幡宮の国宝、重要文化財は博物館の特別展などで見たことはある。博物館にも所蔵文化財を貸与公開をする方針の神社なのだろう、ということで行ってみることにした。
 「百舌鳥・古市古墳群」のうち、「百舌鳥エリア」の古墳、仁徳天皇陵は教科書に必ず写真が載っているし、知らない人はほとんどいないのではないか?。大変有名な古墳なに、未だ見たことが無いので、行ってみようかと思ったが、今回は割愛した。先に、関空からの電車で古墳の付近は通った(実際は南海の駅からの方が近いのであろうが。)のだけど堺市の観光は「ミュシャ館」のみの見学となった。

  大阪市内の道修町から移動した。「道修町ミュージアムストリート」を歩いて、淀屋橋駅に。地下鉄で天王寺に。近鉄に乗り換え。
 一旦、改札を出る。天王寺駅のコンコースというか構内は人が多い。「あべのハルカス」と隣接しているしね。近鉄の改札に歩く。近鉄阿倍野橋駅に。「あべのハルカス」は近鉄系なので近鉄阿倍野橋駅に隣接しているといった方が正しいかも。
 近鉄阿倍野橋駅から電車に乗るのは、初めてかも。橿原神宮前駅や近鉄名古屋駅方面の近鉄線特急は、阿倍野橋駅始発ではなく、近鉄なんば駅、上本町駅からだったかな。吉野方面は、ここ近鉄阿倍野橋駅始発だったと思う。
 急行列車が発車するところであったので、乗る。やがて20分くらいで、古市駅に到着。高校生がのっていたり、学校が休みなので、私服姿の中学生くらいの子が乗っていたり、全くの日常生活路線。
 道明寺から古市付近の近鉄線は古墳群などをぐるっと大回りするように線路が敷設されているようだ。
 
 誉田八幡宮に向かって歩く。
↓ 神社の看板が出ている。


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上の写真の手前、道路標識。
堺市方面に曲がり、歩道を歩く。古市駅からこの項さてまで、歩道が一部狭くなっている所もある。車の交通量も多いので注意が必要。道は元々狭かったが、現在は拡幅されていて、今も区画整理工事をしているようだ。

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古市駅で下車した。駅は何の変哲もない普通の駅。
古墳への道路を歩いていても、看板の地名や電話番号を見なければ、どこの街なのかもわからないであろう。
「埼玉郊外の某所」、「千葉県の某街」といっても判らないであろう。

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 駅の東口付近には、観光案内所のブースもある。観光案内のメインは「百舌鳥・古市古墳群」である。案内の係員もいた。

 ※ 2018年4月に私が訪問したとき、1年後に世界遺産に指定が勧告されるとは、思いもよらなかった。観光案内所も2019年は、大忙しとなることであろう!。

 (誉田八幡宮からの帰りに撮影。)

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関西空港到着  2018年春 大阪・京都桜のたび3

 関西空港到着  2018年春 大阪・京都桜のたび3

 4/14
 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 昨年は、大阪の「造幣局桜の通り抜け」の桜がちょうど見ごろであったので、メインだったかな!?。今年もほぼ同じ時期の旅となった。
 
※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。

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 手荷物は無いので、すぐに制限エリアの外に出た。空港ターミナルビル内のお店もあるが、まだこの時間帯では開店前である。国内線の制限エリア内では、人が少なかったが、ビル内の到着フロアには、人が多い。若い人が多い。ロビーで集合している。団体で出かけるのでしょうか?。
 と、広いガランとした広場があった。以前は、国内線用の航空会社のチェックインカウンターがあった筈。伊丹に回帰しているため、国内線用のカウンターエリアがガランとしてしまっているようだ。
 
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「KIX GALLARY」と表示している。万博誘致のバネル展示コーナーとなっていた。
国内線が伊丹に大幅に復帰していなければ、本当はもっと人が多かったと思う。伊丹は昨年秋に来たときもターミナルビルが工事中だったな。伊丹は再整備中のようだ。

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ビルの外に出る前、吹き抜けで。
写真の先の方向は、国際線の到着ロビーだった思う。昔は、ハワイに行って、ここに帰って来たよ。まだ小さかった子供も帰国時の記念撮影をこのロビーで行ったよ。あのときの写真は今でもアルバムに保管してあるよ。



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 久しぶりの関空ターミナルビル内を撮影した。

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 ビルの外に出た。電車で大阪市内方面に向かうことにする。
 道路には、「リムジンバス」の表示があり、バスが行き来している。「あれ、空港の様子は、こんな感じだったかな。」などと思い出しながら、駅に歩いた。

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どんどんターミナル内に人が向かっている。

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ビルの裏手には、二期島と滑走路があるので、見えるかな、と思ったが、道路の高架の影になるのか、わたしの見たところ、全然見えない・・・・。よって、広大な関西空港島の全貌を見ることは出来なかった。
「以前と変わらないな・・・。」という感想。

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電車の駅に来た。南海線とJR線の2つの路線がある。JRの改札の方がターミナルビルから見て、奥にある。すっかり、忘れていた。駅の案内所では、外国人も多い。並んで切符を買っていたり??している。


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 電光表示を見ると、もうすぐJRの快速列車が出発する。急いでホームに。
  8:51発の関空快速で空港駅発。
 すいている。

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 関西空港橋にかかる。空港島と滑走路、その奥のターミナルビを見ながら、島から遠ざかる。

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 鉄骨の影に隠れて、景色の撮影はうまくできなかった。
 ゴトンゴトンと音を立てて、空港島から遠ざかる。

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 橋を渡り、本土側に来る。りんくうタウン駅でも乗車降車がある。航空管制官などの学校である、航空保安大学校はこの駅の隣接地にある。それらしき、建物は車窓から見えた。観覧車もあるし、アウトレットもあるはずだ。
 日根野駅経由、阪和線に。9:25 鳳駅。堺市駅にて降りる。駅前広場近くのビル内にある「ミュシャ館」に向かった。



羽田空港から関西空港へ  2018年春 大阪・京都桜のたび2

 羽田空港から関西空港へ   2018年春 大阪・京都桜のたび2

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 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪などを旅する機会を得た。
 昨年は、大阪の「造幣局桜の通り抜け」の桜がちょうど見ごろであったので、メインだったかな!?。今年もほぼ同じ時期の旅となった。
 
※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。
 
 ↓ 到着したKIX 関西空港のターミナルビル内。

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 7:10発の関西空港行。7:13に早くも機体が動いたが、滑走路までは時間がかかる。離陸したのは、7:30少し前ではなかったか。窓側の席ではないで、隣の人ごしに少しだけ、窓の外が見えるが、すぐに雲の中となった。
 シートベルトサインが消えると、私はコンビニおにぎりを取り出して、ささやかな朝食の続き
 その後、寝た。でも、ドリンクはしっかり貰う(セコイ)。雲の上を飛んでいて、下界の景色は見えないようだ。


 ささやかな眠りの後、目がさめた。時計をみると時刻は8:18。窓の外を見ると晴れている。高度も下がっているようだ。旋回すると海が見えた。眼下に友ヶ島が見える。加太付近の上空のようだ。転回するときに、2期島も見えた。埋め立てが完成し、関空の滑走路は現在2本ある。以前見た関空島の風景ではない。更に島が大きくなっている。
 機体は更に高度が下がる。関西空港に南側から着陸した。進行方向右手に、紀州と泉州の境の山々が見える。関西空港に着陸するのは、久しぶりだ。「以前は、(関西空港から)国際線にも乗ったな。」などと思いだした。滑走路は1本の空港であった。あの時見た、山々の風景と何ら変わっていない。オレは、歳を重ねたよ。
 着陸したのは、8:28頃。滑走路から、そのまま誘導路を走行し、8:32には、早くもターミナルビルの前に着いて機体はとまる。皆、一斉にシートベルトを外すので機内には、「カチャ、カチャ」といつもながら、音が響く。やがて「・・・・ディスアームドにしてください。」とアナウンスが。
 機体の一番後ろの席なので、しばらく待つ。3-3のシートなので、通路も機体の真ん中の1本のみ。人の流れにまかせて、飛行機を降りる。
 ターミナルビル内に。

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 「久しぶりのカンクウ(関空)だ。」と張り切って撮影を開始する。
 関空橋が見える。晴れているが、霞んでいる。関東地方から東海地方までは雲がかかっているようだ。関西地方は晴れている。

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 今回は、元々あった滑走路に着陸。現在は二期目の工事が完成し、滑走路が2本の巨大空港となっている。
 B737の機体であるが、本来は小型機といわれるが、こうして見ると大きいな。

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 ターミナル内部はすいている。人が少ない。
 これから、出発という機はこの付近には無い。国際線が中心だからであろうか。国内線は再び伊丹中心に写っているようだ。

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 曲線を描いたガラス窓のビルと鉄骨。本当に飛行機の翼のようだ。昔のニュースでは「レンゾ・ピアノ氏のデザインに決定・・・・」などと報道していたようなことを思い出した。東寺、ボクはまだお子ちゃまだったよ。国際コンペで外国人がデザインしたターミナルビルである。
 現在でもCMなので見ることがある。中部国際空港は行ったことがないので分からないが、今いる関空内のビルの様子を見ると「最近もCMで見たことがあるな。関空でロケ撮影したのだな。」と思った。


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 久々のカンクウのターミナル内部で撮影している間に同じ便の乗客は、ほとんど降りていなくなってしまった。ほぼ、最後の降機者となって、出口の方向に歩く。でも、撮影していたのは、ほんの数分。

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明るいターミナルから自動ドアを抜けて、次の部屋(天井は高いので部屋ではなくスペースというべきか)に入ると手荷物受取のターンテーブルであった。
まだ荷物は出てきていないようで、乗客が待っている。私の隣に座っていた女性も荷物を待っていた。私は荷物が無いので、そのまま制限エリアの外に出た。
大阪 到着~。









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